セックスだけでなく“愛”も危険なもの 小児性愛者の性的搾取描く「コンセント 同意」は、人の心の残念なシステムを知る映画【二村ヒトシコラム】
2024年8月3日 20:00
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作家でAV監督の二村ヒトシさんが、恋愛、セックスを描く映画を読み解くコラムです。今回はフランスの作家ガブリエル・マツネフと14歳で性的関係を持っていた女性がその事実を告発した著書を映画化した「コンセント 同意」。
小児性愛嗜好を隠すことなく文学作品に仕立て上げ、既存の道徳や倫理への反逆者として注目を集めた作家マツネフと、文学を愛する少女ヴァネッサは同意の上で性的関係を結ぶ。しかし、そのいびつな関係は果たして“愛”だったのか? 二村さん独自の視点で分析します。
デリケートなことを書きますので、この文章を読んでご自身の経験のつらいフラッシュバックを起こすかたがおられる可能性があります。また文中で紹介される映画の登場人物に対して、あるいはこの文章を書いている僕に対して怒りを感じるかたがおられる可能性もあります。
この映画 「コンセント 同意」で、まったく弁護の余地のない悪人として描かれているガブリエル・マツネフ(映画の中で演じるのはジャン=ポール・ルーヴ)は、実在するフランスの著名な作家で、名誉ある文学賞の受賞者で、国家から勲章もいくつかもらっており、現在87歳で、まだ生きている人だとのことです。
つい数年前、この映画の原作である告発本が出版されて騒ぎになり、作家としての栄誉を剥奪され、著書も出版社によって書店から回収されるようになってから、彼はインタビューで「少年を買春するための外国旅行に行っていたことについては、後悔している」と言ったそうです。同じインタビューの中で「だが、あの頃、あの場所では、それは許されていた」という意味のことも言っています。
彼は、自分が未成年者の少女と交際してセックスしていたことや貧しい国で未成年者のセックスを買っていたことを隠して清廉にふるまっていたのに事実が急にあばかれたのではありません。認めるとか認めない以前に、やってることをずっと本人が文章に書いて出版もしていてテレビ等でもしゃべっていたわけで、彼がそういう人であることをフランスの多くの人は知っていました。
その上で、彼は(反道徳的でスキャンダラスな人物というあつかいでしたが)名士であった、というくだりが映画にも出てきます。多くの人々(有力な文化人や政治家も)がガブリエル・マツネフの文章のファンだったとのことです。世間の潮目が変わって騒ぎが起きたのは、この映画の原作本が出版されたからです。
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ガブリエル・マツネフは、この映画の原作の著者であり映画の主人公、つまり彼に対する告発者であるヴァネッサ・スプリンゴラとの関係について、告発本がでた後にも「彼女との間には特別な愛があり、まちがった行いはなかった」と述べています。自身に対する世間からの非難とバッシングについては「新しい潔癖主義の波だ」と言っています(以上、https://www.afpbb.com/articles/-/3266144 より)。
未成年者買春については「やらないほうが賢明だったなあと思うようになった」ということで、ヴァネッサが14歳のときからはじまった関係については「あのとき二人の間には気持ちが通っていて、もちろん同意も取れていて、その後、心が変わったのは彼女のほう」ということなのでしょう。
この映画は、まさに、その「(性的)同意とは何なのか」についての映画です。告発本もタイトルは同じですから、大人になったヴァネッサが本を書くことでガブリエルに伝えたかったのはそのことなのだろうと僕は思うのですが、けっきょく彼には、彼女の言いたいことがあまりうまく伝わっていないのでしょう。
あのときはあのようにしたかったし、自分の意志でそうしたけれど、ほんとうは苦痛だった(つまり、あのとき交際やセックスに私は「同意」したけれど、いま考えれば、私は自分に嘘をついていたし、あなたは私を人間として扱わずに利用していた)ということを、後になってからはっきりと感じ、後になってから考えを変えて自分自身を精神的にやっとケアできるようになるということが人間にはありえます。
