アリ・アスターも舌を巻いた異形ホラー「オオカミの家」は音もすごかった! ヒットの要因、作品の聴きどころ座談会
2024年4月7日 10:00

昨年のミニシアター界を沸かせた、異色作「オオカミの家」Blu-rayが発売となる。この作品の日本での劇場公開を発案したWOWOWプラスの山下泰司氏、配給・宣伝のザジフィルムズの笹川麻紀子氏、Blu-rayマスタリングを担当したオノ セイゲン氏と映画.com編集部が、4月12日の発売に先駆け、オノ氏のスタジオでBlu-ray視聴会を実施した。
本作は、チリのビジュアル・アーティスト、クリストバル・レオン&ホアキン・コシーニャによる長編初監督作品で、ピノチェト軍事政権下のチリに実在したコミューン「コロニア・ディグニダ」に着想を得て制作されたストップモーションアニメ。
チリ国内を中心に16カ所の美術館で公開制作が行われ、5年がかりで完成した。壁に直接描いては消す2次元アニメーションと、造形物を作っては壊すさまをコマ撮りした立体アニメーションという凝りに凝った映像で、独裁政権下でナチの影響を色濃く残したドイツ系カルトのコミューンで生きた少女の恐怖と心の闇を表現する。全編ワンシーン・ワンカットで空間が変容し続ける、この異形ホラーに舌を巻いたアリ・アスターが、最新作「ボーはおそれている」内のアニメ・パートを2人に依頼したという逸話がある。

映画.comレビューでも「本当にどうかしている映像しか出てこない!」などのコメントが並ぶように、独創的な映像表現に目を奪われるが、音に関しても相当なこだわりを持って作られている。このほど発売されるBlu-rayの音声マスタリングは、 「坂本龍一/戦場のメリークリスマス」や、「ヴィム・ヴェンダース ニューマスターBlu-ray BOX」などを手掛けている録音エンジニアでアーティストの、オノ氏が担当した。
2023年8月の日本劇場公開後から口コミが広がり、満席続き。わずか3館でのスタートが全国約70館にまで拡大、興行収入7500万円越えという異例のスマッシュヒットを記録した本作。なぜ、日本から地理的にも文化的にも遠い、小規模作品がこれほどまでに観客を集めたのか? そんなヒットの裏側も考察しながら、座談会が行われた。

この作品は完成まで5年かかっていますが、映像がすべて完成してからサウンドデザイナーに渡したわけではなく、撮れた映像を次々にバルガスさんに渡していたそうで。ですから音も5年がかり。映像作品の多くはサウンドライブラリーと呼ばれる、効果音や音楽のストックを使って音作りをすることもありますが、今回、バルガスさんは既存の音源は使わない、というルールを自分で決めたそうです。自分だけでなく、自分の子どもたちにもいろんな音を出させて、それを使って構成していきました。
コロニア・ディグニダはナチの時代を引きずっている場所なので、音楽ではナチを思わせるような楽曲としてワーグナーがあって、子守り歌はブラームス。ドイツの大体同じような時代の人たちの楽曲が使われています。
しかし、劇場とここでのBlu-ray上映では音がかなり違いました。部屋の大きさが違うということもありますが、それだけじゃない。セイゲンさんのマスタリングという作業がさらにそれぞれの音のニュアンスを豊かにし、定位をよりクリアにしたように感じます。

2010年代以降の映画は、ハリウッド作品を筆頭に上手にサラウンドが使われていますが、インディペンデントで作られたこの作品もそれらに負けないぐらいのクオリティの音でしたね。僕には現代音楽家の友人もいますが、今はみなコンピューターを使いホームスタジオで音響制作をやっている。そして、大きなプロダクションでなくても、良いセンスがあればこの作品のようにちゃんとした映画の音が作れます。
今日、ここで見て音が良かったでしょ? (一同同意)
本当に音がよくできていたので、ここで仕上げのマスタリングだけすれば完璧になるのです。僕、ホラーは苦手なんで映像はあんまり見ないようにしていたけど(笑)、でも、音だけでいい作品だってわかる。サウンドスケープの自然音はもちろん、細かい面白い音がいっぱい入っていて。デジタルエラーみたいなノイズもわざと入れていたり。
そして、ダイアログと音楽とSE(効果音)、ノイズも含めて同じレイヤーでデザインしているのが、僕と感覚的にすごく近くて。だからこうやりたいんだろうなというのが手に取るように分かる。音を好きな人は絶対気に入るはずです。



ただ、ホラーで売り出したものの、ものすごくアート作品だし、話はよく分からないし、チリの政治的な背景や文脈がわからないと理解が難しいところもあるので、騙しているわけではありませんが……正直、ホラーとして売って大丈夫かな? という不安はありました。
ですが、公開前に映画ファン向けの試写会をオンラインでやってみたところ、好意的な感想をいただいたので、安心して公開を迎えられました。渋谷のシアター・イメージフォーラムでは1日5回が全回満席という日が週末だけでなく、平日にもあって。1週目は、アーティスティックなアニメーションを作っているクエイ兄弟やシュヴァンクマイエルの作品が好きだったような40~50代のお客様が多かったんです。だから、初動はこちらが見込んだ若い世代が来ていたわけではないのですが、それでも満席が続き、そのうちにだんだん、若い人たちが増えてきました。イメージフォーラム前で、制服姿の男子高校生3人組が前売り券を持っていたものの、満席で入れなかった様子だったのを見たのは驚きました。



本編で使われなかった映像も6分くらい入っています。音はありませんが、使わなかった理由がなんとなくわかるのも面白い。あとは彼らの過去の短編で、20分くらいの実写短編「魔女と恋人」というのがあって、これが「オオカミの家」以上の怪作で(笑)、謎の緑色のおばさんが主人公なんですが。そして、ホアキン・コシーニャ単独監督のアニメーションも。権利の関係で劇場公開時に同時上映した「骨」を入れることができなかったので、それをカバーするものが必要だ、と頼んだら出してくれました。まだ、多くの人には全貌が見えていない作家たちだと思うので、これらの映像と2冊のブックレットで彼らの輪郭がもう少しはっきりしてくると思います。
「オオカミの家」初回生産限定豪華版 Blu-ray(7,480円税込)は、4月12日発売。
(C)Diluvio & Globo Rojo Films, 2018
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