【「ゆきてかへらぬ」評論】映画作りの愛情に満ち溢れた“文化の百花繚乱”の世界へと誘われる
2025年2月23日 07:00

久しぶりに古き良き映画の匂いに満たされた作品に出逢えた。しかし、それでありながら決して“古く”はなく、21世紀を生きる私たちに訴えかける現代性が、むしろ新鮮な映画的感動を呼び覚ましてくれる。非常に贅沢で、作り手たちの映画愛に満ち溢れた作品だ。劇中で女優を演じる広瀬すずの崇高で儚げな表情により、物語の舞台である大正時代、和洋折衷ともいうべき“文化の百花繚乱”の世界へと誘われる。
「探偵物語(1983)」「ヴィヨンの妻 桜桃とタンポポ」などの根岸吉太郎監督が、なんと16年ぶりに手掛けた長編映画。しかも脚本は、「ツィゴイネルワイゼン」などの鈴木清順監督と“大正浪漫三部作”で組んだ田中陽造が40年以上前に執筆したオリジナルである。本企画は、これまで多くの監督やプロデューサーが映画化を熱望しながら実現しなかった夢の企画だったが、「ヴィヨンの妻」で組んだ根岸監督と田中陽造の再タッグで遂に実現した。
大正時代の京都と東京を舞台に、実在した女優・長谷川泰子、天才詩人・中原中也、文芸評論家・小林秀雄という、まだ何者でもなかった男女3人の傷つけあいながらも情熱的な恋愛と青春をエネルギッシュに描いてみせる。広瀬が演じる泰子を愛する中也に木戸大聖、中也の才能を認めながらも泰子に惹かれる秀雄に岡田将生が扮し、後戻りできない奇妙な関係性を3人が見事に体現している。
名匠と夢の脚本、日本映画を担う若きキャストの組み合わせに唸らされつつ、本作は近年では珍しく撮影が順撮りだったということに驚かされる。そのために、京都の一つの通りを大きなセットを組んで丸々再現し、後半は東京としてそのセットを組み替えたというではないか。さらに、泰子が目覚めてから中也が帰ってきて出逢うまでの冒頭がワンシーン=ワンカットで撮影されたと知れば、スタッフ、キャストの映画作りへの並々ならぬ情熱が、見る者の映画的興奮を倍増させる。赤い傘をさして通りを歩いてくる中也を俯瞰(上)から捉えたショットを見た瞬間から、この映画は何かが違うと思わされるに違いない。
そんな撮影、照明、美術による空間と色彩設計、衣装、ヘア&メイクによる人物造形、根岸監督の演出と、録音、編集、音楽によって総合的に構築された物語世界に引き込まれて陶酔してしまうことだろう。
そして、その世界の中で描かれる3人の影響し合う関係は、よくある愛憎劇に陥ることはない。ノスタルジックな日本の文化に思いを馳せつつ、出逢ってしまったことで、愛するしかなかった、傷つけ狂わずにはいられなかった女と男の姿が、何者かになって生きていくとはどういうことか、時代を超えて現代の私たちに突きつけてくる。
(C)2025 「ゆきてかへらぬ」製作委員会
執筆者紹介
和田隆 (わだ・たかし)
1974年生まれ。映画業界紙の記者、編集長などを経て取締役に就任。キネマ旬報などに寄稿。2014年より映画.comで国内映画ランキング、新規事業などを担当。映画もプロデュース。
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