【「あのコはだぁれ?」インタビュー】清水崇監督が実感する、変化するホラーとの向き合い方 渋谷凪咲の全身全霊の覚悟
2024年7月22日 23:00
Jホラーの巨匠・清水崇監督の最新作「あのコはだぁれ?」が、公開を約2週間後に控えた7月某日、完成した。「こんなに急ピッチで作ったのは初めて」と苦笑いする清水監督が、昨年“本当に怖いホラー映画”として話題を呼んだ「ミンナのウタ」のDNAを引き継ぐ今作で主演に抜てきしたのは、本格的な演技に初挑戦となる渋谷凪咲。ふたりの邂逅が、作品にどのような相乗効果をもたらしたのか話を聞いた。(取材・文/大塚史貴)
本作は、ある夏休み、補習授業を受ける男女5人の教室でいないはずの“あのコ”が怪奇を巻き起こす学園ホラー。臨時教師として補習クラスを受け持つことになった君島ほのか(渋谷)の目の前で、ある女子生徒が屋上から飛び降り、不可解な死を遂げてしまう。“いないはずの生徒”の謎に気づいたほのか、補習を受ける三浦瞳(早瀬憩)、前川タケル(山時聡真)らは、“あのコ”にまつわる衝撃の事実にたどり着く……。
完成したばかりの本編を鑑賞し、まず感じたのは「清水監督は当初から今作の構想を持っていたのか? 『ミンナのウタ』のヒットを受けてイメージを膨らませていったのか?」ということだった。
清水監督「『ミンナのウタ』が完成する頃には、今作の大きな構想は浮かんでいました。主人公が男性か女性かも決まっていないなかで、後半の大ネタに付随する細かいエピソードが幾つも浮かんできていたので、松竹の大庭闘志プロデューサーにだけはストーリーの大きな軸について相談していました。ただ、『ミンナのウタ』が公開もしていないなかで、おいそれと次の企画が通るわけもないので、水面下で進めていました」
監督によっては、思いついたことを「ネタ帳」に書き残し、それが後の企画に生きる……ということが往々にあるが、清水監督はいかにしてネタの鮮度を損なわずに持続性を持たせているのだろうか。
清水監督「僕もネタ帳みたいなメモは持ち歩いていますし、ふと思いついたことを書き留めたりはしています。今回の大ネタも、20年くらい前にやりたいと思っていた時期があって、それが今回かも……と浮上してきたものなんです。当初は全然違う企画でやろうとしていたんですけどね(笑)」
清水監督の横で朗らかな表情で話を聞き入る渋谷は「NMB48」の元メンバーで、これまでバラエティを中心に広く活躍してきた。ホラーがあまり得意ではないという渋谷が演じたほのかは、最も観客に近い立ち位置の役どころといえる。映画初主演にして、本格的な演技初挑戦となる自身が、製作陣から何を求められてオファーを受けたと思うか聞いてみた。
清水監督「演技力じゃないですか?」
渋谷「未知数だったじゃないですか(笑)。私の演技力が未知数のなか、NMB48卒業のタイミングで色々と新たな可能性を模索したいと思っているなかで、声をかけてくださったんです。監督と大庭さんからお手紙をいただいたんです。それがすごく嬉しかったんです。監督は『新たな渋谷凪咲を引き出したい』とおっしゃってくださいましたし、この監督と松竹さんに自分の全てを預けて、どうにでもしてもらおう! というような感覚で挑みました」
清水監督「未知数というところが面白いじゃないですか。見慣れた俳優さんで『上手なのはわかってるよ』という方よりも、未知数な人材の方が楽しめると思うんです。ホラーが好きな人も、苦手な人も、渋谷さんにホラーのイメージがないから『ちょっと観たいかも』と思ってくれるかもしれない」
怖がりだという渋谷だが、今作の撮影で取り組んだ「自分の知らない自分探し」で、何かしらの気づきを得たのかも気になるところだ。
渋谷「人生の極限みたいな状況に出合うというか……。あるシーンのリハーサルでは『声を出さないように、本番まで取っておきましょう』と監督がおっしゃってくださったので、本番にならないと自分がどう声を出すのかも分からない状況を目の当たりにしたとき、『わたしってこうなるんや』って。27年間生きてきたなかで、一度も出したことのない声、表情、仕草を目の当たりにして、殻が破けた瞬間だったのかな……と感じました。
ファンの方々からは『ちょっとおしとやかで、ほんわかした優しいイメージ』と言っていただくことが多かったので、“そうあらねば”と思ってアイドルとして11年間ずっとやってきました。でも、それを全て忘れた瞬間というのは、芸能生活で初めての体験だったように思います」
渋谷が話す「あるシーン」について、清水監督が過不足なくフォローを入れる。
清水監督「実は比較的前半のシーンで、わけの分からないまま矢継ぎ早にあり得ないことが起こるのですが、誰が主演してくれるのかも分からないまま脚本を書いていたので、リアクションのセリフが書けないんです。『キャー』でもないし、『……』としか書けないから、現場で一緒に臨むしかないなと感じました。それで渋谷さんに決まって、段取りからリハーサルと進めても、ぐうの音も出ませんでした。彼女はただじっとそこで固まって、震えるしかなかった。確かにこれがリアルかもしれない、というものを見せてもらったので、こちらもそれを受け止めて『だったらこれはどうだろう?』というプランが現場で出てきました。比較的序盤で、リアリティあるリアクションが想定できない描写が次々と起こりまくる脚本を書いちゃったので(笑)」
渋谷「あのシーンは一番楽しかったというか、自分でも興奮しました。どうしたらええねん、もうやってみるしかない! って感じで。あのシーンは1日かけて撮ったんですが、終わったあとに放心状態というか抜け殻みたいになれたんです。それがすごく気持ちよくて、不思議な感覚でした」
清水監督「その直後のシーンは、別日…しかも先(何十日も前)に別の場所で撮っているんです。感情的に繋げられるか心配ではあったんですが、僕が思ってもいなかったリアクションに出てくれて、たいしたもんだなあと思いました」
渋谷「現場のスタッフさんも含めて、皆さんのおかげで撮れたシーンでした。テストでやってみたら監督から『その何十倍もやってくれないと伝わらない! もっともっと!』って演出していただいて。清水組にホラー担当の川松尚良さんという方がいらして、本番前に赤ちゃんの泣き声を聞かせてもらったり、怖いおばあちゃんの映像を見せてもらって、想像力を高めてからシーンに臨めました」
清水監督「川松くんは声も出していましたよね? 僕はおかしくて、ずっと笑いをこらえていました。渋谷さん、よく芝居ができるなあと思って(笑)」
渋谷「いえいえ、本当にすごく真剣な表情で赤ちゃんの泣き声とかを聞かせてくれましたから(笑)」
ネタバレ防止も兼ねて、具体的なシーンの説明をせずに文字化することに腐心しているわけだが、「ミンナのウタ」から続くリフレインがもたらす効果が、前触れもなく観る者の心の琴線を刺激してくる……という点のみ言及しておく。
清水監督は近年、村シリーズ(「犬鳴村」「樹海村」「牛首村」)や「忌怪島 きかいじま」など、精力的に新作ホラーを発表し続けてきた。ホラー作品を作るうえで譲れないことは、どのようなことなのだろうか。
「なるべく誰もが生活圏の中で触れるものから発したいという思いはあります。今作でいえば登場人物のほとんどが教師と学生。未成年の学生ともなれば家、学校、塾くらいで社会人に比べて生活圏が狭い。不特定多数の人にとって当たり前にある日常から発し、その日常をどう細かいところから違和感を積んでいくのかを色々と考えます。コントや漫才など、笑いの世界が大好きなので、緊張と緩和といった部分に関してヒントを得ることも多いです」
そしてまた、「呪怨」から20年以上が経過するなかで、ホラー映画との向き合い方に変化は生じてきているのか聞いてみると、興味深い考察に行き着いた。
清水監督「僕も中学生くらいまで怖がりでホラー作品を観られなかったので、自分で作るようになってからもホラーが苦手な人に無理やりオススメはできないんです。向き合い方としては、監督をさせてもらうようになってからは、『ホラーだとバカにしやがって』とか、『低俗ものみたいな偏見を持たれているなあ』と思っていたんです。
ただ最近は、その偏見や差別あってこその分野なんだと思いを強くしています。偏見や差別をもって見られるジャンルじゃないといけないんです。苦手な人がいて当たり前。誰もが観られるものになったら面白くないし、怖くなくなっちゃうんじゃないかな。誰もが感動して涙するものとは違うからこそ面白い。その捉え方は変わったかもしれません」
もうじき28歳の誕生日を迎える渋谷に対しては、「渋谷さんならではの、馬鹿正直な素と器用さ、何よりも“人好きする個性”を生かせる女優になってくれたら嬉しい」とエールをおくる。
渋谷も満面の笑みで「映画の初主演って、人生で1度の経験でさえもあるかないかじゃないですか。そこから自分の人生の新たな一歩を進んでいけると思うので、私もこの作品に賭けています。清水崇監督をきっかけに、大女優への道を歩めるように頑張りたいです」と答える。
清水監督「今後いろいろな役をやっていくと思いますが、今日話題に挙がった“あるシーン”のような芝居ををやることはほぼないと思います(笑)。きっと『初主演のときにやらされたあれ、なんやったんやろう?』と思う日が来るんじゃないかな(笑)」
渋谷「恐怖で震えるだけのシーンもあったんです。固まっているだけでこんなに疲れるんやって学べましたし、貴重な体験でした。あれはどう表現するかわからへんからこそできたんですかね」
清水監督「あのシーンのリアクションは、いろいろと経験していたら、心持ちをどこへ持っていこうかと準備し過ぎちゃってできないと思う。人間は、日常的にはあんな追い詰められ方しませんから。そういう意味では5年後、10年後に観直したら『わたしよくやったなあ』と思うんじゃないかな」
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執筆者紹介
大塚史貴 (おおつか・ふみたか)
映画.com副編集長。1976年生まれ、神奈川県出身。出版社やハリウッドのエンタメ業界紙の日本版「Variety Japan」を経て、2009年から映画.com編集部に所属。規模の大小を問わず、数多くの邦画作品の撮影現場を取材し、日本映画プロフェッショナル大賞選考委員を務める。
Twitter:@com56362672
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