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不快でも笑う? 「NO」とは言えない? 最狂作「胸騒ぎ」タフドルップ監督が注目したのは“人間の振る舞い”

2024年5月10日 13:00

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「胸騒ぎ」(5月10日公開)
(C)2021 Profile Pictures & OAK Motion Pictures

第38回サンダンス映画祭において「『ファニーゲーム』に匹敵する衝撃」「今年最も不穏な映画」「ラスト15分が本当に恐ろしい」と評された最狂ヒューマンホラーが、5月10日から公開を迎える。

タイトルは「胸騒ぎ」。本作で描かれるのは、ある善良な家族が過ごす悪夢のような週末――。想像を絶する衝撃的な展開と不穏すぎる作風が大きな話題に。「M3GAN ミーガン」「ゲット・アウト」などを世に放った米ブラムハウス・プロダクションズが惚れ込み、ジェームズ・マカボイ主演でリメイク版の製作も決定している。

映画.comでは、メガホンをとったデンマークの鬼才、クリスチャン・タフドルップ監督にオンラインインタビューを敢行。企画の経緯、作品に込められたテーマなどを語ってもらった。(取材・文/映画.com編集部 岡田寛司)



【「胸騒ぎ」あらすじ】

(C)2021 Profile Pictures & OAK Motion Pictures
休暇でイタリアへ旅行に出かけたデンマーク人の夫妻ビャアンとルイーセ、娘のアウネスは、そこで出会ったオランダ人の夫妻パトリックとカリン、息子のアベールと意気投合する。後日、パトリック夫妻から招待状を受け取ったビャアンは、妻子を連れて人里離れた彼らの家を訪問する。再会を喜び合ったのもつかの間、会話を交わすうちに些細な誤解や違和感が生じはじめ、徐々に溝が深まっていく。彼らの“おもてなし”に居心地の悪さと恐怖を感じながらも、週末が終わるまでの辛抱だと耐え続けるビャアンたちだったが……。

●物語の源は“実体験”だった「もしも彼らと過ごしていたらどうなっていたのだろう――」

クリスチャン・タフドルップ監督
(C)2021 Profile Pictures & OAK Motion Pictures
――本作はどのような経緯で生まれたのでしょうか? 監督のイタリアでの“実体験”が源になっているとお聞きしています。

ヨーロッパでは家族で休暇を過ごすことが多いのですが、旅先で“他の家族”と過ごし、仲良くなり、そこから友情が生まれることがあります。これはわりとよく聞く話です。私は家族とトスカーナを訪れた際、たまたま出会ったオランダ人夫婦と仲良くなりました。出会いから6カ月後、彼らから「私たちのところに遊びに来ませんか?」と連絡が来たんです。その時は、家族と相談した結果、行くことをやめました。ただ作り手としては、そこから想像力を働かせたんです。

(C)2021 Profile Pictures & OAK Motion Pictures
もしも彼らと過ごしていたらどうなっていたのだろう――。これは、映画として面白くなる“種”があるんじゃないかなと思いました。コメディにもなりえる題材ですが、こんなことを考えていました。社会という規範の中で人間はどう振る舞うべきなのか。他人と過ごすということはどういうことなのか。あるいは、良い人だと思っていたら、実は違った。そうなった時に、どうなってしまうのか。そういった色々な要素を含んだホラーとして、頭の中に浮かび上がったんです。本作は、そのような出来事が始まった企画です。一部は、自分の想像力。一部は、自分の経験からきています。

●「NO」と言えない“礼儀正しさ” 目指したのは「共感できるからこそ怖い」

(C)2021 Profile Pictures & OAK Motion Pictures
――おっしゃる通り、本作はコメディとしても描けるシチュエーションです。なぜホラーというジャンルで描こうと思ったのでしょうか?

