様々な世代の男女に観てもらいたい映画であると同時に、
場合によっては、人を傷つける映画でもあると思います。
命の誕生につきあう。静かな感動を貰えます。自然と涙がこぼれ落ちます。そして今ここにこうして在ることをしみじみと噛みしめたくなります。
障害を持つ子を中心にして家族の絆を深めている夫婦。続編ではその成長をこの作品に引き続き見守れます。
授からない命を医療の力で得ようとしても授からなかった夫婦。
授乳する前に、旅立ってしまった赤ちゃん。
子を”作る”、”計画出産”などという言葉が普通の交わされるようになった今でも、こちらの思い通りにはいかない命の神秘。やはり究極は”授かる”ものなのだろうと思います。
そんな夫婦達の中で、御自身の生い立ちから、子を持つことに葛藤しながらの出産。
だったら妊娠しない工夫をするべきなのに無責任な!と思ってしまいます。結果的には産み、二人とも親の顔になっています。「良かったね」で締めくくられるるるものの、ドキュメンタリー的な予定調和。
そんな彼らの顛末に安堵させられ、感動しながらも、ふと考えてしまいます。
「なんで俺を産んだんだ」と言いたくなるような扱いしか受けてこない子ども達もいます。
障害を持っていたって我が子であることには代わりはないけれど、かわいい、自分の命と引き換えにしてもかまわないくらいに思っていても、同時に受け入れがたい想いを抱えている方もいます。
否、障害を持っていなくとも、様々な理由から我が子を受け止めきれない方もいます。
本来”授かる”命が、”作る”ものになって、まるで子どもがブランドバックやアクセサリーのように親のステータスを飾るものになってしまっている方もいます。
同じシチュエーションでも、その想い・言動・生き様は家族ごとに様々です。
この映画に出てこない家族の現状が、ちらちらして、苦しくなってきます。
ドキュメンタリーとはいえ、監督・制作陣の意図によって選ばれ、出演を承諾して下さった家族の記録を、監督が編集した映画。だから、出演者への配慮もあるし、監督の想いが全編を覆うのは当然なのでしょう。
とはいえ、あまりにもポジティブすぎて、光が充ち溢れすぎて、苦しくなってきます。
監督の踏み込み方が足りないのか、出演家族への配慮なのか、2年も取材した割には、各家族に起こった出来事をニュースのように切り取ったものを繋ぎ合わせただけのように見えてしまいます。制作陣の葛藤すら見えてきません。ご家族に寄り添い、ともに葛藤しているようにも見えないのです。
命の讃歌は大切なものだけど、それだけを押し付けられても。
通り一遍的な賛歌に息苦しさも覚えます。
特に、胎内記憶とか、「旅だった命がお空からみているよ」と言うくだりは、感動するものの、ドキュメンタリーとしての質を落としているんじゃないでしょうか。ドキュメンタリ―として制作するのなら事実だけで勝負してほしかったです。
体内記憶を持つ子どもと、持たない子どもの成長を追うだけでも、家族内のコミュニケーション・関係性とか、その子の持って生まれた資質とか、見えてくるものがあるかもしれません。
「お空」の話を、あの夫婦がどう受け止めて、その後を生きていくのかを丁寧に追っていくだけでも、”命”・”授かった子”について、見えてくるものがあるのかもしれません。
「お空」からのエピソードを活かしたいなら、絵本仕立ての、限りなくノンフィクションに近いフィクションとして構成して欲しかったです。
画も、わざとホームビデオっぽくしている?でもそうする必然性が活きていません。
それでもやはり、4家族の生きざまが訴えてくるものがあり、応援したくなります。
と同時に、この映画が表現していないものが気になって、複雑な想いが交差します。
ご家族には☆5つ。でも、映画としては☆なし。
ご家族に配慮すると、低い☆はつけにくいですね。
(何かのイベントで鑑賞したような)