【「宝島」撮影現場ルポ】妻夫木聡×大友啓史監督、コザ騒動の熱気漲るシーンに込められた想いを“目撃”
2025年6月27日 07:00

妻夫木聡主演、大友啓史監督のメガホンで、第160回直木賞を受賞した真藤順丈氏の傑作小説を映画化する「宝島」の撮影現場が、2024年5月に報道陣に公開された。映画.comは複数回にわたり現場を訪れ、今作の見どころのひとつでもある「コザ騒動」のシーンを徹底取材した。(取材・文/大塚史貴)
1970年12月20日未明、沖縄県コザ市(現・沖縄市)で数千人に及ぶ群衆が米軍関係者の車両を次々と襲い、焼き払った事件。被害車両は約80台、負傷者は88人(うち沖縄住民は27人)。背景にあるのは、アメリカ統治下での圧制、度重なる人権侵害に対する不満が爆発したもの。直接の契機となったのは同年9月18日、糸満で酒気帯び運転およびスピード違反の米兵が運転する車両が主婦を轢殺する事故を起こしたが、同年12月7日の軍法会議で証拠不十分として無罪判決が下されたことにある。さらに騒動当夜に米兵が運転する車両が住民をひく同様の事故が起こり、事故処理をするMP(米憲兵)が取り囲んだ人々に向かって威嚇射撃を行ったことが民衆の怒りを買い、騒動へと発展した。


東京・世田谷区の東宝スタジオ内で、奥行き41.8×横幅33.8メートル、1415平方メートル(約429坪)を誇るステージ8は日本最大の広さとして知られ、建設当時は「東洋一」と謳われていた。大友監督が迎え入れてくれた同ステージは、胡屋十字路から基地へと向かうゲート通りが再現されており、まさに70年のコザへ誘(いざな)われた感覚に陥る。
前日に騒動のクライマックスが撮影された直後とあって、ガソリンの臭いが充満し、一触即発の雰囲気が漂うピリピリとした余韻がまだ残っていた。今作のために左ハンドルのヴィンテージカーを50台ほど集めた(一部買い取り)というが、それだけではなく地面には7センチもの厚さのアスファルトが敷き詰められ、道路の両サイドには特殊飲食街(通称・特飲街)のバーやレストランがずらりと軒を連ねている。店舗の脇にはオリオンソーダの汚れた空き瓶が転がるなど、細部へのこだわりも抜かりがない。

当初は沖縄本土復帰50年となる2022年に公開すべくスケジュールを組んでいたが、コロナ禍で21年夏、22年春とクランクインが延期に。大友監督は何度も心が折れそうになったというが、その度に原作を読み直したと明かす。
「コロナ禍の曖昧な空気のなか、『宝島』で表現したかったテーマは怒りなんです。作品をつくっているとき、一番パワーが出るのは怒っているときだったりする。そもそも僕は穏やかな気分でものを作れない性質なもので……。沖縄の人たちは本来的に穏やか。そんな彼らに怒りの芽を摘んだ種は何なのか。根源的に黙っていられないことって人にはある。右とか左とか関係なく、人間としてこういう扱いを受けたら許せるはずがないよねと。
だけど、コロナが収束してみて、これまでの脚本だとちょっと違うな……。僕がコロナの頃にぶつけたかった怒りという感情をストレートに乗せると、作品のメッセージが届かない。怒りにものを言わせて作っても、何も伝わらない時代になったぞと感じたんです。それで高田亮さんに脚本に加わってもらって、もう一度作り始めたんです。試行錯誤して改稿を何十回と重ね、クランクイン直前まで、いや、撮影中も毎日脚本を書き直していましたね。

いまや世界はSNS時代になり、身の回りのことだけで生きていける時代ともいえる。僕自身もだけど、自分で検索して、自分の好きな情報だけで生活していける時代になればなるほど、身の回りの延長で楽しむ以外に関心を持てない時代。沖縄の人々が戦後、日本とアメリカの狭間に立って獲得してきたものが何だったのか、どれほどの血と汗と涙を流してきたのか。それは喜びも悲しみも体感しないと分からないことがいっぱいある。それを映画として追体験したものを、観る方にも伝えたいという想いでやっています。
ウチナーンチュ(沖縄生まれの人)の物語なので、ウチナーンチュのスタッフや役者もいますが、出来る限り多くの方に届けるという意味でも、僕らウチナーンチュではない人間が演じながら、作りながら、沖縄の人たちの感情や気持ちを探り当てながら撮っていくことが大事なんだろうと思っています」

