【仏芸術文化勲章受章】黒沢清監督のフィルモグラフィを紐解くマスタークラス 「回路」秘話、フライシャー、三隅研次、ロメール作品との共通点も
2024年6月12日 13:00
パリのシネマテーク・フランセーズや日本文化会館で日本映画の紹介につとめ、「カイエ・デュ・シネマ」などで批評活動も行うクレモン・ロジェ氏が聞き手を務めた。
「黒沢清の探求、それはジャンルの個人的な刷新と同時に、ジャンルに影響を与えた文化的・政治的背景についての知識にもとづいている」とコメントし、黒沢監督とは旧知の仲であるというロジェ氏。シネフィルとしてもフランスでその名を知られる黒沢監督は、代表作「CURE」「回路」などのホラー映画、そしてフランスとの合作ドラマなど様々なジャンルを横断し、制作規模や作品の尺も様々な作品を手掛けてきている。そんな自由な創作活動を行う黒沢監督の日本の映画界での立ち位置をまず問う。
「自分のポジションは考えていません。この年になっても雑多な映画を撮り続けているのは変わっているのかもしれませんが、過去にはそういった人もいたと思います。年をとるたびにスタイルが確立してくる、小津安二郎のような作家がいる一方で、年を取るごとに可能な限りいろんな種類な映画を撮っておこう、とその範疇が広くなるような作家がいます。近年ではスティーブン・スピルバーグ監督など。僕はどちらかと言えば後者で、やれることをやろうと思うタイプ。そういった監督は日本では少なくなっているのかもしれません」と自身を分析する黒沢監督。
若き日に鑑賞した「回路」に感銘を受けたというロジェ氏。「90年代、すでにアメリカではホラーのジャンルはやりつくされていたところに、『回路』はホラー映画の新しいフォルムを作り上げた。日本の幽霊映画は復讐のためだが、『回路』はその役割が漠然としていて、明確な役割を与えていないと思う」と指摘する。
「回路」の抜粋が上映され、「かなり恥ずかしかった。時代を感じますね」と黒沢監督。「当時の、デジタルなのにアナログなモデムの音がどこにつながっているんだろう……と不気味でした。そういう時代だった。あの頃僕は、新しいホラー映画を作ってやろうという意気込みに燃えていた、というよりは、やりつくされているなという諦めから発想していった作品」と振り返る。
「幽霊映画の大抵は何かの恨み、悪意に基づいた目的をもって出てくるもの。わかりやすい人間的感情である恨みは、幽霊になることによって人間性を描いていたが、異様な超自然的な力になって人間を呪い殺すという幽霊を広めたのは『リング』だと思います。貞子は古典的な怪談のような幽霊ではない。『回路』は、プロデューサーから『リング』みたいなものをやってくれない? と言われて。『リング』はビデオが恐ろしい、では、インターネットが恐ろしいということでやってみよう。と、そこがスタートでした」と「回路」誕生秘話を明かす。
「わかりやすい恨みのようなものは、物語から排除して作ってみよう、それは思い切った決断だったと思います。作っているときは意識していなかったのですが、理由もわからず死んだ人間が幽霊として現実世界に出現する現象、それはわかりづらいものでしたが。人間的な感情を持たない不気味なものが現実に現れることを突き詰めると、SF映画に近づくと思います。文化が破壊され、近未来SFのような様相を呈してくると実感しました。それは、今の多くのゾンビ映画に言えるでしょう。ホラー映画のジャンルを突き詰めると、SF映画に行きつくのかなと思います」と持論を語った。
次にロジェ氏は、リチャード・フライシャー監督の「静かについて来い」(日本未公開)の一場面を紹介し、「シリアルキラーを警察が追う物語で、その外観のシルエットはわかっていて、顔だけがわからないので、顔がないマネキンを用いている。顔がない犯人というのは黒沢さんの映画のテーマにも共通すると思った。パリのシネマテークでの講義で、黒沢さんはフライシャーのシナリオの構成やカット割りに影響を受けていると仰っていました」と述べる。
黒沢監督は「自分が映画を作るとは思っていない頃から、フライシャーの作品を知らぬ間にたくさん見ていました。『絞殺魔』の、あるシーンをワンカットであっという間に撮っていてびっくりして、フライシャーが特別だと気づきました。それは当初、フライシャーの個性だと思っていましたが、自分が映画を撮り始めて、低予算のVシネを手掛けた頃、フライシャーのやり方は個性より、経済的原則から導かれたのだと気付いたことが、一番影響を受けたことだと思います」と明かす。