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世の中には強い人間と、弱い人間がいます。まず、立場が強い・弱いという格差があります(年齢の極端な差というのも、経済的な格差や知名度の差と同じように、立場の強弱の差になりえるでしょう)。そして、心が強い・弱いという格差もある。
心が強いか弱いかというのは、その人が過去に(つまり幼い頃から)どういうふうに傷つけられてきたかに関係あるかもしれませんし、ないかもしれません。
立場が強くても心が強い人であれば、自分よりも立場が弱い人を、無視したり虐待したり支配したり精神的にコントロールしたり経済的に搾取したり、愛という名の搾取をしたりを、しなくてすむんじゃないかと僕は思います。
心が弱い人のなかには、自分より立場や心が弱い人をいじめる人も多いですけど、愛という言葉をつかって他人をコントロールして支配することで自我を補強する人もいます。
また、肉体や精神をコントロールされ支配されて「自分というもの」を失うことで、自分の心の弱さや、つらいことを一時的に忘れたいと願う人もいます。
セックスで相手を支配したい・相手から支配されたいという欲望をもつのは、人間にとって、そう変なことではないと僕は思います(そういう欲望をもたなくても生きていける人もいるでしょうが)。ただし、その欲望は、自律できている大人同士で、セックスの場だけで満たしていれば安全ですが、その支配関係が日常でもつづいていると危険です。
たとえば日常において立場が強い側がセックスではマゾだとか、日常において対等な2人がセックスで支配・被支配ごっこを演じたりするのであるならば、まあ安全性は高いといえます。
しかし、セックス以外のふだんの関係がセックスでの関係と同じ支配・被支配の形式になってしまっていたり、あるいは「大人と子ども」のように立場の強弱があるところにセックスをもちこむのは、現代の社会においては(セックスや婚姻が支配関係の強化につかわれていた封建時代はそれでよかったのでしょうが)精神的にたいへん危険なことだと思います。
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子どもは自分が尊敬する大人、自分のことを誰よりもわかってくれていると思える人から、セックスで愛されることで、自分は何者かになれるのだと夢みる場合があります。あの人から身も心も愛されることで、いまの不完全な自分、くるしい自分とはちがう存在にきっとなれると思いこむのです。そういう他力本願な夢をみる「子ども」は未成年者だけとはかぎりませんが。
立場は強いけれど心は弱い大人のほうも、自分がセックスで「愛して」あげることで、あの人を助けてあげられるという幻想にとらわれてしまう場合があります。けれど、それをじっさいに行うのは相手の弱い心につけこんでいるのですから、ひじょうに卑怯なことだと思います。
そういうふうに、セックスだけでなく「愛」も危険なものだってことを、人の心の残念なシステムを、現代の子どもたちは子どもの頃から知っていたほうがいいと僕は思います。だからこの映画 「コンセント 同意」は、たとえば小学校高学年や中学校の授業で観せるべき映画だ(もちろん子どもたち個々へのトラウマのケアはじゅうぶんになされた上で)とも思ったんですが、なにしろセックスの場面も多く、日本では15歳以下の人は観てはいけないんですね。それでもR18+指定にはならなかったのは、映倫も「これは教育的な映画だ」と判断したのかもしれませんね。高校生はぜひ観ましょう。本国フランスでは鑑賞年齢制限はあったのかな?
ヴァネッサとガブリエルのラブシーンやセックスシーンは正直「こんな長い尺、必要?」と僕は思ったんですけど(グロテスクな印象をつけたかったのかもしれませんが、ヴァネッサを演じたキム・イジュランが成人女性なので…)、ただ、最後のほうの別のボーイフレンドとヴァネッサのセックスシーンでの、キム・イジュランの鬼気せまる表情と表現、ほんとうに凄かったです。
(C)2024 「雨の中の慾情」製作委員会
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