NHK連続テレビ小説「ちゅらさん」の演出時から、本土復帰前の沖縄を描かなければならないと使命感を胸に秘めてきた大友監督だけに、スタジオ内も精力的に動き回る。このシーンには最終的に述べ2000人を超えるエキストラが参加。入念に説明を繰り返し、暴動時に人の流れがどう移ろっていくのかをひとりずつに的確に演出。ヴィンテージカーがどのタイミングでカーブを曲がりきれるかをテストする際には、文字通り陣頭指揮。米軍関係者車両の証でもあった“黄ナンバー”に気づいた民衆が、ワンテンポ遅れて群がる必然性を説明すると、蝶ネクタイ姿の給仕係や艶やかなドレス姿のホステスに扮したエキストラたちは納得の唸り声をあげていた。
大友監督は、コザ暴動の特殊性について理路整然と説明する。
「特殊なのは、一晩限りの出来事で死者も出さず、朝になると皆が大騒ぎしながら家路についている。今でもコザのゲート通り界隈って、賑わい出すのは22時頃と少し遅いんです。18~19時頃は米兵も家族と食事をしていて、その後に飲みに繰り出す感じ。暴動は24時頃から自然発生的に起きたんだけど、映像として残っているのはほぼ鎮火した翌朝のものばかり。糸満の主婦轢殺事件の件で米兵が無罪になったことで、活動家たちが沖縄に乗り込んで集会をしていたタイミングでもあり、革ジャンを着たおばあちゃんが引っくり返った車に乗って踊る有名なエピソードが残っているけれど、実際色々な思惑を抱く人があの場にいたわけです。

それまで踏みにじられてきたことに対する怒りは、もちろん通奏低音として全面的にあるけれど、細かく見ていくと沖縄の人たちの不満、一晩のうさはらしも含め、色々なエネルギーが集積していた……。ということが、コザ暴動を描くときのポイントかなと感じています。車を引っくり返す人もいれば、エイサーを踊る人もいた。そういう証言を現地での取材で幾つももらっています。
エネルギーを解放する瞬間、過剰に何かを放出しなければ、人間のエネルギーは収まらない。権利が認められない、思いが届かない、そういう声をどこに届けたら良いのかも分からない……。それくらい封じ込められていたんじゃないか。取材をしていくと、ひとりひとりの記憶が全然違うんですよ。そういった想いを大事にしながら撮っています」

当時の沖縄の人々、そして現代へ連なる全てのウチナーンチュの想いを乗せて、妻夫木がこのシーンで感情を爆発させる。
「なんくるないで済むかぁ! なんくるならんだろっ!」
スタジオの外で妻夫木と顔を合わせた際、「この映画で大事になってくるのは当事者意識ではないか」と話をしたが、大友監督も全く同じ想いを抱いていた。
「最初の1カ月は生きた心地がしないで撮っていました。『宝島』には、当事者意識が必要だという感覚はずっと持っていました。この題材を描く当事者として適格であるかどうか、他者からも問われ、自分からも問われるという度合いが強い昭和という時代を過ごしてきた僕からすると、アメリカ統治下の沖縄を描くうえで、当然デリケートさは必要であると常々思っています。

僕は、ベルナルド・ベルトルッチの『1900年』と同じことをやりたかった。イタリア史を約5時間で描いたわけだけど、沖縄史を描くとしたらそれくらいの尺になってしまう。72年までふたつの政府が存在していたから曖昧なコンディションに置かれているなかで、沖縄の人々の心の中で自分たちの生活は自分たちで守るという意識が生まれ、権利闘争などが少しずつ大きくなっていった。そういう意識の流れを見ていくことも必要かなと思っているんです。
傷つけられ、失い、初めて分かること。自分たちの力で取り戻す、手に入れるということで、価値観も変わってくる。72年までに沖縄の人たちが得てきた痛み、つらみ、喜びは、いまの時代の僕らが共有することにすごく意義があり、共有することで色々な気づきが生まれるんじゃないかと思っています。その気付きが何かは人によって違うけれど、間違いなく映画で描かれる20年間で、人間が生きていくうえで大切にしなければならないことは、こういうことだよね……というヒントがちりばめられているはずです」

日本映画界を代表する面々が心の限りを尽くした3時間11分には、観る者の心を突き動かすだけの“願い”も込められていると言っても過言ではないだろう。6月7日に行われた沖縄プレミア試写会では、上映後に沖縄の“おばあ”たちが、大友監督のもとへ駆け寄り「ありがとう、ありがとう。私たちの代わりに伝えてくれてありがとう」と号泣しながら、満面の笑みを見せていたという。大友監督が、妻夫木が心の底から伝えたかったメッセージがひとりでも多くの人へ届くことを願ってやまない。
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執筆者紹介

大塚史貴 (おおつか・ふみたか)
映画.com副編集長。1976年生まれ、神奈川県出身。出版社やハリウッドのエンタメ業界紙の日本版「Variety Japan」を経て、2009年から映画.com編集部に所属。規模の大小を問わず、数多くの邦画作品の撮影現場を取材し、日本映画プロフェッショナル大賞選考委員を務める。
Twitter:@com56362672
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