コラム:若林ゆり 舞台.com - 第104回
2022年2月17日更新
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第104回:こんな時期だから、なお尊い! ウイルスに打ち勝って幕を開けた2022年1〜2月の10本を熱烈レビュー!!
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新型コロナウイルスの感染が始まって2年を経てなお、厳しい状況が続く演劇界。今年に入ってからはオミクロン株が拡大し、「公演中止」の悲報が相次いでしまった。けれど、こんな世の中だからこそ、生で舞台を味わえることの尊さを痛感する今日この頃。上演する側も観劇する側も覚悟をもって臨んでいるゆえか、作品の発するメッセージ量がすごく、まるで突き刺さるように、鮮明に伝わる感覚が確かにあるのだ。そこで、この1月末~2月中旬にかけて中止の危機を乗り越え(または一部中止期間を乗り越え)上演された、忘れがたい10本の作品について記しておきたい。
▽「hana -1970、コザが燃えた日-」

撮影:田中亜紀
まず、がしーっと心を鷲づかみにされたのが、ホリプロ製作、栗山民也演出、畑澤聖悟オリジナル脚本(舞台版「母と暮らせば」のコンビ)による「hana -1970、コザが燃えた日-」。ときは沖縄返還の2年前、沖縄のコザ地区(現在の沖縄市)で市民が米兵への怒りを爆発させた“コザ騒動”の起きた夜。戦後沖縄を象徴するようなバー「hana」を経営する「おかあ」(余貴美子)のもとには娘のナナコ(上原千果)とヒモのジラースー(神尾佑)がいるが、さらにこの夜、教師をしている次男のアキオ(岡山天音)、ヤクザ者の長男ハルオ(松山ケンイチ)が帰ってくる。そこで過去と現在が交錯し、胸を突くような“真実”が姿を見せる。
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撮影:田中亜紀
いびつで愛おしい家族の歴史と心のあり方を通して、いまに続く沖縄の立場や問題、やり場のない慟哭がぐいぐい浮かび上がってくるセリフ劇は、スリリングで圧倒的。「演劇の力」をまざまざと感じさせる衝撃作だった! 東京公演が一部中止となり、大千秋楽を迎えるはずだった宮城公演が中止となってしまったのは実に残念。必ずや再演されるべき作品だ(沖縄での上演も)。公演についての詳しい情報は公式サイトへ(https://horipro-stage.jp/stage/hana2022/)。
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撮影:田中亜紀
▽「天日坊」

コクーン歌舞伎第十八弾「天日坊」は、河竹黙阿弥の隠れた名作を宮藤官九郎が現代の味付けでよみがえらせた意欲作。10年ぶり、待望の再演である。将軍頼朝のご落胤(らくいん/身分の高い男性と、正妻以外の身分の低い女性との間に生まれた子)になりすまし、罪を重ねながら波瀾万丈の旅を続ける天日坊の自分探しは、「アッ」と思わせる仕掛けがいっぱい。ワクワクさせられることこの上なしだ。「いま」を映すようなセリフ回しやトランペットの音色など、古い歌舞伎を刷新し塗り替えようとする「コクーン歌舞伎」のなかでも斬新さは随一。
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初演時には荒削りで生真面目さが滲んでいた(それはそれで魅力的だった)中村勘九郎の天日坊は、10年を経てより深く厚く、より軽妙に、より人間味のある悪党像を投げかけてくる。あの父君、中村勘三郎の姿が重なるような。何より、「歌舞伎、面白い!」と素直に感嘆できること請け合いだ。同じく円熟味を増した中村獅童、中村七之助コンビに加え、今回初役で北條時貞を演じる中村虎之介、傾城高窓太夫を演じる中村鶴松がキュートで新鮮。2月26日まで東京・渋谷のBunkamuraシアターコクーンで上演中。詳しい情報は特設サイトへ(https://www.bunkamura.co.jp/cocoon/lineup/22_kabuki/)。

