ポルトガルの鬼才ミゲル・ゴメスが来日 新作「グランドツアー」制作秘話に草野なつかが迫る
2025年10月4日 13:30

第77回(2024年)カンヌ国際映画祭監督賞受賞作、ポルトガルの鬼才ミゲル・ゴメス監督の「グランドツアー」のジャパンプレミアが、10月3日Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下で開催され、来日したゴメス監督が作品を語った。映画作家の草野なつかが聞き手を務めた。
文豪サマセット・モームが1930年に発表したグランドツアーの象徴的作品と言える「パーラーの紳士」からインスピレーションを得て、ゴメス監督自身がその旅路をたどったのちに、脚本を制作した。撮影に「ブンミおじさんの森」(10)、「君の名前で僕を呼んで」(17)、「チャレンジャーズ」(24)の名撮影監督サヨムプー・ムックディプローム、日本側のプロデューサーに、「コンプリシティ/優しい共犯」(18)、「大いなる不在」(23)の近浦啓監督らが参加し、ミャンマー、シンガポール、タイ、ベトナム、フィリピン、日本、中国のアジア7カ国でロケを敢行した。

1918年、ビルマのラングーン。大英帝国の公務員エドワード(ゴンサロ・ワディントン)と結婚するために婚約者モリー(クリスティーナ・アルファイアテ)は現地を訪れるが、エドワードはモリーが到着する直前に姿を消してしまう。逃げる男と追う女のアジアを巡る大旅行は、観る者を過去と現代、現実と幻想、カラーとモノクロが混在する摩訶不思議なグランドツアーに誘う。

劇中でも登場するカクテル、シンガポールスリングを片手に登壇したゴメス監督。撮影途中でコロナ禍を経験したことから、本作は完成までに4年を要した。「映画と人生がありますが、もちろん人生、生活が大事」と前置きし、実際にアジアを横断する“グランドツアー”の途中で「人生の部分(コロナ禍)が影響してきた」と振り返るゴメス。まずは2020年冬から5週間の予定でミャンマーから撮影をしながら旅を開始、日本を経由して中国に渡る予定のタイミングでコロナ禍に直面したという。
「船で上海に渡る予定がキャンセルになりました。脚本はできていなかったので、どんな話になるのかわかりませんでしたが、まずは登場人物のエドワードとモリーが実際に辿ったルートだけ辿りました。アジアの旅の最後に四川省を訪れる予定でしたが、(コロナ対策で)外国人の入国制限があったので、中国の撮影チームに委ね、私はリスボンからリモートで指示をしました」と振り返る。中国パートの撮影終了のタイミングで脚本も完成し、リスボンとローマのスタジオでの撮影後、編集、ポスプロを経て、約4年の歳月がかかっていたと明かす。

サマセット・モームの紀行文からインスピレーションを得た。「小説ではなく、旅行記です。カンボジア、タイ、当時のビルマなど様々な場所で現地の行事、人との出会いを書いたもの。その中の3ページくらいの場面ですが、イギリス人男性が婚約者から逃げたが、結局(中国の)成都で捕まって結婚したという結末です。そういったプロットと主人公が辿ったルートはありますが、そのほかは私が一から作りました」と物語について説明する。
草野から、スタッフやキャストに対して、何か参考として提示したものはあるのか? と問われると、「特にありません。他の映画もそうですが、いつもちょっとしたアイデアで始め、その方法を自分で考えるようにしています。脚本を書いて、撮影し、仕上げる、そういうクラシカルな作り方はしません。今回は、まず現代を旅行してみて、その旅行記と1918年の男女のストーリーという二つをひとつの映画にできるのか――やってみなければわかりませんでした。しかし、できたと思いますし、その結果の良し悪しは皆さんがご判断していただけると思います」と答えた。

そして草野は、「ゴメス監督の多くの作品は、ドキュメンタリーであるパートとフィクションであるパート、映し方がまったくちがう場面や、異なる性質の2つものが一緒に存在するのに、それがレイヤーとして見えるのではなく、融合しているのが見事」とその作風を褒めたたえる。
ゴメスは「私自身に融合する才能があるとは思っていません。物事は意外とそういう風に成り立っている、と考えています。京都で虚無僧に会い、なぜ虚無僧になったのかを質問したときに、『時代劇を観た』という回答があり驚いたのです。今、虚無僧として実在するけれど、そのきっかけがフィクションだった。その2つの物質的なリアルとフィクションが入り乱れているのに驚き、私自身が何かミックスしようと思っているわけではないのです」と本作撮影でのエピソードを挙げた。

