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伊藤詩織が“初監督映画”を語る 自身が被害にあった性的暴行への調査に乗り出す「Black Box Diaries」

2024年2月4日 10:00

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「BlackBoxDiaries」

1978年、俳優・映画監督のロバート・レッドフォードが立ち上げた「ユタ・US映画祭」。84年には「サンダンス映画祭」に改名。2024年は、同映画祭の名称となってから40周年という節目となった。

今年のサンダンス映画祭には、世界153カ国から1万7435作品の応募があった(長編作品は4410作品:アメリカ国内から1679作品、海外から2741作品)。選考自体が困難な同映画祭では、82本の長編、8つのエピソード作品、1本のフロンティア部門作品を、映画関係者や一般に公開するという決断を下した。

注目したのは、同映画祭のワールド・ドキュメンタリー部門に出品された「Black Box Diaries」だ。

本作では、映像ジャーナリストの伊藤詩織氏が、自身が被害にあった性的暴行への調査に乗り出していく姿を“自ら記録した”作品。日本の司法制度と社会状況を浮き彫りにしながら、事件の真相に迫っていく。

今回、初監督映画を完成させた伊藤氏への単独インタビューが実現。「サンダンス映画祭」でワールドプレミア上映を迎えた本作について語ってもらった。(取材・文/細木信宏 Nobuhiro Hosoki)



●真実、事実に向き合うことが“自分を保つ” 妹への思いも明かす

――本作では「日本では性被害を受けた女性のうち、性被害を警察に訴える女性の割合は、全体の4%である」という事実が伝えられています。性被害を受けた直後は、そのトラウマで、すぐに警察に被害届を提出できない。そして被害届が数日遅れてしまうことで、性被害を受けたというフィジカルエビデンスの立証が難しくなることがあります。伊藤さん自身が実際に性被害を受けた日から、警察に被害届を出し、刑事訴訟として扱ってもらうまでに時間が少し経っていたと思います。そして、性被害を訴えることで、自分だけではなく、家族への誹謗中傷も事前に予測できます。警察に被害届を出すまで、どれほどの葛藤があったのでしょうか?

伊藤さん:今、振り返ってみると、いろいろなことが重なっていたのだと思います。やはり相手がとても有力な方だったので、このことを自分が話したら、これから自分がジャーナリズムの業界で働けなくなるんじゃないかといった恐怖もありました。

ただ、自分がジャーナリズムの道に進みたいと考えている中で、自分の事実に蓋をしてしまったら、きっと自分自身がこの職業に向き合うことができない。そして、それは自分の心の中をも壊してしまうと思いました。

実際には、いろいろな(性被害の)サバイバルのケースがあると思うんです。話さない、警察に届けない、自分の中に閉まっておく。それも生き抜く一つの道だとは思いますが、私の場合は、やはり真実、事実に向き合うということが“自分を保つ”というサバイバルの方法だと思ったので、それが大きな要素としてありました。

それと、被害を受けて数時間後に会ったのが妹だったんです。その日、私は妹を原宿にあるハワイアンのパンケーキ屋さんに連れて行く予定でした。私は起き上がれない状態だったんですが、彼女が来て(体調が悪いことを)誤魔化さなきゃと思い、パンケーキ屋に行きました。妹は私とは9歳離れています。彼女を見て、彼女に同じことが起こってしまった場合のことを考えました。もし、自分に起きたことに対して、今向き合わなかったことで、彼女が(のちに)同じような経験をしたとしたら――。その可能性を考えた時、自分を許せなくなってしまうと思ったこともありました。そういった要素があったと、今、振り返って思っています。

●ジャーナリストとして、自身の性被害の真相を伝える

――本作では、伊藤さんが、自身に起きた性被害を自分の足で調査・取材し、撮影も行っています。自分の性被害を自身で取材をすることは、当時の体験を思い出すという“恐怖”も当然ありえます。それでも自らジャーナリストとして、自身の性被害の真相を伝えるという決断をされました。その決断に至るまでに、どのような精神的支柱があったのでしょうか?

