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映画の流通形態を指す言葉が時代ごとに変化する中で、なぜ映画は「配給」されるのか?

2026年1月27日 13:00

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映画史研究者・谷川建司氏
映画史研究者・谷川建司氏

1980年代後半、家庭用ビデオデッキの普及により、映画はソフトとして「レンタル」されるようになった。さらに2000年代に入るとDVDやBDディスクが次々に「発売」され、2010年代からはサブスク・サービスなどを通じて、多くの映画がウェブ上で「配信」されるようになった。こうして我々は、家に居ながらにして映像を楽しめる時代を手に入れた。

このように映画の流通形態を指す言葉が時代ごとに変化する中で、なぜ映画館での上映に関してだけは、今もなお「配給」という言葉が使われ続けているのだろうか。

一般的には、かつて上映用フィルムの基材に可燃性の高い硝酸セルロースが用いられ、それが爆薬の原料にもなり得たため、戦時下で政府の厳格な統制対象となったことが理由だ、と説明されることが多い。また、海外から流入する文化や思想を管理する目的から、特に洋画については国家が流通量を制限し、その制度を指す言葉として「配給」が用いられた、という説も広く知られている。しかし、こうした解説は果たして事実なのだろうか。

映画史研究者である谷川建司氏に伺った。

「映画が『配給』と呼ばれるようになった理由を、戦時統制だけで説明するのは無理があります。その言葉は、戦争よりずっと前から使われ始めているからです」

谷川氏は、映画誕生初期からの流通形態を振り返る。1896年頃に始まった映画は、当初、現在のような権利ビジネスではなく、フィルムそのものを売り買いする“モノの商売”だった。製作側は完成したフィルムを興行主に直接販売し、購入者は擦り切れるまで自由に上映する。たとえば「大列車強盗」(1903)で強盗がカメラ(=観客)に向かって発砲する有名なシーンは、映画の冒頭でも中間でもラストでも、どこに挿入するかは興行主の裁量に委ねられ、映画は完全に「所有物」として扱われていた。この段階では、製作と上映を仲介する組織も、「配給」という概念もまだ存在していなかった。

状況が大きく変わるのは、映画が産業として巨大化してからである。特に第一次世界大戦後、アメリカのハリウッド映画産業は急速に拡張し、全国規模、さらには国境を越えて同一作品を供給する体制が求められるようになる。製作会社が個別に世界各地の劇場と交渉することは非現実的となり、製作(プロダクション)と興行(エキシビション)の間を取り持つ専門組織――ディストリビューターが誕生した。

「ディストリビューションというのは、産業が大きくなった結果として生まれた、きわめて合理的な分業なんです。日本でも、同じことが起きました」

日本では、1923年の関東大震災が大きな転機となる。壊滅状態に陥った東京の映画興行は復興の過程で再編され、同時期に拡大したハリウッド映画が大量に流入した。外国映画会社の日本支社設立やフリーブッキング劇場の増加によって、製作会社と劇場をつなぐ中間機能の必要性が一気に高まる。谷川氏によれば、この時期から日本でも「ディストリビューター」という概念が、現実の業務として明確に認識され始めたという。

「最初は英語のままディストリビューターと呼ばれていましたが、それを日本語でどう言い表すかが問題になった。その結果として選ばれた言葉が『配給』だったわけです」
「日本映画年鑑」
「日本映画年鑑」

実際、当時の映画年鑑(特定の1年間の映画製作・配給・興行の統計データ、公開作品情報、映画業界の動向、関連団体名簿などを網羅的にまとめた業界向けの年刊の書籍)をたどると、大正13~14年頃までは「輸入」「供給」「ディストリビューター」といった言葉が混在しているが、大正15年(1926年)前後から「映画配給」「外国映画配給業」という表記が定着していく。これは戦時統制とは無関係に、映画産業が近代的な分業構造を獲得した結果だと、谷川氏は指摘する。

さらに編集部では、この変化を言語史の側面からも確認した。国立国会図書館で歴代の英和辞典を調査したところ、明治17年刊の「明治英語事典」では“distribution” の訳語は「分給・分配」、翌18年の「英和字彙」でも「分与・分派」にとどまっている。ところが、大正13年刊の「スタンダード和英辞典」で初めて「配給=distribute」という対応関係が示され、昭和3年の研究社「新英和中辞典」では「配給・分配」という訳語が定着していることが確認できた。この時期は、映画年鑑における用語の変化ともほぼ一致する。

映画が「配給」されるようになったのは、戦争によって管理されたからではない。映画が一部の見せ物から、大量に、広く、効率よく行き渡らせるべき娯楽産業へと変貌したからだ。「配給」という言葉は、そのビジネス的な成熟を最も端的に示す日本語だったのである。

昨今、ハリウッドを中心に、映画の劇場配給をめぐる動きは再び大きな注目を集めている。映画はこれからも「配給」され続けるのか――そんな問いを残して、本稿を締めくくりたい。

谷川建司(たにかわ・たけし)
1962年東京生まれ。博士(社会学)。日本ヘラルド映画株式会社勤務を経て1992年にフリーの映画ジャーナリストとして独立。2010~2023年、早稲田大学大学院政治学研究科客員教授。専門は映画史。主著に「アメリカ映画と占領政策」(京都大学学術出版会/2002)、「戦後『忠臣蔵』映画の全貌」(集英社クリエイティブ/2103)、「高麗屋三兄弟と映画」(雄山閣/2018)、「イージー・ライダー 敗け犬たちの反逆」(径書房/2020)、「近衛十四郎十番勝負」(雄山閣/2021)など。

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