「リモノフ」あらすじ・概要・評論まとめ ~空虚な自己顕示欲は膨大なエネルギーを伴い “本物”に押し上げてしまう~【おすすめの注目映画】
2025年9月4日 09:00

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本記事では、「リモノフ」(2025年9月5日公開)の概要とあらすじ、評論をお届けします。

詩人や革命家などいくつもの顔を持ち、世界から危険視されながらも多くの人々を魅了した実在の人物エドワルド・リモノフの激動の人生を、「007」シリーズのQ役で知られるベン・ウィショー主演で描いたドラマ。エマニュエル・キャレールによる傑作伝記小説「リモノフ」を原作に、「インフル病みのペトロフ家」「チャイコフスキーの妻」で知られるロシアのキリル・セレブレンニコフ監督が、圧巻の映像と徹底したシニシズムで映画化した。
ソビエト連邦下のロシアに生まれたエドワルド・リモノフは、1950~60年代をウクライナ・ハルキウとモスクワで過ごす。反体制派や詩人たちが集う別荘に入り浸るなかでエレナと出会い恋に落ちたリモノフは、彼女とともにロシアから亡命し、名声と自由を求めてアメリカを目指す。ニューヨークで自由を手にしたものの、職も金も居場所もなく、エレナにも別れを告げられた彼は、孤独と挫折に打ちのめされながらも自らの言葉で世界と闘い続ける。やがてフランスの文学界で注目を集めたリモノフはパリに渡り、ついに作家としての名声を手にするが……。
共演は「戦争と女の顔」のビクトリア・ミロシニチェンコ、「グラディエーター」のトマス・アラナ。2024年・第77回カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品。

このハチャメチャな伝記映画の主人公、エドワルド・リモノフというロシア人について詳しく知っている人は日本では稀だろう。ロシアの最高権力者プーチンの政敵、ネオ・ファシズムの過激派、1970年代のNYで放蕩生活を送り、80年代のパリで人気作家となり、ペレストロイカ以降のロシアに舞い戻って政治家となったパンク詩人。もう属性が多すぎて、とてもじゃないが実像がつかめない。
勇ましい英雄になりたいと望み、ペンネームで“手榴弾”を意味するリモノフを名乗るとことん中二病な野心家。破滅的で身勝手で矛盾に満ちた奇人をベン・ウィショーが身を切るような切実さで熱演しているのだが、キリル・セレブレンニコフ監督はそんな男を容赦なく“まがい物”として描き出す。

例えば劇中ではルー・リードの「ワイルド・サイドを歩け」が、リモノフが自らを鼓舞するテーマソングとして鳴り響く。猥雑な70年代のマンハッタンを歩きながら、曲に合わせて黒人女性たちがコーラスを歌い、街角のトランペット吹きがソロを奏でる超現実的な場面はリモノフの心象風景なのだろう。
ところが実際に「ワイルド・サイドを歩け」のコーラスを歌っていたのは(歌詞に反して)白人女性のグループだし、ソロはトランペットではなくバリトンサックスなのである。ここには、リモノフは現実を歪めて都合のいいイメージを増幅させているに過ぎないという皮肉がある。
またリモノフの祖国ソ連を強調する際にいかにもロシア風のメロディーが流れるのだが、それもアメリカ人ミュージシャン、トム・ウェイツの曲だったりする。このイカサマ感、まがい物感が意図的であることは、セレブレンニコフ監督が生粋のロシア人であることからも明らかだろう。

何者かになりたいと切望するリモノフは、自己肥大をこじらせながら“反骨の無頼キャラ”を育て上げていく。精一杯去勢を張り、逆張りを重ねるイキリ芸を続けた先に“ネオナチの若者たちのカリスマ”という国粋主義キャラが出来上がっていくプロセスは、トランプ時代のアメリカから昨今の日本まで世界中で頻発している現象であり、だからこそリモノフという人物には探求する価値があるのだろう。
しかしリモノフの空虚な自己顕示欲は膨大なエネルギーを伴っているからこそ、当人をある意味で“本物”に押し上げてしまう。彼が紡ぎ出す言葉に妙な説得力が宿ったときこそ、われわれは一番警戒しなくてはならないのだと、けたたましい警鐘が聴こえてくるような映画である。
執筆者紹介

村山章 (むらやま・あきら)
71年生まれ。映像編集を経て映画ライターとなり、「SPA!」「OCEANS」「DVD&ブルーレイでーた」などに執筆。漫画家・しりあがり寿が監督を務めたネット映像シリーズ「寸志でございます」では、プロデュース、撮影、編集などを担当した。
Twitter:@j_man_za/Website:http://www.shortcuts.site/
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