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【佐々木俊尚コラム:ドキュメンタリーの時代】「揺さぶられる正義」

2025年9月20日 08:00

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記者として異色の経歴をもつ本作の監督・上田大輔
記者として異色の経歴をもつ本作の監督・上田大輔
(C)2025カンテレ

本作のタイトルは「揺さぶられっ子症候群」から来ている。どのようなものかといえば、乳幼児を激しく揺さぶると、脳が損傷してしまうというものである。これが児童虐待にあたるとされ、2010年代に母親や祖母、父親などが逮捕されるケースが日本で相次いだ。

しかし当初から「揺さぶられっ子症候群」は単なる仮説ではないかという指摘があり、また「揺さぶられっ子症候群」と判定する基準も曖昧ではないかとも言われていた。つまり逮捕起訴のケースの多くは、実は冤罪だったのではないか。そう考えた弁護士や研究者のグループが、真相を解明して冤罪を晴らそうとする。本作は、その経緯を丁寧に、そしてドラマチックに追ったドキュメンタリーである。

本作に注目すべきポイントは、二つある。一つは、作品内にも登場して語り手となっている上田大輔監督の経歴だ。もともと刑事弁護士として活動していたが、有罪率99.8%という司法の現実に絶望し、企業内弁護士として関西テレビに入社。しかし再び刑事司法の問題に向き合おうと考え、記者職への異動を願い出る。入社7年目にようやく念願が叶い、遅咲きの記者として取材活動を始めた。

マスコミの記者としては異色の経歴だが、これがステレオタイプなマスコミ報道とはかなり異なる風合いを本作に与えている。過剰な正義感に傾かず、常に自分の立ち位置を探りながら進めていくような構成が、従来の「マスゴミ」的な報道とは一線を画し、押し付けがましさもない。

そもそも「正義」とは何か。日本では正義というと勧善懲悪の「正義の味方」、つまりは時代劇「水戸黄門」のように悪を成敗する行為をイメージする人が多い。しかし英語の正義(ジャスティス)は、決して勧善懲悪ではない。悪を罰すれば物事が解決すると言うような素朴な価値観ではないのだ。

本来のジャスティスは「どのように人々の利害を公正さを持ってバランスを取るのか」という姿勢である。だから「正義」ではなく「公正」と訳す方が適切なのである。

画像2(C)2025カンテレ

本作に注目すべき第二のポイントは、ここにある。本作は「揺さぶられっ子症候群」の冤罪を生んだ警察や検察、医師らを糾弾する内容ではない。検察側の証人として積極的に裁判に関わってきた医師のひとりは取材に応じて「私は虐待をなくす正義に立っているんです」と明言する。

「揺さぶられっ子症候群」の逮捕起訴ケースのすべてが冤罪ではない可能性もあるだろう。その場合に、冤罪が仮に出てしまう危険性があるとしても「虐待をなくす正義」の側に立つのか、それとも冤罪は決してあってはならないとして「冤罪をなくす正義」に立つのか。

それはどちらが正解ということでもないだろう。人が何の価値観によって行動するのかは、その人の選択である。どちらかが善であり、どちらかが悪であると断罪できるようなものではないのだ。

だから正義はつねに「揺さぶられる」のである。もともとマスコミ出身ではない上田監督だからこそ、このような正義の揺れ動きを真正面から受け止めて描けたのかもしれない。安易でステレオタイプな正義にばかり頼り、「犯人」を見つけて断罪すればよしとしているような凡百なマスコミ人は、目を見開いて本作を観るべきである。

画像3(C)2025カンテレ
『虐待か冤罪か─異色の「弁護士記者」が追及し続けた刑事司法と事件報道の罪』(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/90401?)という記事で、上田監督はノンフィクションライターの西岡研介氏に対してこう語っている。
「記者にとってはむしろ『揺さぶられる』ことが大事なんじゃないかと思っているんです。取材を進めるうちに新たな『事実』が出てきて、それらの『事実』も見方によってはいろんな側面がある。それら新しい事実や側面に出会う度に『揺さぶられる』過程を経ることが取材であり、揺さぶられながら一歩でも真実に近づこうとすることが大事なんじゃないかと思っています」
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画像4(C)2025カンテレ
2025年/日本
監督:上田大輔
9月20日からポレポレ東中野、第七藝術劇場ほか全国順次公開

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