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橋本愛×仲野太賀×木竜麻生は“演じること”にどう向き合った? 新宿ホスト殺人未遂事件から着想された“愛の物語”

2024年2月1日 10:00

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橋本愛(中央)、仲野太賀(右)、木竜麻生(左)

愛について、徹底的に語り合う。膨大な言葉、揺らぐ感情と表情、そして鮮烈な生き様で――。

映画「熱のあとに」(2月2日公開)で描かれるのは、2019年に起こった「新宿ホスト殺人未遂事件」から着想された“愛の物語”だ。

監督は、東京藝術大学大学院で諏訪敦彦黒沢清らに師事した山本英。山本監督が脚本のイ・ナウォン(「夜が明けたら、いちばんに君に会いにいく」)と長年あたためていた本作の企画は、第21回東京フィルメックスにてNew Director Awardを受賞。4年の歳月を経て、完成にこぎつけた。

意欲作に集ったのは、確かな実力を備えた役者陣。愛するあまり人を殺めかけた過去を持つ主人公・沙苗を橋本愛、沙苗の夫・健太役に仲野太賀、物語の鍵となる隣人・足立役を木竜麻生が演じている。

本作は、第24回東京フィルメックスにて“日本初上映”(2023年11月23日/コンペティション部門出品)。同日、舞台挨拶に臨んだ橋本、仲野、木竜にインタビューを実施し、役作りに関する秘話、撮影時の思い出、強烈に印象に残っている共演シーンなどについて語ってもらった。



【「熱のあとに」あらすじ】

(C)2024 Nekojarashi/BittersEnd/Hitsukisya
自分の愛を貫くため、ホストの隼人を刺し殺そうとして逮捕された沙苗(橋本愛)。事件から6年後、彼女は自分の過去を受け入れてくれる健太(仲野太賀)とお見合い結婚し、平穏な日常を過ごしていた。しかしある日、謎めいた隣人女性・足立(木竜麻生)が沙苗の前に現れたことから、運命の歯車が狂い始める。



●映画化の“怖さ”×俳優としての“罪”「言葉を、私の体を通じて言いたくなってしまった」

(C)2024 Nekojarashi/BittersEnd/Hitsukisya
――まずはインスパイアの元となった「新宿ホスト殺人未遂事件」について考えたこと、そして本作の脚本を読んだ際の感想を教えてください。

橋本:最初に考えたのは、インスパイアをして映画化するということの“怖さ”についてです。特に(事件の当事者である)彼女のことを、最後まで傷つけずにやり遂げられるのだろうかということを考えました。この映画によって、彼女が痛みを背負ってしまうのであれば、演じない方がいいのではないかと思いました。その点についてはとても悩んだのですが……でも“やりたい”と思ってしまったんです。

これは(俳優としての)原罪なんでしょうね。“私の罪”としてやらなければならないなと思いました。

(C)2024 Nekojarashi/BittersEnd/Hitsukisya

心の内では「なるべく彼女を傷つけないように……」とずっと考え続けていて、そうやっていきついたのは、沙苗という人物を“沙苗として演じる”ということ。事件の当事者である“彼女”の言葉、そして事件の議事録をすべて読み込んだうえで、一旦それらを大切にしまって、沙苗という人物だけに向き合った……というような感じです。

脚本を読んだ時は、作品としての強度を感じました。素敵な言葉がたくさん綴られていて、どうしてもそれらの“言葉”を、私の体を通じて言いたくなってしまったんです。自分の欲望に抗うことができなかった……という気持ちがあります。

●“愛”について哲学的に語り尽くしている「こんな脚本、出合ったことがない」

(C)2024 Nekojarashi/BittersEnd/Hitsukisya
――仲野さんと木竜さんはいかがでしょうか?

仲野:正直なところ、実際の事件についてはあまり知らなくて。この映画に参加することになって、事件のことを詳しく教えてもらったんです。

実際の事件についてはかなり衝撃を受けて、当時の事件現場の写真を見たり、クランクイン前に議事録を読み合わせてもらうことで、事件に対する理解を深めていきました。脚本のイ・ナウォンさんは“事件の後”について、色々な事を思い浮かべながら、物語を紡いでいったんだろうなと思います。

最初に事件のことを知った時は「なぜそうなったのか?」という根本的な理由をキャッチすることができませんでした。でも、この作品については、沙苗の気持ちの解像度というものがセリフにしっかりと投影されていました。こんなにも“愛”について、しかも哲学的に語り尽くしている脚本は出合ったことがありませんでしたし、本当に面白い内容だなと。サスペンス要素もありながら、見る人にとってはユーモアとなり得るシーンもあったので、ぜひ参加したいと思いました。