伊藤さん:自分の中にジャーナリズムの要素があったからだと思います。最初にそのスイッチが入ったのが、警察で「こういったケースはよくあるので、捜査はできない」と言われた時です。自分がどれだけ社会や法律の仕組みについて詳しくなかったのかということに驚かされました。

自分の身に起きたこととしてずっと向き合っていたら、おそらく身がもたなかったと思います。ですが、いちジャーナリストとして、どこか違うケース(訴訟)を調査するような気持ちで向き合えました。どこか第3者的な目線で、自分を置くことができたのが、すごく大きかったのだと思います。これが常に被害者という立場であり続けたら、ここまでもたなかったと思います。ジャーナリズムの要素が自分の中にあり、自分に起きたことと考えずに向き合えたことが、当時の私にできたことでした。

●誹謗中傷と対峙して――どれだけ苦しくても“話す”という決意

――我々が住む“インターネット社会”では、反対意見を述べる批判とは異なった“誹謗中傷”という一方通行な言葉が、人の心を深く突き刺す矢のようになるケースがあります。自らの名前を伏せ、中傷の矛先となった対象への責任も取らずに、その中傷に加担する人たちもいます。誹謗中傷があった際、何も発言しないことは、それを受け入れたと解釈されることもあります。その一方で、発言をすることで、誹謗中傷が増すという可能性もあります。伊藤さんは、記者会見を開きましたが、そのような誹謗中傷に対して、どのような心持ちで乗り越えようとしていたのでしょうか?

伊藤さん:当時、私が切実に願っていたのが、少しでも(性被害について)話しやすい社会になること、話せるスペースを作ることでした。声を上げたのにもかかわらず、話をすると誹謗中傷が生まれ、声を上げられなくなってしまう……そういったRole Modelにはなりたくなかったので、どれだけ苦しくても、表に出る時は毅然として話すということを決めていました。当時は会見やインタビューであっても、答えるまでには友人に背中を支えてもらい、終わった途端、パタっと倒れて、そのまま病院に連れて行ってもらうということもありました。とにかく表に出る時は、これがスタンダード(=性被害を受けた人が誹謗中傷されること)になって欲しくないと思っていただけです。自分では、(精神的に) 乗り越えていたという感じではなかったですね。

山崎エマさんの参加「この作品にとって大きなキーになったと思う」

――伊藤さんは、これまで日本の孤独死を扱ったドキュメント番組「Under Asia:Lonley Death」、改造オートバイレースに熱中するペルー軍兵士を取材したドキュメント番組「Witness-racing in cocaine Valley」などの映像作品を手掛けています。本作では、監督として自身も撮影していますが、どのような部分をスタッフに任せたのでしょうか? またいつ頃から製作者のEric Nyariが関わり、山崎エマさん(「甲子園 フィールド・オブ・ドリームス」「モンキービジネス おさるのジョージ著者の大冒険」)に編集作業を任せることになったのでしょうか?

伊藤さん:Ericさんとエマさんが来てくれたのは、ポストプロダクションを始める時でした。特に日本のドキュメンタリーでは、なかなか心当たりのある編集者がいなかったんです。エマさんもご自身の監督作品の編集はされていますが、編集者としてだけ関わることはあまりなかったことです。このプロジェクトに対しては、思い入れを持ってやって頂いたと思います。

彼女とは、本作以前からの知り合いでしたし、女性としても話しやすかったということもあります。自分のこと(=性被害)をドキュメントしていましたし、その大半が私自身にとってはトラウマでした。自分自身でも忘れていることも多く、映像を見て思い出したり、音声を聞いて「こんなことあったんだ」と思うことがたくさんありました。

私たちの作業を始めたのは、2019年の終わりです。映像を見返すということすら大変な作業でしたし、エマさんがいたからこそ、ここまで来れたのだと思っています。本作は。まったく何も知らない人に預けられるものではなかったですし、日本社会の色々なことも知りつつ、また外の景色(=海外の社会状況)も把握しているエマさんが編集者として入ってくれたことは、この作品にとって大きなキーになったと思います。

●#MeTooムーブメントについて「私自身に力を与えてくれました」

――2015年に性被害に遭われ、刑事訴訟では16年7月に嫌疑不十分で不起訴となりました。この頃、アメリカでは#MeTooムーブメントが起こり、エンタメ業界や一般の会社でも、性被害や性的な問題を扱ううえでの対応が大きく変わりました。#MeTooムーブメント自体は、伊藤さんにとってどのような要素をもたらしたのでしょうか?

伊藤さん : 私が公で話したのが2015年の5月。#MeTooムーブメント(※)が起きたのは17年の10月でした。私が話した時、日本での反応は「なぜ性被害者が語るのか」というものでした。その点がスキャンダラスにメディアに取り上げられたり「裏では政治的な陰謀があるのではないか?」「ハニートラップなのではないか?」という声があがっていました。

そんな中、ハリウッドという場所における出来事が、ニューヨーク・タイムズの記事として掲載された。そこで感じたのは「自分だけではなかったんだ」ということ。もちろん、これまでも色々な方々の声がメディアに掲載されていたとは思いますが、レイヤー(層)になって地表に出てきたという感覚でしたし、今だからこそ“声なき声”が出てこなければいけないと感じ、私自身に力を与えてくれました。その一方で、日本ではまだムーブメントとは言えないものでしたし、性被害を日本で語ることがどれほど大変なことなのかという部分が、しっかりと見えてきたことでもありました。

【※補足】#MeTooムーブメント:2017年10月5日、ニューヨーク・タイムズの記者、ジョディ・カンターミーガン・トゥーイーが、映画プロデューサーのハーベイ・ワインスタインによる数十年に及ぶセクシャル・ハラスメントを告発する記事を発表。17年10月10日には、15年10月にワインスタインの名前を伏せて問題を告発していた女優のアシュレイ・ジャッドら数十名が、実名でセクハラを告発。ムーブメントは、アメリカだけではなく世界に広がった。

●サンダンス映画祭への出品「感情的に圧倒されています」

1月20日(現地時間)上映。多くの観客が伊藤監督を囲んで「IWillSurvive」を歌唱する一幕も
――本作は、サンダンス映画祭のワールド・ドキュメンタリー部門に出品されました。これから海外の配給会社の買付けなどもあるとは思いますが、日本だけではなく、この“重要な裁判”を世界に見てもらう機会になると思います。今回の出品について、率直なお気持ちをお聞かせください。

伊藤:今日、ちょうどサンダンス映画祭の会場に着いて、雪深い中、スノーブーツを持ってこなかったことを非常に後悔しています(笑)。まだ実感がわかなくて、ここがどういう場所なのか――あまり映画祭に詳しくなかったので、どういうものなのかもわかりません。ただ私はドキュメンタリー番組を作っていましたが、これが初の映画でもあります。「これは“大きなこと”なんだよ」と周りからは聞いていました。既にパブリシストの方から「こういう風に取り上げられているよ」と言われて記事を見ると、感情的に圧倒されてしまいます。

とても興奮していますが、この映画を公に公開するということに少々怯えてもいます。

でも、サンダンス映画祭に集まる方々は、社会的なことを考えながら作っている映像作家さん、アーティストたちが多いと思いますので、今からピリピリと刺激を受けています。既にオンラインでのミーティングがあって「こんな世界があったのか」ともっと早く知りたかったと思いました。

10~15人のスタッフが、サンダンス映画祭に集まるのですが、まだ対面で会ったことがないスタッフもいます。皆でやっと一緒に会うことができて「お疲れ様」と言い合えるのが嬉しいです。もしひとりでも欠けていたら、このドキュメンタリーは絶対にできなかった。パーソナルなフィルムではありますが、だからこそ色々な方の力が必要でした。それをみんなで祝えるということが嬉しいことです。

サンダンス映画祭の様子

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