そのほか、印象的に用いられる音楽について質問が及ぶと、「映画で採用する音楽にはこれといった基準や理由はなく、リサーチの段階で入れようと思ったもの、撮影中や編集中に決めたもの、意識していたものも偶然もあり、一定ではありません」と回答。草野は、劇中マニラのカラオケで「マイウェイ」を熱唱する人物に心を動かされたとコメント。
ゴメス監督は、本作にかかわった3人の撮影監督のひとりで、スタジオ撮影を担当したポルトガルのルイ・ポサスの体験として、マニラのバーで強盗一団に拳銃を突き付けられ、採点機能のあるカラオケで「マイウェイ」を歌って「最高得点を出せたら命は助ける」と言われたという逸話を15~20年前に聞いていたこと、また、5年前にリスボンの新聞に、フィリピンの「マイウェイ」ギャングが捕まったという記事を読み、実際にお金を強奪する前に「マイウェイ」を歌わせる一味がいたと知ったそう。
「それで、フィリピンにおける『マイウェイ』に興味を持ったのです。2020年の旅でフィリピンに行き、現地プロデューサーにはカラオケが好きな人を集めてほしいと頼みました。そこで一番歌のうまい人を指名して、日本で言うところのかつての赤線地帯に来てもらって歌ってもらいました。ワンテイクすべて撮りましたが、本人は感無量で涙を流していました。撮影監督の話、リスボンのニュース、そしてあの夜に行った撮影、振り返ってみればすべて驚きに包まれていて。でも『マイウェイ』がなぜ感動を与えるのかは分からないままで、人生というものはこういうものなのかなと思います」

そんな偶然が重なったエピソードに感銘を受けた草野は「偶然の出来事は魅力的に映るものです。しかし、それを全てを映画に採用することはできません。起きた偶然を採用する基準はありますか?」と同じ作り手として尋ねる。
「偶然だとも思わないのです。物事はすべて繋がっていて、そのリンクを辿っていくのです。ある朝起きたら、偶然面白いことやものが現れる――そんなことはありません。心に余裕を持つことが重要です。時に映画は機械のように回転し、効率やタイムイズマネーを求められる、そうなると撮影クルーは、脚本とにらめっこしながら予定通り撮ることが大事で、目的に到達することを目指します。その時に10匹の象が目の前を通り過ぎても、みんなカメラを回す余裕すらなくなってしまうのです。ですから、物事を受け入れる、そういう余裕を持ちたいです」
本作では結婚、人形劇などがモチーフとして登場することから、晴れの場、フィクションと現実とつながる「祝祭や儀式」という言葉が浮かぶという草野の指摘には「祝祭や結婚式は儀式として興味があります。過去の作品では村の祭を撮ったこともありました。その独自のコードに惹かれ、自分とは遠い世界を撮りたかったのです。しかし、儀式や祝祭以上に、実はあまり評価されない事実が私の作品の根底にあります。それは自分が生きているということです。役者も、監督も、観客たちも生きている。この事実が全ての根底にあります」と告白する。

最後に、印象的なラストシーンについての話題に及び、「人生にフィクションが波及する力、現実に対してフィクションは何ができるのか」について聞きたいと草野がリクエスト。
ゴメス監督は「フィクションは死に打ち勝つ力を持つ素晴らしいものです。映画の中の操り人形は、上演ごとに死んでまた生き返ります。とはいえ、あくまでもフィクションの存在なので、その不死の能力と私は自分の肉体を取り替えたいと思いません」と述べ、
「アジア撮影から帰って、脚本を書き、ラストは『シーン1 モリーが死ぬ。あるいは。』という但し書き付きでした。そしてシーン2は『モリーが生き返る』と書きました。そして、モリーをどのように生き返らせようかと考えました。そのとき、スタジオで技師たちが照明を取り付けていたので、照明で、映画の力でモリーは生き返れる、そういうアイディアが浮かんだのです。私には信仰心はありません。ポルトガルで育ち、カトリックのバックグラウンドはありますが、奇跡も信じていませんし、見たこともありません。でも、映画の中では奇跡を観たことがあるので、映画に対する信仰心があるのです」と結んだ。
映画は10月10日からTOHOシネマズ シャンテ、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほか全国公開。
(C)2024 ‒ Uma Pedra No Sapato ‒ Vivo film ‒ Shellac Sud ‒ Cinéma Defacto
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