木竜:私も最初に脚本を読んだ時は、元になった事件があるということを、いったん頭から忘れることにしました。そうやって通して読んだ脚本は、素直に面白いと感じましたし、そう感じられたことが“信じられる”とも思いました。山本監督をはじめとしたスタッフの方々の脚本への向き合い方も真摯でしたし、そこがまた信頼を深められたところです。

面白いという感覚を保てたまま、撮影を終え、無事に上映をすることもできたので、最初に自分が感じた“直感”はアテになったなと思いました(笑)。インスパイアを受けた事件も含めて鑑賞するという楽しみ方もできると思いますし、登場人物それぞれの眼差しを通じて観ることができる映画でもあるんだろうなと思っています。

●沙苗との間に生じていた距離 その差をどう埋めた?「まずは“反省”から――」

――本作は、釜山国際映画祭ニューカレンツ部門でワールドプレミア上映を迎えました。橋本さんはQ&Aにも参加されていますが、そこで「最初は、沙苗というキャラクターと自分自身の間に距離があった」と発言されています。では、どのように沙苗との“距離”を縮めていったのでしょうか?

橋本:実は、最初は“反省”から入っていたんです。それは、私が沙苗のことを裁いてしまっていたから。こうすればもっとうまく生きられるのに――こうすればもっと幸せになれたのかもしれない――“上から目線”で彼女のことを見ていた。彼女の愛を裁いてしまったんです。

でも、そんな状態だと役を演じることはできないから、しっかりと同じ目線に立たないといけない。いつも通りの役作りでしたが「沙苗にとって、隼人や健太ってどんな存在だろうか?」「これまでの人生、これからの人生は?」と考えていくなかで、やっと辿り着いたという瞬間があったんです。その時、自分の矮小さというものが感じられたというか……「これこそが本当の愛だ」と心の底から思えた瞬間を、鮮明に憶えています。

(C)2024 Nekojarashi/BittersEnd/Hitsukisya
――山本監督には、沙苗に関しての“質問”をほとんど投げかけなかったそうですね。

橋本:本当は質問だらけだったんですけど、逆に言えば、わからないことが多すぎて。聞いてしまうと、教えて頂いた“答え”に向かうだけになってしまうかな、と。そのやり方も好きではあるのですが、今回は謎の部分を謎のまま楽しみたかった。そして、山本監督やナウォンさんの思いを具現化するだけではなくて、私がその場で感じてしまったことを合わせることで“相乗効果”が生まれればいいなと。なので、あまり聞かなかったんです。でも、太賀はめちゃくちゃ聞いてたよね? 確か質問攻めだったような……。

仲野:そう、かなり聞いていたような気がする。

●役作りのキーとなったのは“サブテキスト” 健太をどう理解したのか?

――健太には“混乱”という要素を強く感じました。この状況を言葉にすることができないといいますか……どのように役をつくりあげていきましたか?

仲野:実は、事前にキャラクターのバックボーンがわかるような“サブテキスト”をいただいていたんです。それを読み合わせる日があったのですが、脚本から思い描いていた健太像と、サブテキストの健太像が、ちょっと違っていて。「僕の解釈が違ったのかな?」と思ったので、そこから監督と一緒に意見をすり合わせていきました。

演じる役については、自分自身がしっかりと理解して、深いところで繋がっていたうえで臨みたいという思いがあるんです。健太も同様の心持ちで演じたいと思っていたのですが“出発点”から、すんなりとは入り込めなかった。人を疑わない精神や考えなどを、一から作り上げていった方がいいなと思いました。

(C)2024 Nekojarashi/BittersEnd/Hitsukisya

その最初の組み立てが苦労したというか……。自分のやりたい事と、監督のやってほしい事。自分も頑固なところがあって、監督が「こうです」と言っても、それが理解できないと演じるのが難しかったりします。その点は苦労をかけてしまったかなと思いますが、結果としては、お互いに納得のできる健太像になっています。

●ただ読んでください――“今”に集中する本読み「何度も脳がストップしていました」

(C)2024 Nekojarashi/BittersEnd/Hitsukisya
橋本:面白かったのが、本読みの時に「ただ読んでください」と言われたこと。通常であれば、演じている場にいるような形で読むことが多いんですが、今回は「演じない」と言う意味での「ただ読んでください」。つまり「音読してください」ということでした。自分のセリフ以外のパートは、目を動かして先読みすることができますよね? それもNG。たった今読まれているところに集中する。それを何度も何度も繰り返す。初めての試みでした。

――実際に体験してみてどうでしたか?

