エマ・ストーン×ヨルゴス・ランティモス監督が「哀れなるものたち」を徹底解説【8000字超インタビュー】
2024年1月27日 12:00
第96回アカデミー賞にて作品賞を含む11部門にノミネートを果たした「哀れなるものたち」(公開中)。第80回ベネチア国際映画祭コンペティション部門では最高賞の金獅子賞、第81回ゴールデングローブ賞では作品賞と主演女優賞を受賞した注目作だ。
監督を務めたのは「ロブスター」「女王陛下のお気に入り」のヨルゴス・ランティモス。そして、主演だけでなく、プロデューサーも兼任したエマ・ストーンが、ウィレム・デフォー、マーク・ラファロら実力派俳優と“唯一無二の物語”を紡ぎ出している。
映画.comでは、ランティモス監督とストーンが製作の裏側を語り尽くすオフィシャルインタビューを入手。8000字を超える“特大ボリューム”だったが、ひとつひとつの“言葉”が注目に値する内容なので、余すところなくたっぷりとお届けしよう。
【「哀れなるものたち」あらすじ】
●原作小説との出合い「なぜ今まで誰も映画化しなかったのだろう」
彼は「籠の中の乙女」を観て気に入ったと話してくれました。1日を共に過ごした後、「哀れなるものたち」の製作を許可してくれたのです。
そして、私はしばらくこの映画を作ろうと試みていました。他のプロデューサーたちと様々なオプションを検討しましたが、うまく行きませんでした。“その時が来た”と感じたとき、私は再び試み、ようやく実現に至ったのです。
子どもの頭脳を持つ大人の女性という設定自体、人々はどう反応していいのかわかりませんでした。私たちは長い道のりを歩み、おそらく人々は特定の物事を違う見方で見るようになり、このような物語を語ることのできる道筋が開けたのだと思います。
この映画を撮ろうとした当初、私は経済的な成功をもたらすような大きな英語映画を製作したことがありませんでした。「女王陛下のお気に入り」の後にその時が訪れ、次の作品を聞かれた際にこの作品を挙げたのです。
また、小説には私たちが探求しているテーマとは別のテーマがたくさんあるため、映画ではより世界に開かれたものにしました。私はベラの物語と彼女の視点に最も興味を持っていました。
●脚本家トニー・マクナマラについて 最大の才能のひとつは“セリフ”
もちろん多少の偏見があるとは思いますが、このレベルに達する作品を作れたであろう監督は他にいないと思います。私たちはベラ・バクスターのレンズ(視点)を通してこの物語を脚色しました。小説がそうでなかったからこそ、これはとても大切なことだと思います。
トニーはこの小説が大好きで、彼はとてもユニークな語り口を持っています。この2つは完璧な組み合わせであり、私たちはお互いとてもうまくいっています。脚本を書くのは決して簡単なことではなく、何年もかかりましたが、私たちにとってその過程はとても気楽で楽しいものでした。
●「彼女に恋をした」「私の愛する人」主人公ベラ・バクスターの魅力とは?
彼女は次に何をするつもりなのか? 彼女が周囲のあらゆるものにどのように反応するのか? 適合しない世界に彼女はどう反応するのか、それがこの映画の軸です。彼女はとにかく魅力的で、彼女をさまざまな状況に置くことで、年上の人、男性、権力を持つ男性など、彼女の周りにいる人たちや彼らとの関係を変えていくことに気づいたのです。彼女の存在と、それに対する彼女の反応によって、すべてが変化しました。それは構成や創作を試みる上で、とても興味深いものでした。
彼女は女性に典型的な制約を強いる社会で育っていないため、自由に世界を探求することができます。現代においても、信仰心があろうとなかろうと、社会に適応することを教え込まれるやり方は私にとって興味深く、ヨルゴスと私は長い間それについて話し合ってきました。ベラという、誕生から成人まで一人の人間であり、ずっとその身体でいられるという機会はとても貴重なものでした。
彼女はセクシュアリティに関してさえも、判断力や羞恥心がまったくありません。彼女が自分の目を通して世界をどのように受け止めているかがすべてであり、人々が彼女にどう反応するかよりも、彼女がそれにどう反応しているかが重要なのです。
社会的に、私たちは周りの人々が自分のことが好きかどうかを考えてしまいますが、彼女はそんなことは考えません。彼女は演じていて最高に楽しい人でした。精神的に幼くても、私がこれまで演じた中で最も進化した女性です。私は常にベラを恋しく思い、彼女ならどうするかを時々考えたりします。彼女は素晴らしい贈り物のような存在でした。
●ベラが“特別な旅”で出会う男たちのバリエーション