もともとはコメディのシーンを描くのが得意なんです。風刺、あるいはユーモアというものを、自分の作品の中では多用していました。お互いのことをよく知らないカップルが週末を一緒に過ごす。そのような状況の中から、さまざまなユーモアや居心地の悪さ、面白い状況が生まれてくるのではないかと思っていました。

本作では弟と共同脚本を担当しているのですが、彼とブレストしながら「どんなことが起こり得るのか?」ということを念頭に置きながら作っていきました。人間には境界線というものがあるわけですが、それを越えられた時に、礼節を重んじているからこそ、「NO」と言えない。礼儀正しいというのは、非常に人間的なことだと思うんです。胸の中はざわついているけども、表立っては違和感を流してしまう。特にスカンジナビアの方々はそういう傾向にあると思います。

自分のフィーリングを表現するよりも“笑顔で乗り切る”。そういうところをベースにしながらシーンを作っていきました。私はホラーが初めての挑戦になります。シーンは書けますが、ホラーというジャンルの中でどのような表現ができるかを考えていました。

(C)2021 Profile Pictures & OAK Motion Pictures
ジャンルとジャンルがぶつかると、何かが生まれると思うんです。本作にはスーパーナチュラルな要素はありません。人間と人間しか出てこない。ですが、ホラーで使用されているやり方とキャラクター像と組み合わせることで“共感できるからこそ怖い”と思える。そんな作品を目指しました。

人が社会的な面も含め、どのように振る舞うのかという点は、もともとテーマとしては興味があったんです。時には笑ってしまうようなこともありますが、そういうことでさえ、とても人間的です。自分は父になり、家族を持ちました。知らない人たちと時間を過ごすという経験を大人になってからしています。実体験から持ち込みながら、映画のディテールを作っていったという感じです。

●さざ波のようなものがたくさん生じている 重視したのはサスペンスの積み上げ

(C)2021 Profile Pictures & OAK Motion Pictures
――本作を製作するうえで意識した映画や、参考にした映画はありますか?

これを参考にしようというような形で作品を見ることはありませんでした。ホラーはもともと好きなのですが――欧米においては、皆が好きなんだけれども“罪悪感を持って見ている”という傾向があると思っています。それは欧米のホラーの質があまりよくないからじゃないかなと。“B級への愛”と言いますか……。

対して日本や韓国のホラーは、ジャンルをクリエイティブな形でしっかりと練り上げている印象があります。アジア、東南アジア、ヨーロッパ系でいえば、「ローズマリーの赤ちゃん」のロマン・ポランスキー。どんなホラー映画が好きかと考えた時に、思いついたのはその辺りですね。

(C)2021 Profile Pictures & OAK Motion Pictures
何故そう思ったのかといえば、共感を得られるからなんです。サスペンスという要素を、時間をかけて積み上げている。最初からジャンプスケアがあるようなタイプではなく、恐ろしいことが起こっているのはわかるけれども、それがどんな形で可視化されるのかわからない。つまり、サスペンスが積み上がっていくようなイメージです。キャラクター造形もリアルだからこそ共感できる。そして、第三幕に入った時、一気にクレイジーになっていく。それが自分の好きな形でもあるので、本作でもそうしたいなと思っていました。

ですので、観客目線で見るホラー映画は、前半の方が好きなんです。サスペンスが積み上げられていくところ。何が起きるのかわからない。でも、そういう映画は、最後の方に説明的になったり、私からすれば、つまらない終わり方をする作品が多い。ですので、今回はなるべくサスペンスを引き延ばすということを意識しました。表向きには派手なドラマが起きているわけではなくても、小さなさざ波のようなものが水面上にたくさん生じている。そういうことが常に感じられるように意識していましたね。

最近のアメリカのホラー映画の傾向としては、ホラーという形でありながら、風刺、ユーモア、社会への問題提起がある作品が増えてきていると思います。今回の作品でも、それをやりたいと思いました。ただし、重視していたのは、現代社会における“人間の振る舞い”についてでした。

●嫌な“おもてなし”をするオランダ人の夫妻、演じたのは“リアル夫妻”だった

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――パトリック役のフェジャ・ファン・フェットさんと、カリン役のカリーナ・スムルダースさんは実際の夫婦なんですよね。キャスティングの経緯、秘話などがありましたら教えてください。

彼らは本当に素晴らしい役者でしたし、最初にオーディションに来てくれた2人でもありました。私はデンマーク人ですし、オランダのキャストのことをまったく知らない状態でした。