橋本:いや、当時は一体何をやっているのだろうと……。何を試されているのかなって(笑)。

仲野:そうそう(笑)。

橋本:でも、“今”に集中するということだけで、ものすごく疲れるんです。ぼーっと生きることを許されていなくて、かなりのエネルギーを消費してしまう。何度も脳がストップしていました。太賀、めちゃくちゃ言われてたもんね。「もうちょっと“読んでください”」って(笑)。

仲野:やっぱり気持ちがノっちゃうんですよ。でも、それはダメだったから……やっぱり、自分は役者なんですかね。

木竜:今の言葉、言ってて恥ずかしくない? 大丈夫?(笑)

仲野:とっても恥ずかしい!!

一同:(笑)。

仲野:これまでいかにぼんやりと台本を読んでいたのかということを思い知らされました。“今”に集中せず、楽をして読んでいたんだなと反省したんです。

●足立とは何者なのか? 映画の中にいる意味を求めて――

――足立は“ネタバレ”となってしまう要素を抱えたキャラクターです。そして、作品における“ミステリー”を引き受けているような人物でした。これまで木竜さんが演じてきたキャラクターとは、また毛色の違う人物像だったと思います。

木竜:これまで任せて頂いたことのない役柄でしたし、物語の転換に関わる位置に自分がいるということも今までなかったので、すごく面白かったです。足立は、内包していることがとても多い人だなと思いました。すべてが明かされたり、どこか良いところに落ち着けるということがない人でもありました。根の明るさのようなものがありながら、危うさもある。そういう部分は出していきたい――そうしないと、この人が映画の中にいる意味がないのだろうなと思ったんです。

ちなみに、私のサブテキストは息子に宛てた手紙でした。“誰かに向けた言葉”をサブテキストとしていただけたので、足立の内側に存在するパーソナルな部分の支えになりました。

(C)2024 Nekojarashi/BittersEnd/Hitsukisya

●ホームセンターでは笑いが止まらず 撮影で深まった“絆”

――印象的だったのは、沙苗と足立がホームセンターで遭遇する場面です。そこがかなり強烈で……。

橋本:ホームセンターの足立……(笑いが止まらず)

――どうしましたか? 斧を持った足立が、沙苗に対して「暴力の予感がしますね……」と話すシーンですよね?

橋本:はい、そこは撮影自体が本当に面白くて……(笑)。

木竜:演じるキャラクターたちは“暗いもの”を抱えているのに、こんな風に信じられないほど笑いが絶えない現場だったんです。斧に関しても、普通に手に持ったほうがいいのか、いっそのことこうした方がいいのかと(真顔で斧を担ぐポーズ)。

一同:爆笑

――まるで斧を担いだ金太郎……ジャンルがコメディに寄っちゃいますね(笑)。

木竜:全員思っていたんですよ、こっちのバージョンは絶対にないって! でも、山本監督は初めての長編作品でしたし、とにかく全部をやりたかったんです。山本監督が望むことであれば、全部やってあげたかった。だから、1回見ましょうと……でも、絶対にないですよね(笑)。

――撮影の裏側は、こんな風に和やかな感じだったのでしょうか?

橋本:(作品が上手くいったのは)こういう雰囲気があったからこそ……という気がしています。撮影スケジュールは、長野県で約2週間。劇中に登場する沙苗と健太の家が宿泊施設になっていて、そこにスタッフもキャストも泊まっていました。撮影が終わると、リビングでご飯を食べるんですが、プロデューサーの山本晃久さんが毎回手作りのご飯を用意してくれて。毎食温かくてヘルシーなご飯をいただきました。

仲野:あれは本当に幸せだったよね。

橋本・木竜:(声をあわせて)本当に幸せだった!

(C)2024 Nekojarashi/BittersEnd/Hitsukisya
橋本:映画作りは「こういうことが土台にあるべき」というようなことを改めて実感しました。スタッフもキャストも信頼関係を結べた現場。今回はスタッフ全員の名前を憶えることができましたし、皆さんそれぞれとの思い出があります。そんな関係値の中で濃密な作品を撮れたということが財産になっています。全員がこの作品を愛していて、絶対良い映画になるという確信があったからこそ、精神的にも健康的な状態で撮り終えることができた。その点もありがたかったです。

●愛も憎しみも届かない、貰ってはいけない「今までにない感覚でした」

――では、最後に橋本さんを軸に話題を展開させていただきます。仲野さん、木竜さんとのセッションで、自身の表現の“後押し”になった瞬間はありましたか?

