【「哀れなるものたち」評論】歪さを伴わせた<物語><映像><音楽>の織りなす三位一体
2024年1月28日 10:00

粗野な女性に対して教養や礼儀作法を身につけさせることによって、階級社会の上位にいる男性が理想の女性像を構築させてゆくという物語は、戯曲「ピグマリオン」を基にした「マイ・フェア・レディ」(1964)としても実践されてきた経緯がある。その原典は、ギリシア神話に登場するピュグマリオーンに辿り着くほど、斯様な男女の図式は往昔より普遍性を帯びていた。蘇生された女性・ベラ(エマ・ストーン)が、人間社会で生きていけるように教育されてゆく姿を描いた「哀れなるものたち」(2023)は、第80回ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞に輝き、第81回ゴールデン・グローブ賞ではコメディ・ミュージカル部門の作品賞と主演女優賞に輝いた作品。今作の幕明けにも、同様の図式が見て取れる。
そもそも「ピグマリオン」には、当時の社会としては先駆的に女性の社会進出や自立といったテーマを暗喩させていたという側面があった。見聞を広めながら知識と教養を獲得することで、やがて女性の側が男性を翻弄させてゆく姿を、「哀れなるものたち」の物語では、より強調していることが判る。そういった点が、ヴィクトリア朝のイギリスを舞台にしながらも、現代的な装いが施された寓話のように感じさせる由縁のひとつなのだろう。また、蘇生されたベラの設定は、「フランケンシュタイン」(1931)や「フランケンシュタインの花嫁」(1935)を想起させるが、<フランケンシュタインの怪物>の外見をバクスター博士(ウィレム・デフォー)の側に近似させることで、男女の設定を逆転させようとする意図も見出せる。
斯様な物語の歪さに、不協和音を伴う音楽の歪みや映像の歪さを伴わせることで、ヨルゴス・ランティモス監督は<物語><音楽><映像>を三位一体にさせている点も重要だ。例えば、映像の歪さは19世紀に開発されたスチール写真用のペッツバール型レンズを、わざわざ映画で使用していることにも起因している。このレンズには、フレーム中央のピントが合うことでシャープな映像を実践させる一方で、その周囲がボケるという特性がある。加えて、ボケみの部分に渦巻き状の歪みを与えるという特性もある。つまり、視覚的な表現によっても、「哀れなるものたち」という作品が持つ歪さの一端を担わせているのだ。
また、ベラが大陸横断の冒険へ旅立つ際に、ヨーロッパの古い街並みでロケを敢行するのではなく、巨大なセットを組んで撮影した点もこの映画の特徴。スタジオに組まれた巨大セットでは、ショットごとに照明を作り込むのではなく、或る一定方向から差し込む、(自然光のように)統一された、常に安定した照明をセット内に施している。そのことによって、俳優たちが照明の位置を気にせず、自由な演技を可能にさせているだけでなく、カメラワークそのものも自由になる。撮影監督のロビー・ライアンは「女王陛下のお気に入り」(2018)でもランティモスと組んでいるが、その際に自然光を使った(人工的な照明を使わない)撮影を実践していた。照明に左右されない撮影は、ステディカムよる長回しの移動撮影を特徴としながら、俳優の演技に自由度も与えていた。「哀れなるものたち」では真逆の手法を実践しながらも、同様の効果を導いていることは秀逸。演出に対する天来の発想に嫉妬心を抱くばかりである。

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