コラム:ニューヨークEXPRESS - 第7回

2021年10月22日更新

ニューヨークEXPRESS

ニューヨークで注目されている映画とは? 現地在住のライター・細木信宏が、スタッフやキャストのインタビュー、イベント取材を通じて、日本未公開作品や良質な独立系映画を紹介していきます。


第7回:“世界で一番美しい少年”として搾取されたビョルン・アンドレセン ドキュメンタリー映画が紐解いた半生

「世界で一番美しい少年」(原題:The Most Beautiful Boy in the World)
「世界で一番美しい少年」(原題:The Most Beautiful Boy in the World)

ルキノ・ビスコンティが監督を務めた不朽の名作「ベニスに死す」(1971)が、2021年に製作50周年を迎えた。トーマス・マンの小説「ヴェニスに死す」を基に描かれたのは、作曲家アシェンバッハの美少年への心酔と老いの苦しみ。同作で世界的に注目を浴びたのが、美少年タジオ役を演じたビョルン・アンドレセンだ。

今回は、そんなアンドレセンにフォーカスしたドキュメンタリー映画「The Most Beautiful Boy in the World(原題)」を紹介(日本では「世界で一番美しい少年」の邦題で、12月17日から劇場公開)。共同監督を務めたクリスティーナ・リンドストロム、クリスティアン・ペトリに話を聞くことができた。

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父親とは会ったことがなく、母親は10歳の時に自殺。アンドレセンは、祖母のもとで育てられた。本作では、スウェーデンで暮らしていた幼少期、「ベニスに死す」のオーディション過程、当時の撮影現場での状況に加え、日本でのCM撮影やレコードの発売などを振り返っていく。美少年という肩書で名声を得ながらも、アンドレセンの“搾取された半生”がとらえられている。

ペトリ監督は、以前アンドレセンと仕事をともにしたことがあったようだ。

ペトリ監督「20年前、テレビシリーズで仕事をしたことがありました。それは、小さな子ども向けのテレビシリーズ。彼は子どもを追っかけたりして驚かす悪役を演じてくれていました。その時、彼を知ることはできましたが、一緒に時間を過ごすほど親しくはならなかった。でも、彼のことを人として好きになりました。すごくユーモアのある人物に思えたんです。その当時、彼の“過去のこと”を聞こうとしましたが、彼はどこか躊躇っていましたね。過去のことはあまり喋ろうとはしなかったんです」

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アンドレセンはプライベートを大切にする人物だ。どのようにして、本作への出演にこぎつけたのだろうか。「クリスティアンがアンドレセンと仕事をした後、彼に数回会いました。そこで『いかに本作に関わって欲しいのか』『どのようにこの映画を作っていきたいのか』を伝えて、信頼を得ていきました。説得するためのプロセスがかなりあったんです」と明かすリンドストロム監督。信頼を獲得したからこそ、アンドレセンは現在交際している女性を、劇中で紹介している。

本作の驚くべき点は、自宅で撮影されたプライベートのホームビデオ映像が使用されていること。それもアンドレセンが「ベニスに死す」に出演する以前のものなのだ。

リンドストロム監督「それらのホームビデオ映像は、彼が地下室に保管していたんです。その他のオーディオテープは、彼の姉や親戚が保有していました」

ペトリ監督「スーパー8の映像が残されていることはわかっていましたが、どのくらいの分量なのか、そして電話を介したオーディオテープまでも残されているとは把握していませんでした。彼の家族は色々な意味で、自分たちの人生をドキュメント化することに長けていたんです」

やがて話題は「祖母との暮らし」について転じた。

リンドストロム監督「子どもの頃の彼は、母親が亡くなるまで、ほとんど彼女とは暮らしていないはずです。ストックホルムでは安心と安全を感じることができ、祖父母と一緒にいたかったんだと思います。当時の彼には、何人かの友達もいました。デンマークには(母親が亡くなる前に再婚した)義理の父親と姉が住んでいたのですが、そこには居たくなかったみたいで、祖父母のもとで暮らすことになったようです」

ペトリ監督「確かに、彼には“母親にまつわる悲劇”というものがありました。でも、ティーンエイジャーとして、友達と学校に行き、常に音楽の演奏をして、毎日を楽しんでいたんです」

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ビスコンティ監督は、世界中から敬意を払われる偉大な存在だ。だが、「ベニスに死す」のオーディション時には、アンドレセンに「シャツを脱ぐように」と指示。この対応に、アンドレセンは顔色を変えた。当時のビスコンティ監督は、自身がバイセクシュアルであることをオープンにしており、同作のスタッフの大半は同性愛者の男性だった。アンドレセンにとって、当時の撮影環境はどうだったのだろうか。

リンドストロム監督「撮影時は、特に問題はなかったんです。彼にとっても、とても面白い夏の仕事くらいの感じだったと思う。ただ問題となったのは、この映画が公開され、ビスコンティ監督がビョルンのことを『世界で最も美しい少年』と表明したこと。このことによって、全てが変わりました。ビョルンは、多くの人々の“視線の対象”になってしまったんです」

ペトリ監督「映画への出演自体が、名声とパーティの旋風に巻き込まれたようなもの。人々は彼に物事を要求し、ティーンエイジャーとしての彼では、もはやコントロールすることができない世界に投げ込まれてしまった。彼自身も、人生が変わるほどの大ごとになるとは思っていなかったはず。『ベニスに死す』のプレミアを体験してからは、ストックホルムの友人たちと過ごした安住の地は無くなってしまいました。全てが変わったことで、彼は日本へ行くことになって劇的な変化を経験し、2度と元には戻れなくなったんです」

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ベニスに死す」出演後、おそらく映画出演のオファーは多かったはずだ。なぜアンドレセンは、日本を訪れ、CM撮影やレコードを出すことになったのだろうか。

ペトリ監督「それには“成功への恐れ”というものが関係しているかもしれないが、実際のところはわからないし、契約がどうなっていたのかも不明です。ただ、彼は日本でのCM撮影や、ポップ・ミュージックに関しては、それほど興味を持っていなかったと思う。ある意味、彼にとってはそれほどの挑戦ではなかった。俳優としてのオプションとして、映画に参加することはできていたはずだ」

アンドレセンは、映画撮影の準備のために、フランス・パリで暮らしていたこともあった。だが、結局、その出演は実現はしなかった。

The Most Beautiful Boy in the World(原題)」では、アンドレセンがコンピューターを駆使して音楽の作業を行っている光景が映し出されている。ティーンエイジャー時代、バンド活動も行っていたようだが、現在でも音楽業界に携わっているのだろうか。

リンドストロム監督「ここ数年間は、スウェーデンのTVシリーズに出演していたんです」

ペトリ監督「2、3年前に「ミッドサマー」にも出演していましたが、実は今でも音楽を続けているんですよ。新たにレコードをリリースする予定で、ほぼ完成しています。いくつかのスウェーデンのテレビシリーズへの出演機会はありましたが、人生を通じて、音楽は続けているんです」

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漫画「ベルサイユのばら」を手がけた漫画家・池田理代子氏は、同作に登場するオスカルはアンドレセンをモデルにしていると語っている。ペトリ監督は、池田氏について「彼女はとても良い人です。ビョルンと会った際、彼に近づく時も、とても敬意を払っていました。彼女は『ベルサイユのばら』で、ビョルンをモデルにし、美少年を転生させたと思っています」と語っている。

アンドレセンは、日本で活動をしていた頃、日本人のマネージャーとともに、ハードな仕事をこなしていた。劇中では、いくつかの薬を飲まされるというシーンが存在する。当時のアンドレセンは、どのような精神状態だっただろう。

ペトリ監督「彼とマネージャーは、とても長い時間、ハードな仕事をこなしていた。当時、まだ若かったビョルンは、そんな仕事の仕方への準備ができていなかったんだと思います。その時に飲んでいた薬が『何だったかはわからない』と明かしていますが、僕自身は(精神を落ち着かせるような)鎮静剤みたいなものだと思っています」

アンドレセンのアーティストとしての魅力は「力強い動きと、良い“間(ま)”を持つことができる。明らかに良い俳優です。彼は幼い頃から多才で、逆にそれが呪いにもなったのかもしれないですね。ギターも弾けて、楽曲も歌えて、絵も描ける。彼の前では何事も簡単に見えてしまう。とてもクリエイティブな人物だと思います」とリンドストロム監督。一方、ペトリ監督は「とても強烈な存在感がありました。特にカメラの前ではね。カメラに愛されていたと思います」と語ってみせた。

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最後に、作品を通じて、観客に感じとってほしいことを尋ねてみた。

リンドストロム監督「観客には、少年時代のビョルンを見て欲しいと思っています。予期せぬ出来事が若者にどんな影響を与えるかを知って欲しいんです。当時のビョルンは、まだ人生の形成ができていない年齢でした。ビョルンの体験を糧に、(観客には)自分自身の方向性を決めて欲しいと願っています」

筆者紹介

細木信宏のコラム

細木信宏(ほそき・のぶひろ)。アメリカで映画を学ぶことを決意し渡米。フィルムスクールを卒業した後、テレビ東京ニューヨーク支社の番組「モーニングサテライト」のアシスタントとして働く。だが映画への想いが諦めきれず、アメリカ国内のプレス枠で現地の人々と共に15年間取材をしながら、日本の映画サイトに記事を寄稿している。またアメリカの友人とともに、英語の映画サイト「Cinema Daily US」を立ち上げた。

Website:https://ameblo.jp/nobuhosoki/

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