【「メイ・ディセンバー ゆれる真実」評論】善意に溢れているようで水面下に蠢く意地悪な閉鎖性をずばりと突く
2024年7月14日 09:00
年齢差のあるカップルを指す慣用句“メイ・ディセンバー”をその名に冠した事件。夫も子もある36歳の教師と13歳、中一の生徒が関係、実刑判決後の獄中出産を経て結婚という顛末で世を騒がせたスキャンダルをふまえつつ、サミー・バーチ脚本、トッド・ヘインズ監督の映画は、事件をあくまで発端、語りたいことへの足掛かりとして留め置く。情事の舞台をペットショップに移し、スキャンダルのヒロイン(ジュリアン・ムーア)と、彼女を演じるためのリサーチにやってきた女優(ナタリー・ポートマン)の対峙を軸にして、現実と虚構、演技、模倣の真実等々、その映画歴に刻まれたヘインズならではの主題へとじわじわとにじり寄る。
同じ事件に想を得たリチャード・エアー監督作「あるスキャンダルの覚え書き」が、教師と生徒という現実の設定を踏襲しながら、ヒロインに特別の感情を抱いて接近する先輩格の女教師、その妄想まじりの覚書をこそ核心として、いまも根強い階級意識をみつめ、陰鬱な空気感をも添えて人の思いをめぐる酷(むご)さをあぶり出す語り口、リアルの肌寒さに“英国映画臭”を凝縮させる。
それに対し、メモリアルデーの週末から卒業の季節、夏の始まりの光に満ちた米南部スモールタウンを背景に、善意に溢れているようで水面下に蠢く意地悪な閉鎖性をずばりと突くヘインズの映画は、今回も製作に加わっている盟友クリスティーン・ベイコンとの長年にわたるコンビ作でみつめ、考察してきた“アメリカ”という主題を忘れてはいない。
しかもジョセフ・ロージーの快作「恋」のテーマ曲を唐突に楔のように打ち込んでメロドラマ性を誇張し揶揄して観客に距離の感覚をリマインドする手法にはブラウン大で記号学を修めた俊英ならではの理知的コメディの処方が感知されて、そんな手さばきが指し示す監督ヘインズの円熟の境地に惹き込まれずにはいられなくなる。実際、ヘインズの映画はイングマール・ベルイマン監督「仮面 ペルソナ」、ロバート・アルトマン監督「三人の女」と先達たちの神経症系女性映画をふまえつつ、クロースアップを駆使して鏡の前のふたりの女が合わせ鏡の中の一人へと重なっていく様をみごとにスリリングに提示する。
「私は安らか」と知らん顔で力の行使、支配者の位置を確保して年下の夫も娘も支配し操るヒロインの怖さ、したたかさを抑えた表情、口調、曖昧な静けさでぞくっと体現するムーアと、野心をハリウッド・スマイルのベールに隠して目的のために手段を選ばず、人の心を弄ぶ美しい人でなし、その不安、不安定な自己をこれまたしたたかに形にしてみせるポートマン。オスカー女優の競演に見惚れるうちに、けれども映画は真の主役をふるふると指し示す。
巣立ちの日を控える息子と屋根に寝そべり初めてのマリファナを分かち合い、空っぽの巣になるはずの日々を憂えて涙する父、13歳のままのその心。そのやわらかさ。スキャンダルの渦中で老成をも強いられた存在の悲劇が彼を見下ろす空の青さ、眩しさゆえにいっそう胸を打つ。その悲しみの色が何にも勝る主役として浮上する。そこに鮮やかに匂い立つ監督ヘインズの本領。さなぎから這い出た蝶を朝の光に解き放つひとり。大人と子供が同居したそんな存在を目にしてふっとドキュメンタリー「マミー」で差し出されたあの毒入りカレー事件の母、その無罪を主張する息子の姿が重なった。
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