ゴッドウィン・バクスター博士(ウィレム・デフォー)のように、自分自身の旅に出る役柄もいます。というのも、彼は最初、ある意味彼女を所有しようとします。父親を通じて学んだ唯一の方法で彼女を養育しようとするのです。しかし彼女との交流を通じて、彼もまた成熟していくことが分かります。やがて彼女を手放して、世界を経験させる必要があることを彼は理解します。そして最終的に、自分の科学的知見をすべて世に送り出すことで、ある種の遺産を彼女に残すことになります。彼女がそれを引き継ぐことができると考えたのです。
ハリー・アストリー(ジェロッド・カーマイケル)もまた違った存在だと思います。彼は唯一、性的やエロティックな関係ではなく、知的でプラトニックな関係を彼女と持つ人です。彼女とセックスしようとしたり、独占しようとしたりしない男性がいるのはいいことです。
ダンカン・ウェダバーン(マーク・ラファロ)は、古典的な男性です。必ずしも古典的ではありませんが、要するに独占欲の強い、典型的な自己中心的な男性です。
マックス・マッキャンドレス(ラミー・ユセフ)は、皆と同じ間違いを犯すため、ある意味で別の種類の感性を持っています。それほど強引ではありませんが、彼女がまだ完全に形成されていないことを理解しています。控えめに、微妙なやり方で彼女を手に入れようとしますが、それが間違っていたことも認識するようになり、より成熟した彼女を尊重するようになります。彼女が戻ると、二人は一緒に生活します。
そしてもちろん、ベラの過去もあります。そこには最も純粋な悪のような独占欲を持つ男性がいます。ですから、男性のキャラクターにはバリエーションがあると思います。
●“生まれたての女性”ベラの旅「彼女が出会うすべての環境が、彼女に何かを教えている」
観客もその旅路を見ていることでしょう。
彼女は社会主義者になり、医者になって人々を助けたいと思うようになります。世界は残酷な場所であることを理解しています。
映画の冒頭ではすべてが純粋な快楽主義であり、楽しみであり、喜びです。やがて中盤になると、彼女は世界には残酷さと痛みがあることに気づきます。彼女が周りの人々から何を学んでいるのかを述べるのは難しいと思います。彼女が出会うすべての環境が、彼女に何かを教えているのです。
●「哀れなるものたち」の“世界”をどうやって創り上げた?
そのためには、ある時代や、ある種の映画やジャンルについて持っている特定の考えにしがみつくことなく、これを体験することを自分に認める必要があります。SF的であったり、時代錯誤的であったり、空想的であったり、様々な要素が絡み合っています。
その上で、それをどのように実現できるかを話し合いました。私は(フェデリコ・)フェリーニや(マイケル・)パウエル、(エメリック・)プレスバーガーがかつて撮っていたような、昔ながらの映画を作りたいと思っていました。彼らの映画を何本か観て、さらにロイ・アンダーソンのような現代的な映画監督の作品も観ました。それらを観ながらも、「哀れなるものたち」の世界はとても広大なので、すべてを作り上げることはできないことも分かっていました。
LEDスクリーンを使った新しい技術に加えて、ペイントされた背景やプロジェクションのような技術も使い、昔ながらの手法と新しい技術を組み合わせました。幸か不幸か、私たちはパンデミックが起きた時に準備を始めました。最初のリサーチ期間があり、その後一時中断したためすべてが停滞しましたが、再考する時間を持つことができました。再び始動できる時期が来た際、私たちは本当に作りたいもの、心から創り上げたいものについて、より考えを深めることができていました。
プロダクション・デザイナーのショーナ・ヒースとジェームズ・プライスはお互いこれまで一緒に仕事をしたことがありませんでしたし、二人は芸術的に異なる視点を持つ人たちでした。しかし私は、この二人の組み合わせがこれまでに見たことのないものを生み出すと感じたのです。彼らは素晴らしいコンビネーションを発揮し、すべてを一緒にデザインしました。これほど多くのドローイングやリファレンスを見たのは初めてでしたし、これまで行った事前準備の中で最も緻密なものでした。
実際の撮影の段階になると、他の映画とほぼ同じように撮影しました。外から照明をあて、部屋の中は俳優、カメラ、音声だけです。クローズド・セットの時には音声もなく、あちこちにマイクをぶら下げていました。過去にやったのと同じようなプロセスを維持しようと心がけましたが、窓の外を見ると、そこは多くの人がいる、巨大な照明のある巨大なセットでした。それでもシーンを撮影する時には、その場にいる少人数だけのように感じました。役者たちが自由にシーンを作り上げられるように皆が協力してくれるのは素晴らしいことでした。
