コラム:若林ゆり 舞台.com - 第85回
2020年1月6日更新
第85回:太宰治が生み、KERAが完成させた怪力美女ヒロインが、ソニン色に染まる!
太宰治は死の直前、とびきり愉快なコメディを書いていた。戦後の東京で、ヘナチョコのモテ男・田島が愛人たちに「グッド・バイ」を告げるため、闇市で担ぎ屋をしている怪力で大食いでがめつい美女・キヌ子の協力を得てひと芝居打つというストーリーだ。
結局「グッド・バイ」は未完のまま絶筆となってしまったのだが、これを第一級のラブコメディ舞台劇として見事に完成させ、絶賛を浴びたのがケラリーノ・サンドロヴィッチ(KERA)だ。2015年に上演された「KERA・MAP」の「グッドバイ」は第23回読売演劇大賞の最優秀作品賞を獲得し、KERAに優秀演出家賞、そしてキヌ子役の小池栄子に最優秀女優賞をもたらした(本コラムの第34回で、稽古中の小池にインタビューを実施している)。そして2月14日には、成島出監督がKERAの戯曲をアレンジし、大泉洋&小池共演で映画化する「グッドバイ 嘘からはじまる人生喜劇」が封切られる予定だ。
この名作が、映画よりひと足先に舞台で生まれ変わる。KERAの戯曲を才気溢れる演出家たちが新たな形で演出するシリーズ「KERA CROSS」の第2弾として、生瀬勝久が演出と出演を担い上演されるのである。注目は、なんといっても超個性派ヒロイン・キヌ子役にソニンが起用されていること! なるほど、確かに美人だし力持ちそうだし、すごいポテンシャルを秘めていそうな、膝を打ちたくなるようなキャスティングではないか。いまや押しも押されもせぬ舞台女優として情熱的な個性を発揮するソニンが、久々のストレートプレイでキヌ子をどう演じるのか。稽古中のソニンに話を聞いた。
「もう、すごいプレッシャーですよ。私は今、それしか感じていないんです!」
開口一番、ソニンから飛び出したのはこの言葉だった。確かに初演は「面白かった」と誰もが口を揃える伝説的な作品だ。プレッシャーはそんなに大きいものなのだろうか。
「今回は『KERA CROSS』というすごく面白い企画で光栄ですが、KERAさんの作品に初参加の私がどう演じられるんだろう、とかなりのプレッシャーを感じています。KERAさんの作品は何度か拝見して、とりあえず『個性のない俳優はKERAさんの世界で生きられない』と思っているので(笑)、チャレンジですよ。初演が大評判になったことも知っていますし、実際に見て『傑作!』と思いましたし、すごいプロジェクトに自分が参加しているなと。生瀬さん自身が面白いと思う空間や間の演出が随所に入ってきていますので、『どういう風についていけば生瀬さんが描くこの世界に入っていけるんだろう?』と、稽古場で必死に模索する毎日です」
ソニンが「傑作!」と感じた戯曲の魅力は、どこにあるのだろうか。
「まず思ったのは、『グッドバイ』という言葉って、普通は悲しみや哀愁を感じる言葉ですよね。しかも太宰治の絶筆というイメージがありましたから。それが最初の美容室で『グッドバイ』って発せられた瞬間の衝撃たるや(笑)。それを喜劇に持って行っちゃう脚本の面白さに『すごい!』と思わされましたし、そのおかしさがまた繰り返されるんです。ミュージカルだと、たいていの作品にはメッセージ性や重いシーンがたくさんあるわけですよ。テーマを掘り下げて、その深みを劇場で、激情で表すみたいな(笑)。一方、この『グッドバイ』は葬式のシーンから始まって、途中にも悲喜こもごもいろいろなことが起こるのですが、全てが深みを見せるセリフではなく、その上澄みだけを取ったようなセリフで人生を見せていく。しかも喜劇としてのテンポ感と言葉のチョイス、キャラクターが絶妙すぎて。なおかつ、客席と舞台との一体感がすごいと感じました。『こんなこと私にできるかしら?』と思うと、怖くて仕方ないんです」
筆者紹介
若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka