そこで、いのうえの要望を受けて「以前から鬼の物語を書きたかった」青木豪が平安の世を舞台に、伝承譚スタイルの脚本を執筆。主演の美しき鬼・紅子役に、宝塚を卒業して約1年の元花組超人気トップスター・柚香光を迎えて贈るのが“いのうえ歌舞伎【譚】Retrospective”「紅鬼物語(あかおにものがたり)」なのである。さらに共演者には、それぞれ異なる背景と実力をもつキャストを招集。突然消えた妻・紅子を探す旅に出て、紅子との哀しい愛を紡いでいく夫・源蒼(みなもとのあお)役は、舞台「刀剣乱舞」シリーズなどさまざまな舞台作品で活躍している鈴木拡樹が務める。
今回は、初挑戦だらけのなか意欲に燃える柚香と、その夫役で、新感線は2019年の「髑髏城の七人 Season月《下弦の月》」以来2度目となる鈴木に話を聞いた。
撮影:若林ゆり2024年の5月に宝塚を退団し、この1年でダンスをメインにしたコンサートと、パリ・オペラ座のエトワール、マチュー・ガニオとの創作バレエ共演など、ダンスをフィーチャーした作品に挑んできた柚香。身体能力の高さには定評のある彼女だが、宝塚を出てから芝居に取り組むのは初めて。これが「女優デビュー作」となる。

柚香「劇団☆新感線の舞台はずっと大好きでした。宝塚を退団して以来、新しい自分の発見は私にとってつねに課題ですが、本当の意味で新しい自分に出会うのは『この新感線からなんじゃないかな、もっといろいろなことが見えてくるのかな』とワクワク、ドキドキしています。女性としてのパフォーマンスはコンサートが第一歩で、役ではなく『柚香光』として出る、踊る、歌うというのが自分としてはすごく新鮮でした。自分から特に『やろう』と意識していないところで自然と湧き上がってくる感情や感覚が、自分に驚きだったり、初めての気づきだったりをもたらしてくれたんですね」
柚香「そこに加えて、今度は初めて、宝塚歌劇団生ではない方と共演するお芝居。しかも演じるのは妻であり母親。娘時代のシーンもありながら、さらに『鬼』であるということで、どんな自分に出会えるのか。初めて尽くしのなかで、きっと自分の知らない面がいっぱいいっぱい出てくるんだろうなと思います。鈴木さん……じゃなかった、拡樹くん(距離を縮めるため『拡樹くん』『光ちゃん』と呼び合おうと決めていたんですが、まだ慣れなくて)とお芝居するなかで、そしていのうえさんや共演者のみなさんから引き出していただいて、自分も予期しなかった新しい自分に出会えるんじゃないかと胸が高鳴っています」

一方の鈴木も、実は「それまでとはまったく違った環境」に身を置いた経験がある。
鈴木「もともと別の分野の専門学校に入ったのですが、自分が本当に興味をもっているものは何なんだろうと考えているとき、演劇と出合ってしまって。「オレノカタワレ」という作品を観劇したんですけど、衝撃でした。『なんだこれは、こんなに面白いものがあるのか!』と思って、演劇の世界に飛び込んだんです。それからは必死でしたね。その作品もアクションがあって、生の舞台の迫力、熱気がすごかった」
鈴木「そのとき初めて『こんなものを自分もやってみたい』と思ったからこそ、同じ熱量のある作品に、いま自分が取り組めていることがうれしいんです。僕が舞台にこだわっているのは、この世界に入るきっかけが映画やドラマではなく生の舞台で、それが原点だから。劇団演劇が好きなんですよ」
撮影:若林ゆりそれぞれの、互いに対する印象は?
柚香「作品のビジュアル撮影のときにお目にかかったのが初めてだったんですけど『お優しそうな方だな』と。ご挨拶させていただいた時の空気感とか雰囲気、表情などが本当に『ああ、やっぱりお優しそうな方だなあ」というのを、しみじみ感じました」
鈴木「僕は、最初にもった印象とはもう変わってきているんですよ。最初はもっとパリッパキッとして硬い性格なのかな、と思っていたんです。でも、そうではない部分も少しずつ見えてきて。作品を作っていくうちに楽しくしゃべれそうだな、という感覚があります」
柚香「きっと『こんなやつか』と思う瞬間もたくさんあると思います。基本的に、そんなにパリッとはしていないので(笑)。そこのギャップはやはりあるかな、と」
鈴木「やはり最初は目の強さというか、目力があるので、すごく細かい方なのかなと思ったんですが、どちらかというと柔らかく接してくださる方ですね」

まったく違った背景をもちながら、鈴木と柚香は共通する部分も多そう。柚香は宝塚で「花より男子」など2.5次元作品をいくつも経験しており、同性ばかりのカンパニーを率いる立場を経験してきたこと、観客を大切に思う心、ストイックな努力家であること、作品や演技への考え方など。たとえば役づくりのやり方を聞くと「とにかく役に関することをできる限り調べる」ことから始めるという、同じ答えが返ってきた。
鈴木「僕はまず、役について想像するための材料をとことん探しますね。そこから、どんな状況にいたのかを考える。今回はテーマとして人と鬼というものを描いていますし、夫婦だけではなく、僕たち以外のキャラクターそれぞれにも『家族』をテーマにしている部分があると思うんです。『人と鬼』というテーマに対して、それぞれが見る角度というものがあって。僕たちの役は子どものいる夫婦という関係ですが、僕は役者として、これまで夫婦関係ですら描いた経験が非常に少ないんですよ。同じ目線で作っていくこともできるのかなと思いますし、想像の中で広げていくのも楽しそうだな、と思います」
撮影:若林ゆり鈴木と言えば、「髑髏城~」の天魔王役で、同じ役を演じたほかの俳優たちとはまったく違う、大胆で思い切った解釈と演技が非常に印象的だった。あのときの役づくりはどうやって生まれたのだろう。
鈴木「あのときは、各Seasonに同じ天魔王を演じるそうそうたるキャストがいる中で『自分が自分のオリジナルとして攻められるポイントって何だろう?』と思ったときに、『ああ、いちばん“人”になれるな』と思ったんです。天の存在から『人』へと変貌できる。鎧を着て、強く着飾っていた人間が、剥がされることによって弱々しい人間になるというところが、いちばん自分の出るポイントだったかもしれません。そこに懸けた」
鈴木「とくに、最後の見せ場に懸けるがゆえに、そこに至るまでには大きく見せる作業というか、挑発してみたり、口が達者に回るというイメージを与えておいたり。そういう芝居を最後のための前振りとして使っていた部分もありました」
撮影:若林ゆり柚香もやはり「調べる」こと、そして「自分だから出せる色」にこだわるところは同じ。
柚香「平安の世では、いまより身分が意味をもつ暮らしをしていて、いまの状況とは全然違うじゃないですか。その背景を知った上で、『こういう人ならこういう暮らしをしているのかな』と想像するところから入りますね」
柚香「背景の知識があるかないかで、動き方や発音の仕方、話の聞き方もすべて変わってきますから。そういう背景がわかっていないと理解できないこともいっぱいあるので、まず自分が知らないことを埋める。その時代、その職業、その時代の常識、暮らし、食べているもの、一日の大体の動きやスケジュール。そうした情報があればあるほど、セリフの解釈にもいろいろな可能性が広がって、説得力にもつながると思うので。令和のいまを生きている自分の目線で見てしまうと、それは自分でしかなくなってしまいますから」
柚香「だから役を作っていく上で、『共感ポイントを探す』ことは重視しません。『ああ、そういうところも共感できるな』というのは自然に湧いてくることですが、そこを探しに行くことはしないですね。今回は、ありがたいことに立ち姿の描写などで当て書きをしてくださっているところもあって、そこは自分らしさを生かせるんじゃないかと思いますが、これまでのイメージとは違う面もどんどん見せていきたい。それが目標でもあります」
撮影:若林ゆり劇団☆新感線の作品としては異色作となりそうな本作。新感線らしさと新たな魅力について、鈴木は「両方、期待してほしい」と言う。
鈴木「今回は光ちゃん(柚香)との化学反応も、ファンタジーに寄せたつくりも劇団☆新感線として新たな挑戦ですが、『異なるいろいろなカテゴリー出身の俳優たちが集まって何が出せるか』というのも大きなテーマ。違うものを軸にしてきた役者が集まっているので、それぞれのカラーが生きてもいいし、それぞれのいた場所からちょっと逸脱して超える瞬間があるというのも化学反応だと思います。それぞれの良さを足して、それぞれがプラスにできたらいいなと、今回全員がそういう気持ちで臨むんじゃないでしょうか」
鈴木「劇団員それぞれのキャラや役割がわかりやすいという劇団らしさは、あの歌舞伎の『よっ!』という感じと重なるところですよね。そういう意味で、新しいながらも『やっぱりこれだよね』という劇団の色はちゃんとのっていると思います。僕の役はまっすぐぶれずに突き進む人で、神隠しにあったように姿を消した妻と娘を探す旅に出て、その道中で変な人たちと出会う(笑)。ユーモアがあるというのはこの劇団のよさですからね。それがあるからこそ、人のえぐみや鬼の恐ろしさを描いていても、心救われるようなシーンが感じられる。笑った場面の後にこう来るから胸にグッと刺さる、ということもあります
鈴木「いのうえさんは今回、『人のなかにある鬼』をテーマにするのではなく、しっかりと『鬼』そのものを描きたいという意図があったそうで、鬼のセリフから『何も鬼だけが残酷なわけじゃない』というメッセージを突きつけているのは素晴らしいと思います。でも、角度を変えれば『人のなかにも鬼ってあるんじゃないか』ということを考えさせられる瞬間もたくさんあるんです」
撮影:若林ゆり柚香にとっては、宝塚で同期の星組トップスター・礼真琴が本作と同じ時期、退団公演で劇団☆新感線の代表作「阿修羅城の瞳」に挑むというのも不思議な縁。礼に対するライバル心はある?
柚香「いや、ライバル心とは違うかな。(礼を)応援する気持ちももちろんありますし。素晴らしい作品になるだろうという思いもあります。
礼真琴の作るものに期待しながら、その気持ちが『こちらはこちらで素晴らしいものを作らなきゃな』という意気込みにもなっています」
撮影:若林ゆり「鬼」を演じるにあたり、作品のなかで「鬼」の意味することを深く掘り下げ、体現し、少しでもたくさんのものを客席に届けたい。そんな思いが、柚香を輝かせるに違いない。
柚香「初めて台本を読んだときは、面白さに夢中になって。同時に『悪とは? 悪って何だろう』と思いました。悪と善。悪と愛。鬼の心理、人の思い……。鬼とひと言で言ってもいろいろな鬼がいますけど、架空の存在でありながら日本人なら誰もが知っていて、『鬼』と言われた瞬間その画が浮かぶぐらい身近な存在」
柚香「だけれども、それを芝居として、鬼である紅子として舞台の上に現れたとき、みなさんに『鬼ってこういう存在だったのかもしれない』とか、『そういうことだったのか!』という刺激を与えられるような鬼を描いていきたい。それは一面的なものではなくて、そこには本当に多面的で複雑で、重い葛藤がいろいろあるので、それをより鮮明に、色濃く、印象深く、説得力をもってお客様の心にお届けしたい。お客様の脳裏に焼き付くように強烈な印象を与えたいと、どこまでも欲張って役づくりをしていきます」
2025年劇団☆新感線45周年興行・初夏公演“いのうえ歌舞伎【譚】Retrospective”「紅鬼物語」は5月13日~6月1日、大阪・SkyシアターMBSで、6月24日~7月17日、東京・シアターHで上演される。詳しい情報は公式サイト(https://www.vi-shinkansen.co.jp/akaoni/)で確認できる。