橋本:太賀との思い出であげるとするなら、“ある場所”に行こうとする沙苗と、それを止めようとする健太の対立シーンです。健太は150%と言えるほど、心の内をマグマのように溢れ出させて、それを沙苗にぶつけてくる。でも、沙苗にはそれが一切響かないんです。

いつもは“相手からどれだけ貰えるか”というのを意識することが多いのですが、今回に関しては、太賀から出てきたものを全部貰うことができない。貰ってはいけないという状況が、今までにない感覚でした。

この映画には、健太がどんなに涙をこぼしても、激昂しても、沙苗は感情的にならないという展開が多くて。でも、太賀はすごくくれるから……いつでも泣ける状態ではあったんです。沙苗はずっと苦しくて痛い。いつ崩壊してもおかしくはない――でも“健太の前では絶対に崩れない”というのが印象的でした。

――仲野さんは当時のことを憶えていますか?

仲野:憶えています。自分なりに沙苗への愛や思いを伝えているんですが……全然目が合わなくて。

橋本:(笑)。

仲野:相手への思いをぶつけるシーンに挑んだ時、俳優には“充実感”を得る時があります。今回に関しては、それが一切ない。こっちは全力で投げているんですが「届いているのかな?」という瞬間ばかり。でも、愛がどこまでも沙苗でいてくれたから、こっちも投げられるものは全部投げようと思えたんです。そういう気持ちでやっていましたが、全編を通して「俺たち(=沙苗と健太)は繋がっているのかな?」という心許ない気持ちがずっとありました。

橋本愛木竜麻生が不安を露にした“教会シーン” 改めて考えた理由とは?

――ありがとうございます。では、木竜さんとの共演シーンはいかがでしょうか?

橋本:やっぱり教会のシーンです。あのシーンはすごく面白くて、本読みの時は2人とも「いい感じにできそう」という感じだったんですが、いざ現場で演じてみると、途端に不安になってしまって。

木竜:(何度も頷く)

橋本:段取りの後に「え、どうする…?」という感じになりましたよね。

木竜:なんかハマらなかったんです。それまでは山本監督を交えずに2人だけで話すことが無かったんですが……その時だけは、2人とも同じように「変だな」と感じていました。

橋本:でも、周囲は「良い感じだったと思いますけど?」という感じで(笑)。

木竜:「それでもやりたいですか?」と言われたんで「やりたいです……」と(笑)。

橋本:「なんでかな?」と思って、ずっと考えていたんですが、あのシーンは“沙苗も足立も嘘をついている”からだと思いました。沙苗の信じている愛と、足立の信じている愛はまったく違う。その愛がぶつかり合った時、二人の愛が強く揺さぶられてしまったんじゃないかな、と。「自分の信じている愛は、正しいのか?」と疑う気持ちが混じってしまって、だから、自分の信じているものを口にしているだけで、それが嘘、もしくはニセモノになる感覚があったんです。

なので、あのシーンのやりとりは、心から信じているものを吐露する時の感覚とは全然違っていました。それが、私たちを不安にさせる要因だったんじゃないかな。沙苗も足立も、自分にとっての愛を強く信じていたけれど、実はギリギリだったんじゃないかなと感じました。

――仲野さんは、教会のシーンについてはどうでしたか?

仲野:楽しみにしていたシーンでもありましたし、とにかく凄まじいセリフだなと。これを2人がどういう風に演じるのかが楽しみでしたし、いざ出来上がってきたものを観たら、すごい迫力で……実際に現場でも見たかった。でも、もしかしたら迫力が凄すぎて直視できなかったかもしれない。
(C)2024 Nekojarashi/BittersEnd/Hitsukisya

今回の脚本は、セリフが“口語すぎない”んです。ナチュラルに言うのが、かなり難しいものばかりだなと思っていました。どれだけ腹に落としているかによって、セリフの届き方が変わってくるなと感じていました。

教会のシーンもすごく難しいセリフのはずなのに、2人は脚本をかなり読み込んで、役をきちんと理解している。2人だからこそ出てくる演技でしたし、とても生々しいシーンになりましたよね。こんな芝居ができたらいいのになと、ちょっと羨ましいくらいでした。

橋本愛「“声”や“音”をすごく大切に掬い上げた映画なんです」

――この映画は、劇場で鑑賞して“言葉をきちんと聞いてほしい”と感じました。

橋本:山本監督もずっとそう仰っていて。プラネタリウムが登場するシーンがあるんですが、実は“画を潰そう”としていたようです。真っ暗闇の中、声だけが聞こえるようにしたいと。プロデューサー全員で止めたらしいです(笑)。でも、私はそれも見てみたいと思いました。

本読みでの音読についても、実施した理由のひとつに“声を聴きたかった”というのがあるとお伺いしました。この映画、“声”や“音”をすごく大切に掬い上げた映画なんです。鮮烈なシーンがたくさんあるのですが、“聴く映画”としての楽しみも、見つけてもらえたら幸せです。

(取材・文/編集部 岡田寛司、写真/間庭裕基

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