「商業映画は1日10~15カットしか撮影できない、というわかりやすい原則があるのです。太陽が出て沈むまで、動かしようのない時間の制約があります。それで予算がなくスケジュールがコンパクトな映画を撮るためには、1シーンに3カットしかかけられないのです。ピストルで撃って打たれて逃げるまでのカットをワンカットで撮れる、現場での切実な悩みをワンカットでやる。そういうことはフライシャーが映画史上一番すごいと思います。ほぼ経済的な理屈から割り出されるカット割りですが、フライシャーはそれを超えて、編集されていないことがある種の驚きとなっている。編集によらないワンカットで見せる、そこに映画の表現の原点があるように思い、ずっとフライシャーから影響を受け続けています」と具体的に説明した。
その黒沢監督の言葉を受け、“敢えてワンカットで見せるという技法”について、三隅研次監督の「桜の代紋」と黒沢監督「CURE」の尋問シーンを続けて紹介し、共通点を探る。
黒沢監督はロジェ氏の視点に驚きながら、「『桜の代紋』は僕が大好きな映画。あまりフランスでは知られていないようなので、もっと紹介したいと思っていましたが、こう改めて見ると、フライシャーですね。ある種の経済原則で割り出したカットが思いもかけぬ構成になっている。マキノ雅弘もこういう感じです。贅沢なハリウッド映画だったらなん十カットも重ねると思うのですが、たったワンカットで表現され、このワンカットだからこそ伝わる強烈なものがある」と語る。
そして、ロジェ氏からカメラの位置について言及されると、「『CURE』の取り調べもクローズアップと壁一面だけ。僕はあるシーンを一方向からのみで撮るというやることを時々やります。その方向からずっと見ることによって、そこから湧き上がる映画的興奮のようなものを取り入れたいのです。それはリュミエール兄弟の『工場の出口』、一方向からそこで起こるすべてを見せる、あれをやりたい。映画の基本があそこにあるように思うのです」とその意図を語る。
ロジェ氏は「黒沢さんの映画のワンカット長回し、フライシャーはもちろん、三隈さんにも見られる技術。三隈さんは職人的な監督ですが、どの映画を見ても彼のカットだとわかる作家性が現れている。フレームの中で別のフレームを入れていくのは、三隈さんと黒沢さんに共通する」と指摘した。
「理屈ではわからないのですが、カメラがどこから撮っているかは観客にわからせる必要はないのですが、明らかにここで撮っているとわからせることで、強烈にドラマを引き立てることがある。それは撮っているという行為がふと客観性というものを持ってしまう瞬間なのかも。あることが起きているのをそのまま撮るのではなく、窓越しから撮ってみようとしたり。何が違うのかその瞬間はわからないのですが、窓越しから撮ったドラマに客観性や深みが現れる不思議な効果があります。それはフライシャーや三隈研次の作品を見て、僕もやろうとしているのだと思います。また、フライシャーも三隈も面白いのは俯瞰で撮っているのが印象的。それをどこに入れるか、それは監督の才能にかかっていると思う」と補足した。
ふたりのやりとりは熱を帯び、予定時間が迫った最後に、ロジェ氏はエリック・ロメール監督作との共通点を「感情の流れをじっと見ていくところで、ロメールは言葉を通して表現するが、黒沢さんは沈黙を通して表現していると思います。黒沢さんの『スパイの妻 劇場版』を見てロメールの『三重スパイ』を思い出した」と第2次大戦前夜のパリで、ロシアの元軍人がスパイ活動に従事する姿を当時のニュース映像や夫婦の会話劇を中心に描き出していくサスペンスタッチの物語「三重スパイ」を紹介する。
黒沢監督はロジェ氏の鋭い指摘にまたも驚きながら「『三重スパイ』の影響で『スパイの妻』を作ったのは本当です」ときっぱり。「戦争中の日本と満州の物語で、ほぼ室内劇のような形。外の影響が室内におよび、室内で画策したことが外にも影響しているらしい……そういう方法で当時の戦争を描けないかと。『三重スパイ』がやっているように、日本でもできるはずだ、と思って作りました。似たような場所、夫婦がやり取りしているだけで、満州のことがほのめかされる。同じようなことをやっているな……少し恥ずかしい感じ」と吐露し、「ロメールは会話中心にドラマが進んでいくスタイルはすごい。僕はその度胸がなくて、会話がなくても見ている人がスクリーンに釘付けになる瞬間を作らなくては……ととらわれてしまって、なかなかロメールのようにはならないですね」と述懐した。
この日のマスタークラスの最後には、サプライズでタハール・ラヒムら俳優陣、クレール・ドゥニ、アルノー・デプレシャンら監督陣のフランスからの黒沢監督仏芸術文化勲章お祝いメッセージビデオが上映され、レオス・カラックス監督は遊び心溢れるオリジナルのショート映像作品で黒沢監督の栄光と長年の友情を祝福した。
黒沢監督がフランスで撮影した最新作「蛇の道」は6月14日に公開。
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