バクスターの家に初めて行き、完全に建てられた家の中にあるベラの寝室を見た時は、信じられませんでした。今になってみれば、あれが一番のお気に入りです。ゼロから作り上げられ、家として建てられたのですから。美しかったです。
●「私が人生で着た衣裳の中で最も美しい」衣裳デザイナーの功績
映画の終盤に登場するウェディング・ドレスは、私が人生で着た衣裳の中で最も美しいものでした。彼女はディテールの名手ですから、細部まで作り込まれていても驚きません。ベラがパリで着用するケープはラテックス製で、カラーパレットや素材はすべて深く考え抜かれたもので、ベラが経験したことや成長していくさまにインスピレーションを受けています。見事な出来栄えでした。映画の衣裳はとにかく豪華で、この映画の他のすべてのものと同じように、とても特別なのです。
ある時点では、男性にパッド入りの衣裳を着せようともしましたが、少しやりすぎであることが分かりました。見慣れたものでありながら、独自である、この非常にユニークな世界を作り出そうとする探求は、常に続いています。
●ラミー・ユセフは「毎回、完璧な演技を見せてくれる」
●マーク・ラファロが何かをするたびに「笑わずにはいられなかった」
●ウィレム・デフォーは“何にでも挑戦する”「素晴らしいチームメイト」
ウィレムはいろいろな意味でとても面白い人ですし、何にでも挑戦します。彼の役柄については、必ずしもどうなるかは分かりませんでしたし、彼にはメイクアップの負担もありました。何時間も費やさなければなりませんでしたが、彼は決して文句を言いませんでした。私は彼の役柄を、とても穏やかで複雑なものにしたいと考えていました。彼が成し遂げたことをするのは、本当に難しいことだと思います。彼と一緒に仕事ができることは喜びでした。彼はいつもそばにいたいと思えるような人なのです。
●音楽の重要性 ジャースキン・フェンドリックスが“もたらしたもの”とは
彼にアプローチしてみると、クラシック音楽の訓練も受けていることが分かりました。バイオリンやピアノを演奏し、さまざまな種類の音楽を作曲します。彼は映画の仕事をしたことがありませんでした。私は彼に脚本を読んでもらい、その後脚本を見ずに私たちの会話に基づいて音楽を書き始めるように頼みました。
当初、私たちは何も撮影していませんでした。リサーチから得たイメージと、いくつかのセットデザイン、衣裳があっただけで、何も撮影していなかったのです。
彼は音楽を書き始め、それを私たちが聴き始めると、私は映画を撮影するときに必要なものを想像するようにしました。このプロセスを何度か繰り返し、撮影に入るまでずっと続けました。その音楽をすべて使い、シーンに合わせて音楽を編集しました。結局、彼は新しい音楽を作る必要はありませんでした。彼が何も見ないうちに作曲したものを使ったのです。それが映画で使われています。
音楽は、映画の中のもう一人の登場人物のようなものです。私にとって音楽は、シーンやストーリーとは異なるものである必要があり、何かを付け加え、別のレイヤーとなるべきものです。たとえ矛盾するものであっても、あるいはそれを別の高みへと導き、予想外の形で引き立てるものであっても、です。ジャースキンは非常に優秀で、それを見事にやってのけました。
PR
©2024 Disney and its related entities
関連ニュース
映画.com注目特集をチェック
関連コンテンツをチェック
シネマ映画.comで今すぐ見る
父親と2人で過ごした夏休みを、20年後、その時の父親と同じ年齢になった娘の視点からつづり、当時は知らなかった父親の新たな一面を見いだしていく姿を描いたヒューマンドラマ。 11歳の夏休み、思春期のソフィは、離れて暮らす31歳の父親カラムとともにトルコのひなびたリゾート地にやってきた。まぶしい太陽の下、カラムが入手したビデオカメラを互いに向け合い、2人は親密な時間を過ごす。20年後、当時のカラムと同じ年齢になったソフィは、その時に撮影した懐かしい映像を振り返り、大好きだった父との記憶をよみがえらてゆく。 テレビドラマ「ノーマル・ピープル」でブレイクしたポール・メスカルが愛情深くも繊細な父親カラムを演じ、第95回アカデミー主演男優賞にノミネート。ソフィ役はオーディションで選ばれた新人フランキー・コリオ。監督・脚本はこれが長編デビューとなる、スコットランド出身の新星シャーロット・ウェルズ。
「苦役列車」「まなみ100%」の脚本や「れいこいるか」などの監督作で知られるいまおかしんじ監督が、突然体が入れ替わってしまった男女を主人公に、セックスもジェンダーも超えた恋の形をユーモラスにつづった奇想天外なラブストーリー。 39歳の小説家・辺見たかしと24歳の美容師・横澤サトミは、街で衝突して一緒に階段から転げ落ちたことをきっかけに、体が入れ替わってしまう。お互いになりきってそれぞれの生活を送り始める2人だったが、たかしの妻・由莉奈には別の男の影があり、レズビアンのサトミは同棲中の真紀から男の恋人ができたことを理由に別れを告げられる。たかしとサトミはお互いの人生を好転させるため、周囲の人々を巻き込みながら奮闘を続けるが……。 小説家たかしを小出恵介、たかしと体が入れ替わってしまう美容師サトミをグラビアアイドルの風吹ケイ、たかしの妻・由莉奈を新藤まなみ、たかしとサトミを見守るゲイのバー店主を田中幸太朗が演じた。
ギリシャ・クレタ島のリゾート地を舞台に、10代の少女たちの友情や恋愛やセックスが絡み合う夏休みをいきいきと描いた青春ドラマ。 タラ、スカイ、エムの親友3人組は卒業旅行の締めくくりとして、パーティが盛んなクレタ島のリゾート地マリアへやって来る。3人の中で自分だけがバージンのタラはこの地で初体験を果たすべく焦りを募らせるが、スカイとエムはお節介な混乱を招いてばかり。バーやナイトクラブが立ち並ぶ雑踏を、酒に酔ってひとりさまようタラ。やがて彼女はホテルの隣室の青年たちと出会い、思い出に残る夏の日々への期待を抱くが……。 主人公タラ役に、ドラマ「ヴァンパイア・アカデミー」のミア・マッケンナ=ブルース。「SCRAPPER スクラッパー」などの作品で撮影監督として活躍してきたモリー・マニング・ウォーカーが長編初監督・脚本を手がけ、2023年・第76回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリをはじめ世界各地の映画祭で高く評価された。
文豪・谷崎潤一郎が同性愛や不倫に溺れる男女の破滅的な情愛を赤裸々につづった長編小説「卍」を、現代に舞台を置き換えて登場人物の性別を逆にするなど大胆なアレンジを加えて映画化。 画家になる夢を諦めきれず、サラリーマンを辞めて美術学校に通う園田。家庭では弁護士の妻・弥生が生計を支えていた。そんな中、園田は学校で見かけた美しい青年・光を目で追うようになり、デッサンのモデルとして自宅に招く。園田と光は自然に体を重ね、その後も逢瀬を繰り返していく。弥生からの誘いを断って光との情事に溺れる園田だったが、光には香織という婚約者がいることが発覚し……。 「クロガラス0」の中﨑絵梨奈が弥生役を体当たりで演じ、「ヘタな二人の恋の話」の鈴木志遠、「モダンかアナーキー」の門間航が共演。監督・脚本は「家政夫のミタゾノ」「孤独のグルメ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭。
奔放な美少女に翻弄される男の姿をつづった谷崎潤一郎の長編小説「痴人の愛」を、現代に舞台を置き換えて主人公ふたりの性別を逆転させるなど大胆なアレンジを加えて映画化。 教師のなおみは、捨て猫のように道端に座り込んでいた青年ゆずるを放っておくことができず、広い家に引っ越して一緒に暮らし始める。ゆずるとの間に体の関係はなく、なおみは彼の成長を見守るだけのはずだった。しかし、ゆずるの自由奔放な行動に振り回されるうちに、その蠱惑的な魅力の虜になっていき……。 2022年の映画「鍵」でも谷崎作品のヒロインを務めた桝田幸希が主人公なおみ、「ロストサマー」「ブルーイマジン」の林裕太がゆずるを演じ、「青春ジャック 止められるか、俺たちを2」の碧木愛莉、「きのう生まれたわけじゃない」の守屋文雄が共演。「家政夫のミタゾノ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭が監督・脚本を担当。
内容のあまりの過激さに世界各国で上映の際に多くのシーンがカット、ないしは上映そのものが禁止されるなど物議をかもしたセルビア製ゴアスリラー。元ポルノ男優のミロシュは、怪しげな大作ポルノ映画への出演を依頼され、高額なギャラにひかれて話を引き受ける。ある豪邸につれていかれ、そこに現れたビクミルと名乗る謎の男から「大金持ちのクライアントの嗜好を満たす芸術的なポルノ映画が撮りたい」と諭されたミロシュは、具体的な内容の説明も聞かぬうちに契約書にサインしてしまうが……。日本では2012年にノーカット版で劇場公開。2022年には4Kデジタルリマスター化&無修正の「4Kリマスター完全版」で公開。※本作品はHD画質での配信となります。予め、ご了承くださいませ。