アムステルダムでキャスティングを行ったんですが、面白いことが起こったんです。あるオランダ人の俳優さんは「エンディングを書きかえてくれるのであればやりたい」と言ってきたんです。デリケートな部分もありますしね。でも、2人は「そういうことも含めて是非やりたい」と申し出てくれました。物議を醸すシーンへの不安もあったと思いますが「社会的な風刺としてやりたい」という意図を伝えると納得してくれました。ちなみに、2人はオランダではよく知られている経験値の高い役者です。

●不快なことをされても笑う “邪悪”に対して瞳を閉じてしまったらどうなるのか

(C)2021 Profile Pictures & OAK Motion Pictures
――お話をお聞きしていると、監督は“人間としての振る舞い”を重要視していますよね。

この作品を通じたメッセージのひとつが「もしも邪悪な振る舞いや行動に対して、瞳を閉じてしまったらどうなるのか」というものなんです。これは自分自身の人生にそういうことが起きた場合、あるいは、現代社会にそういったことが見られた場合、どちらのケースにも当てはまることです。

富裕国や先進国では、邪悪なものを目にすることが少ないのではないかと思っているんです。例えば、スカンジナビアで戦争が起きたとしても、僕らはどうやって闘えばいいのかわからないような状況だと思います。日本語で言えば“平和ボケ”ということになるのでしょうか。

邪悪なものと対峙した時、そもそもそれを邪悪なものだと認識できるのか。そして、闘う術を持っているのだろうか。自分自身のことを思い返してみても、不快なことをされた時に、私は思わず笑顔を返してしまったことがあります。あるいは、怖すぎて凍り付いてしまった。そのどちらの反応しかできない自分に気づきました。

(C)2021 Profile Pictures & OAK Motion Pictures
それを映像で描くということに意外性が感じられる理由としては、私たちがアメリカ映画を通じて“ヒーローが立ち向かう姿”を見慣れているからだと思います。

例えば、第二次世界大戦中、ナチスの捕虜たちが自分の墓を掘って、そこで殺されるということがありました。綺麗な墓穴を掘ることができれば、もしかしたら殺されずにすむのかもしれないと、彼らは最後まで希望を持ち続けていました。もちろん、そうはならなかったのですが。これはとても人間的なことだと思います。人間としてそのような状況に置かれた場合、どのように振る舞うのか。まさにこれが、掘り下げたいテーマのひとつだったんです。

ラストの“手法”があまりにも嫌すぎた……決め手となったのは「神話性があるということ」

(C)2021 Profile Pictures & OAK Motion Pictures
――クライマックスは、思わず“絶句”してしまいました。特に気になっていたのは、パトリックとカリンが実行した“あるものを投げるという行為”です。これが「あまりにも嫌すぎる」と感じてしまいまして……。目的を遂行するだけであれば、他にも選択肢はあったと思いますが、なぜあのような手法をとったのでしょうか?

パトリックとカリンがラストに選択する“手法”は、究極的な罰の形です。どのような手法をとるかというのは、最初はまったく思いつかなかったのですが、最終的な決め手となったのは神話性があるということ。まるで聖書に出てくるようなイメージもありますし、普段の生活からかけ離れた“高められた世界”になるのかな。ギリシャ悲劇的なものを感じるといいますか……。

ホラー映画はジャンルとして誇張されていると思います。どこか寓話的であったり、ファンタジックであるべきだと考えています。だからこそ、最後の“手法”がピタリとはまりましたし、原始的なメソッドでもありますよね。

(C)2021 Profile Pictures & OAK Motion Pictures
そして、ビャアンとルイーセがその場でとることになる“行動”も原始的です。キャラクターたちは文明化されたパーフェクトな生活を送っていますが、それを剥いでしまえば、そこに残るのは“裸の人間”です。文明の多層的なものがなくなる状態で、彼らはクライマックスを迎えます。

ハッピーエンディングではありませんが、ある種「すべてのものを取り除きたい」というのは、人間の根源的な欲求のひとつなのかなと、実は少し思っていたりもするんです。人間は獣でもあるわけですから。社会的な振る舞いというものに興味を抱きつつも、やがては獣的な振る舞いに立ち戻っていく。そういう考えもありました。

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