▽「SINGIN' IN THE RAIN ~雨に唄えば~」。

撮影:阿部章仁
この時期、個人的に最もハラハラしながら祈るような気持ちで待ち望んでいた舞台といえば、「SINGIN' IN THE RAIN ~雨に唄えば~」。サイレント映画がトーキーに移り変わる時代のハリウッドを舞台にした、とびきり愉快でロマンティックな名作ミュージカル映画を完全舞台化。アダム・クーパー主演で3度目となる来日公演は、昨年上演の予定だったが、今年の1月22日開幕に延期されていた。そこへオミクロンである。イギリスからの来日カンパニーが欠かせないだけに「今回もダメかもしれない」と半ば諦めかけていた……が、2月2日に開幕が押したとはいえ奇跡の上演実現! よくぞ来てくださった。古きよきミュージカルの醍醐味であるハッピー感を、史上最大級に味わわせてくれるこの作品、これほど湧きあがる喜びを噛みしめた観劇体験はないかも!
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撮影:阿部章仁
表題ナンバーをどしゃ降りびしょ濡れ席で見ることは叶わなかったけれど、どの曲でも歌い出し、踊り出したいほどの興奮を味わった。こんな時期だからこそ、ライブでしか味わえない至福の体験だったと心から思う。制作陣とクーパーらカンパニーの全員に、心からの感謝を捧げたい。東京公演は終了、大阪公演は2月18日~21日、オリックス劇場で行われる。詳しい情報は公式サイトへ(https://singinintherain.jp)。
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撮影:阿部章仁
▽「SLAPSTICKS」
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撮影:若林ゆり
ケラリーノ・サンドロヴィッチ(KERA)の戯曲を気鋭の演出家が手がける「KERA×CROSS」シリーズ第4弾は、サイレントコメディの撮影現場を舞台とする「SLAPSTICKS」。昨年12月に東京・北千住のシアター1010でスタート。ツアー公演を経て、シアター・クリエでの凱旋公演が2月に開幕した。これは93年に「ナイロン100℃」の第2回公演として初演、2003年にはパルコ劇場で、オダギリジョー主演により再演された作品。今回は、サイレントコメディ映画に魅せられた若き助監督ビリー役を木村達成、演出は映画「サマーフィルムにのって」の脚本などでも知られる三浦直之。

撮影:若林ゆり
1920年代ハリウッド、現在のように「コンプライアンス」や「働き方改革」なんてまるでない時代。舞台は実際にサイレントコメディの映像をチラッと映しながら(これは初演以来)、面白い映画を作ることに命を懸けていた、ハチャメチャで愛すべき映画バカたちの姿を綴っていく。

撮影:若林ゆり
内省的で傍観者的だったオダギリ版ビリーに比べると、木村ビリーはよりイノセントで感情豊か。自ら盛大に巻き込まれ、映画愛もビシビシ感じさせることで“青春”の色合いが増し、後半、失われたものへの哀惜を訴えるような場面とのコントラストが鮮やかに出た。幕切れに表出する三浦オリジナルの演出はもう少し短くてもよかったのではと思うが、全体として出色の出来だと思う。シアタークリエ公演は2月17日まで。詳しい情報は公式サイトで(https://www.tohostage.com/slapsticks/)。
▽「ラ・マンチャの男」

写真提供:東宝演劇部
日生劇場では、松本白鸚が50余年にわたり演じ続けてきた「ラ・マンチャの男」が、いよいよラストランを迎えている。70年に市川染五郎(当時)としてブロードウェイに乗り込み、10週間にわたる公演を成功させたことなど、まさに伝説と偉業の遍歴だ。これが見納めになるなんて! 小学生の頃から数え切れないほど見てきた筆者にとっては感慨無量である。
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写真提供:東宝演劇部
この公演も初日を開けて2日後に、まさかの公演中止。一度は涙をのんだ筆者も、再開後に観劇することができた。この白鸚演じる「ラ・マンチャ」に、何度魂を揺さぶられ、心を奮い立たされてきただろう。今回も、齢80を目前にしているとはとても思えない声の艶、深み。前回まで以上に白鸚自身の生き方、心意気とドン・キホーテの精神がピタリと重なって響いてくる。独特のリズミカルな節回しがなんとも心地よく……。「一番憎むべき狂気とは、あるがままの人生に折り合いをつけて、あるべき姿のために戦わないことだ」。白鸚の声で、このセリフを何度も反芻しながら生きていきたいと切に思う。公演は東京・日生劇場で2月28日まで。詳しい情報は公式サイト(https://www.tohostage.com/lamancha/)で確認できる。
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写真提供:東宝演劇部
コラム
筆者紹介
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若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka