コラム:細野真宏の試写室日記 - 第21回

2019年2月27日更新

細野真宏の試写室日記

映画はコケた、大ヒット、など、経済的な視点からも面白いコンテンツが少なくない。そこで「映画の経済的な意味を考えるコラム」を書く。それがこの日記の核です。

また、クリエイター目線で「さすがだな~」と感心する映画も、毎日見ていれば1~2週間に1本くらいは見つかる。本音で薦めたい作品があれば随時紹介します。

更新がないときは、別分野の仕事で忙しいときなのか、あるいは……?(笑)

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第21回 「グリーンブック」。映画のクオリティーをわかりやすく伝えることができるアカデミー賞による経済効果の意義

2019年1月24日@GAGA試写室

毎年、日本ではアカデミー賞の本命が、アカデミー賞の発表直後の週末に「満を持して公開」という流れがありますが、今回の本命はゴールデングローブ賞でも作品賞(コメディ/ミュージカル部門)に輝いた「グリーンブック」がまさにその1本でした。

とは言えあくまで「賞レース」のため、確率は高くても「絶対はない」ので、配給元やそれを公開する映画館のドキドキも相当なものだったと思います。

特に今回のアカデミー賞の「作品賞」は大混戦でしたので、私も含めて固唾をのんで見守る状態でしたが、やはり見事に「本命」としての結果を出しました!

「作品賞」だけではなく、「脚本賞」「助演男優賞」といった主要賞も受賞したので、文字通りの勝者になったと言えると思います。

ただ、この「グリーンブック」は、経済的には興味深い動き方をしていて、その意味でも注目すべき作品だったのです。

実は、本作はアメリカで昨年11月16日から限定公開され、満を持しての拡大公開となった2週目の興行収入ランキングは9位に終わり、3週目は10位、ゴールデングローブ賞のノミネートなどを受け4週目は7位に再浮上したものの、5週目は10位、それ以降はしばらくランキングから消えていたのです。

つまり、この作品の良さが当初はアメリカの観客にあまり伝わらず、興行的には苦戦をしていたのです。

確かに「グリーンブック」は、パッと見は「おじさん二人旅」が題材のため、華やかさに欠けるのは否定できないので、仕方のないことだったのかもしれないですね。

画像1

ただ、やはり「アカデミー賞の意義」は大きく、1月22日のアカデミー賞のノミネート発表後に世界で大きく注目されるようになり、アメリカでも公開10週目に興行収入ランキングで6位に急上昇し、アカデミー賞発表前の2月18日時点で世界興収は1億2710万ドルになりました。

注目すべきは、この金額のうち約3分の2に相当する8200万ドルを1月22日のアカデミー賞ノミネート発表後から(受賞発表前の)わずか1か月程度で稼いだのです!

このような流れがある中で日本では、「受賞発表直後の週末3月1日公開」のため期待が高まるわけです。

この作品の出来は、言うまでもなく非常に良いです。

このところ特に(トランプ政権の影響なのか)人種差別を題材にした作品が増えてきているような気がしますが、「グリーンブック」も人種差別の残る1960年代のアメリカ南部を描いているロードムービーです。

監督は「ジム・キャリーはMr.ダマー」「メリーに首ったけ」などのコメディ作品で有名な、ファレリー兄弟の兄の方のピーター・ファレリーですが、これまでのコメディ作品からは想像もつかないような良質な作品に仕上がっています。ただ、この「化学反応」が意外と良かったと私は思っていて、割とシリアスな「実話」を描きながらも、ところどころにユーモラスなシーンもあって、ようやくピーター・ファレリー監督が本領を発揮できた作品のような気がします。

登場人物は「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズで人気を博したビゴ・モーテンセンと、「ムーンライト」でアカデミー賞助演男優賞を受賞したマハーシャラ・アリの2人がメインの作品となっています。

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役作りで14kgも増量して臨んだビゴ・モーテンセンは、露骨な差別主義者でイタリア系の腕っぷしの強さと悪知恵だけで生き抜いているような難しい役どころを演じていて、今回は主演男優賞もあまりに激戦だったので仕方ないですが、ビゴ・モーテンセンがアカデミー賞を受賞しても不思議ではないくらいの名演でした。

また、本作でもアカデミー賞助演男優賞を受賞したマハーシャラ・アリですが、「ムーンライト」の時は「そこまで良い俳優なのかな?」と正直、評価が私には理解できなかったのですが、ようやく本作で、これからも期待できる演技派俳優だということが納得できました。

そのくらい、この「メインの2人は魅力的」だということが、本作の強みとしてあります。

出会った当初は、大きすぎる壁ができている2人ですが、仕事で長い時間を共にする間に様々な変化が起こってきます。

そして“最強のコンビ”とも思えるくらいになっていく様は、実話である強みもあり、世の中に「偏見」や「差別」の意味を問いかける素晴らしい作品として昇華されています。

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さて、肝心の興行収入ですが、もしアカデミー賞効果がなければ、当初のアメリカのように作品の良さが浸透せず興行収入は3億円程度で終わっていたかもしれません。ただ、実際にはアメリカでも異例なロングランヒットをしているほど、かなり良質で深い出来の良い作品なので日本でもアカデミー賞効果を発揮して大ヒットしてほしいところです。

とは言え、作品としては「ボヘミアン・ラプソディ」のような派手さはなくメガヒット級の作風ではないため、配給元のGAGA作品で似たような傾向で考えると、「グリーンブック」のように“最強のコンビ”を描いた(フランス映画で、最近ハリウッドリメイク作品もアメリカで公開されている)「最強のふたり」の興行収入16.5億円は視野に入ると思います。個人的には、「最強のふたり」よりも「グリーンブック」のほうが出来は良いと思っています。

また、今回のようにGAGAがアカデミー賞の発表に合わせて見事に満を持して公開した(「実話」でアカデミー賞「作品賞」を受賞した)「英国王のスピーチ」の18.2億円も十分に視野に入ると思います。

それにしても、GAGAのアカデミー賞戦略は見事にはまるケースが多く、独立系としての洋画買い付けセンスが光っていますね。

公開規模は180館程度と決して大きくはないですが、まずは興行収入15億円を目標にできるようにロングランを目指し作品の良さが「口コミ」で広がっていくことを期待したいです。

筆者紹介

細野真宏のコラム

細野真宏(ほその・まさひろ)。経済のニュースをわかりやすく解説した「経済のニュースがよくわかる本『日本経済編』」(小学館)が経済本で日本初のミリオンセラーとなり、ビジネス書のベストセラーランキングで「123週ベスト10入り」(日販調べ)を記録。

首相直轄の「社会保障国民会議」などの委員も務め、「『未納が増えると年金が破綻する』って誰が言った?」(扶桑社新書) はAmazon.co.jpの年間ベストセラーランキング新書部門1位を獲得。映画と興行収入の関係を解説した「『ONE PIECE』と『相棒』でわかる!細野真宏の世界一わかりやすい投資講座」(文春新書)など累計800万部突破。エンタメ業界に造詣も深く「年間300本以上の試写を見る」を10年以上続けている。

発売以来15年連続で完売を記録している『家計ノート2025』(小学館)がバージョンアップし遂に発売! 2025年版では「全世代の年金額を初公開し、老後資金問題」を徹底解説!

Twitter:@masahi_hosono

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