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バブル時代の東京とともに坂本龍一を映したドキュメント「Tokyo Melody Ryuichi Sakamoto」エリザベス・レナード監督インタビュー

2026年1月16日 17:00

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ドキュメンタリー制作当時坂本龍一さんが撮影したエリザベス・レナード監督
ドキュメンタリー制作当時坂本龍一さんが撮影したエリザベス・レナード監督
©Ryuichi Sakamoto

1985年に製作された日仏合作による坂本龍一のドキュメンタリーの4Kレストア版が、「Tokyo Melody Ryuichi Sakamoto」として1月16日から劇場公開される。東京でわずか1週間という短期間で撮影され、スタジオでのレコーディング風景やインタビューを軸に、当時30代の坂本が自身の生い立ちから音楽哲学、文化について語る。バブルと呼ばれた好景気時代の東京も生々しく映す貴重なドキュメンタリーだ。写真家、映像作家として活躍するエリザベス・レナード監督がインタビューに応じた。

――本作は1984年、坂本龍一さんが4枚目のソロアルバム「音楽図鑑」を制作し始めた頃を映したドキュメンタリーです。当時フランスに住んでいたあなたが、どのように坂本さんを知り、なぜ彼のドキュメンタリーを作ろうと思ったのでしょうか?

当時から私は男性のポートレートを撮ったり、ミュージシャンのアルバムジャケットを手がけており、「ラベック姉妹」というフランスの音楽家姉妹についての映画も作っていました。1983年に「戦場のメリークリスマス」をカンヌのワールドプレミア上映で見ることができ、坂本さんの音楽とスクリーン上での素晴らしさに心を打たれたのです。そういった経験から、坂本龍一というミュージシャンについて映画を作りたいというアイデアが自然に浮かびました。ちょうどその上映を一緒に観ていたフランスのテレビプロデューサー、ミュリエル・ロゼ (INA)も同じように坂本さんに強く興味を持っていたことから、実現したのです。

画像2(C)Elizabeth Lennard
――このドキュメンタリーの撮影にあたって、なにか坂本さんからの要望はありましたか。

撮影日は4日間で、2日はスタジオ、2日は東京の街という条件だけでした。私は7日間撮影できる予算を持っていたので、坂本さんと一緒に撮る日が4日、残り3日は彼抜きで東京を撮影しました。唯一のリクエストは、一般公開前に完成した作品を自分で観たい、ということでした。その頃はインターネットで素材を送ることができなかったので、彼が当時のパートナーの矢野顕子さんと一緒にパリに来て、プライベートスクリーニングを行いました。自分自身が題材となった映画を見るのは大変なことだと思いますが、坂本さんはとても気に入ってくれたと記憶しています。

画像5(C)Elizabeth Lennard
――若く、才能と自信に満ち溢れた当時の坂本さんは、スーパースターのようでした。初対面の印象や、撮影中のお人柄についてはどのように感じられましたか。

私が彼と会ったときは、移動はリムジン、あとはスタジオかコンサート、もしくは自宅という生活でした。だからこそ、私と一緒に東京の街を歩くことをとても楽しんでいたと思います。フランスのクルーに対しても自然体で、とてもリラックスしていました。スーパースターの振る舞いがどういうものなのか私には分かりませんが、彼はとても普通で誠実な人でした。

画像4(C)Elizabeth Lennard
――生前の坂本さんはかねてよりフランス文化、ドビュッシーをはじめとしたフランスの音楽家からも影響を受けていたと公言されていました。このドキュメンタリー内では、坂本さんがフランス語で語る場面がありますが、そのアイデアについて教えてください。

この映画はフランスのテレビ局のために作られた作品だったので、私がドビュッシーの言葉をフランス語で読んでもらったらどうかと提案したのです。彼はとても喜んでくれました。その当時、私は彼がそこまでドビュッシーに影響を受けていたとは知りませんでしたが、後になって多くのインタビューを読んで、その影響の大きさを知りました。ドビュッシーはスティーブ・ライヒフィリップ・グラスなど、後の数多くの現代音楽家にも影響を与えていますし、その影響は今も続いていると思います。

――現在とは異なる、バブル当時の東京の風景や人々の熱狂もとても興味深かったです。その後、あなたが日本を再訪することはありましたか?

2025年の秋に訪問しました。街の密度が増し、建物も人も増え、外国人も本当に多くなったと感じました。およそ40年ぶりでしたので、その変化にとても驚きました。

画像3(C)Elizabeth Lennard
――この作品を観て、クリス・マルケル監督の「サン・ソレイユ」や、その後のヴィム・ヴェンダース監督の「東京画」を思い出しました。当時、日本を描いたドキュメンタリーが同時期に作られていたように思いますが、そうした作品を意識されたことはありましたか。

ヴェンダースの「東京画」は、私の映画の後に公開されています。私の映画が上映されたのは1985年3月で、「東京画」はその年の秋です。ですから私は見ていませんでした。「サン・ソレイユ」もずっと後になってから観ました。今のように情報が簡単に手に入る時代ではなかったのです。1990年にカナダの映画祭で「サン・ソレイユ」「東京画」、そして私の「Tokyo Melody」が一緒に上映されたことがあったと最近になって知ったくらいなんです。

画像6(C)Elizabeth Lennard
――1980年代に作られたこの作品が、2026年の今、4Kレストア版として日本で上映されることについてのご感想を教えてください。

4Kレストアは非常に長いプロセスでした。音は当時16ミリのステレオで、現代の5.1や7.1チャンネルに合わせてすべてリミックスしました。映像も、フィルムの傷や埃を一つひとつ修復し、カラーもゼロからやり直しました。5週間以上かかる大変な作業でしたが、結果にはとても満足しています。この作品はこれまで映画祭やDVD、VHSでしか観られませんでした。日本で劇場公開されることを本当に嬉しく思います。

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