中国の経済成長を支える、縫製工場の若き出稼ぎ労働者たちのエネルギーを映す「青春」 ワン・ビン監督に聞く
2024年4月21日 08:00

2023年・第76回カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品作で、世界的ドキュメンタリー作家、ワン・ビンの最新作「青春」が公開された。上海を中心に、大河・長江の下流一帯に広がる長江デルタ地域。ここは、中国の高度経済成長を支えてきた土地として知られている。本作は、子供服産業の一大拠点で知られる浙江省湖州市織里の工場で働く、10代後半から20代の出稼ぎ労働者たちの職場と寮生活を捉えたもの。
長時間労働に低賃金という労働環境の過酷さはあるが、そこで生きるしか術のない若き労働者たちは、恋愛や家族との関係など若者特有の悩みを抱えながらも、同僚たちと友情をはぐくみ、裁縫スキルの向上を目指したりと、カメラの前で屈託のない笑顔を見せる。215分という長尺だが、労働者たちの生活を覗き見するというよりは、まるで彼らととともに同じ時間を過ごしているような錯覚に陥る自然なカメラワークに驚かされる。昨年11月に来日したワン監督に話を聞いた。

湖州には子供服工場がたくさんありますが、長江デルタ自体の中でものすごく発展している場所ではありません。しかし、この地域は開放的で、規模が大きく、小さな工場が分散しています。およそ30万人以上出稼ぎの人が働いています。あの子供服工場の展開や経営の仕方が、このドキュメンタリーを撮るのに適していました。
私の映画は、インディペンデントで作っているので、中国政府への手続きを経ていません。ですので国有の閉じられた企業では撮影できません。仮に許可が下りたとしても、途中で「撮影をやめろ」と言われるリスクが高いのです。そういった現実的な理由もあり、小さな工場で撮ることを決めました。
私が最初に湖州を訪れたとき、誰も知り合いはいませんでした。ひと月くらい誰も知らない状況で生活し、そこで何人かの友達を作ることができました。そのほか、この地域の人たちと関係のある私の友達から、湖州や浙江省の人を紹介してもらったりと、徐々に人間関係を構築し、映画が撮れるような自由をこの地域で作ることができました。
全体を通すと2014年から19年ですが、重点的に撮ったのは、14年から16年までの3年間です。この時期に彼らと関わって、毎日彼らの職場、生活の場に行き、朝10時から夜の11時までカメラを回しました。
2016年以降はフランスの学生に映画を教える仕事があり、また、他の映画のポスプロもあったので、時々湖州に戻って撮るというような形になりました。その時は重点的に撮りたいと思った人にカメラを向けていました。
最初からです。このような若者たちの話にしようと考えました。私たちがこの映画を撮り始めて、この映画の物語に入り込んで行く段階で、働いている人たちに対して一つの分析を行いました。ここで働く人たちは、だいたい16歳から17歳くらいでこの街に来て、最初は見習いからスタートして、一年ぐらいすると熟練工になっていく。その後10年、20年の時間を経て、40歳頃になると街を離れて、農村に帰る人もいる。そういうサイクルになっています。
ですから若者たちにフォーカスし、この長江地域の経済や生活の状況という、そういう現在の様子を映像にしたいと思ったのです。2019年、20年には映画を完成させる予定でしたが、その後コロナ禍となり、だいぶ遅れて完成しました。

中国は今、政治的に大きな変化が起こっています。コロナ前から始まっていたのですが。そうした中で様々な情報に触れていてわかったのは、中国の民営企業は、すごく大変な状況にあることです。具体的にどれくらいの人が失業しているのかは分からないのですが。今、中国人も仕事を探すのが皆大変な状況にあります。ですから、私は労働力としての外国人がいるのか、そういうデータは全くわかりません。
具体的にどこが違うか語るのは難しいですね。というのも、彼ら出稼ぎ労働者の生活は、自分の時間のほとんどを仕事に費やすことで、最も基礎的な経済条件が整うのです。そういう意味で、彼らが生きる条件はものすごく厳しいものになっています。毎日忙しく働いているので、何か深く物事を考えたりとか、これからどのように生きていくべきか……そんなことを考える時間もないのです。
このように、生きていくためのリソースがなかなか手に入らないことが、彼らの直接的な感覚を形成していると思います。この生活の大変さをどう解決していくかと考えたり、そして実際に解決できるのか? それは彼らにとっても曖昧なことだと思います。
彼らはそういったことはきちんと理解していないと思います。彼らの階級は、映画、映画制作というものに対しての明確なイメージを持っていないのです。例えばドキュメンタリーを見たことがない人もおり、映画が完成したらどうなるのか……ということも想像できない。そして、それをあまり理解したいという気持ちもないようです。
だからこそ私にとっては彼らが被写体としてすごく重要なのです。映画のことを理解していない、そういう人たちだからこそ、私は彼らの姿を映画にしなきゃいけないと考えます。
そして、この映画は中国で公開できる可能性はありません。ただ、ネットがすごく発達しているので、例えばカンヌで上映された1カ月後には、もう中国のネットに海賊版が上がっている、という状況があります。ですから、彼らにもこの作品を見られる条件はあると思います。
本作を見た彼らの感じ方もそれぞれです。感想をくれた人の中には、良かった、というものだけではなく、やはり心配をするようなこともありました。工場で働いていた女の子の一人は、職場で仲良くしていた男性とは別の人と結婚したので……という理由です。
私の映画はダイレクトに記録する方式をとっているので、被写体を攻撃するような撮り方をしたり、道徳的な圧力をかけるようなことをしないよう、自分の行動にも気を使いました。そして、ドキュメンタリー作家としては、彼らの生活に過度な装飾をすることはできません。ですので、私自身、この映画がすべての人を満足させられる作品ではないと思っています。

私は長く中国に暮らし、様々な国と共同制作しました。そこで感じたのは、文明というのは一つだということ。二つに分かれているということはないと思うのです。もちろん地域的な文化の違いはあります。その地域の文化の違いは重要ではないとは言いませんが、スタンダードではないのです。映画も同じです。映画の価値観、映画人の関係は、中国だから、ヨーロッパだからという地域的なものには左右されないと思います。ですので、この文化の人々のものの見方が正しい、正しくない、ということはありえないのです。ひとつの基本的な文明のスタンダードがあり、その中でものを考えるべきだと思っています。
政治的なイデオロギーとして、実現は難しいでしょう。中国のインディペンデントのドキュメンタリーは制約を受けています。今、その状況に対抗することはできません。でも、この環境に順応してしまうこともよくありません。私ができることは、自分の考え、思いに従って映画を撮っていく、そういうことだと思います。

私はどんなジャンルの映画も好きで、何でも見るんです。でも、何を見てもドキュメンタリー作家として、自分の映画をどのように撮るのか、撮るべきかを考えてしまいますね(笑)。私は20年間、これまでドキュメンタリー作家としてやってきましたが、近年自分の生活にも変化が起きたので、ドキュメンタリー以外の作品も手掛けることになるかもしれません。フランスに行ってからはアート系の作品、ビデオインスタレーションなども手掛けるようになりました。
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