「悪は存在しない」二村ヒトシが映画.com編集部とトーク「非の打ちどころがない良い映画だった」
2024年5月9日 19:00
TOKYO FMほか全国38のFM局のオーディオコンテンツプラットフォームで、スマートフォンアプリとウェブサイトで楽しめるサービス「AuDee(オーディー)」 と映画.comのコラボ新番組「映画と愛とオトナノハナシ at 半蔵門」。作家でAV監督の二村ヒトシと映画.com編集部エビタニが映画トークを繰り広げる。
今回の作品は、濱口竜介監督がベネチア国際映画祭で銀獅子賞(審査員大賞)を受賞した「悪は存在しない」。自然豊かな高原に位置する長野県水挽町にグランピング場の設営計画が持ち上がる。それは、コロナ禍のあおりで経営難に陥った芸能事務所が、政府からの補助金を得て計画したものだった。しかし、彼らが町の水源に汚水を流そうとしたことから動揺が広がり、代々その地に暮らす巧(大美賀均)ら住民の静かな生活にも思わぬ余波が及ぶことになる。
本作は第74回カンヌ国際映画祭脚本賞はじめ4冠、第94回アカデミー賞国際長編映画賞を受賞した「ドライブ・マイ・カー」(21)で音楽を担当した石橋英子と濱口監督の共同企画。石橋の音楽ライブ用の映像を制作する過程で完成した劇映画だ。
二村は、「最初の林のシーン、そして石橋英子さんの不穏な音楽。その嫌な感じがラース・フォン・トリアーの音楽の使い方にも似ていて心をつかまれた。最初から不穏で、後半はあっと驚く。映画としての画にものすごく力がある。この世界では何が起きてもおかしくない、という感じが現れていて、それは嫌なこととは限らず、こちらはそれを見ているしかない」と絶賛する。
一方でエビタニは「私は登場人物に感情移入して映画を楽しむタイプなので、濱口監督は神の視点で撮っているというか…一歩引いている感じが入り込めなかった」と告白した。
主人公の巧を演じた大美賀均は、スタッフとして映画制作に携わっており、今作は異例の主演俳優抜擢となった。二村は「ドライブ・マイ・カー」でその手法が明かされている、濱口監督の俳優陣への独自の演出法を挙げ「主役はわざと棒読みな感じで話して、ああいう人がああいう土地にいると思わせる。濱口監督の映画の登場人物を見ていると、人ってこういう風に話すんだよな…と思える」と感想を述べた。
そして、「町の人と、都会から来た人とのすべてがかみ合わない。それが人間。都会に生きている人には、あの嫌な感じのコンサルに感情移入する人もいると思う。そして、それぞれがやっていることは悪ではない」と本作のテーマに言及する。
エビタニも、「自分から近いところは濃く見えて、遠いところは薄く見える。そういうグラデーションの中で生きているのが人間。それぞれが悪意があるわけではない、そういうことを言いたかったのかも」と同調していた。
ふたりはグランピング場計画を進めようとする、東京から来た会社員たちの車内での会話が秀逸だったと盛り上がり、「これは人間の心が壊れる話だと、車の中の地味な会話でわかる。あのマネージャーには自分がない」(二村)、「時間と空間は移動しているけど密室で何か話していないと気まずいから、何かを話すと本音が出る。その会話が心からの本音というより、無意識で出てくる本音のようで、あの二人がどういう人間かわかる。そういう舞台装置としてよかった。都会と田舎をつなぐ表現でもある」(エビタニ)と分析。
そして、公開後に話題を集めている後半、ラストほど近くのシーンについては「シカは魂や何かのメタファーのような気がする」と二村。「巧の行動が本能的で、悪を向けているというより脊髄反射であの行為をしている。自然と同化しているのかのよう」とエビタニ。二村は「特殊装置なく、あのシーンを作るのは驚いた。僕にとっては非の打ちどころがない良い映画だった」としみじみ語り、エビタニは「今回のトークで気づかなかったこともあったので、もう一度見直してみたい」と誓っていた。
トーク全編はAuDee(https://audee.jp/voice/show/55260)で聞くことができる(無料配信中)。次回は、ニナ・メンケス監督作「ブレインウォッシュ セックス-カメラ-パワー」を取り上げる。
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