【舞台「トッツィー」レビュー】歓喜のクオリティ! 美女優に扮した山崎育三郎が魅せる「トッツィー」の高揚感が止められない!【若林ゆり 舞台.com】
2024年1月21日 14:00
シドニー・ポラック監督の「トッツィー」(1982)は、映画史に燦然と輝く傑作コメディ。地味なオッサンと真っ赤なスパンコールのドレスを着た女性、実はどちらもダスティン・ホフマンの2ショットが写ったビジュアルは、Z世代でも「知っている」という人がかなりいるのではないか。
ホフマン扮するマイケル・ドーシーは、演技の才能はあふれんばかりに持っているのだが、演技へのこだわりが強すぎて周囲と協調できない中年俳優。相手の気持ちより自分の演技や作品のクオリティが大事という、度を超えた役者バカであり演技オタクなのである。それが災いして仕事にあぶれた彼は、女友達が落ちた昼メロのオーディションに女装して乗り込み、女部長役をゲット。女優ドロシー・マイケルズになりきって周囲を騙し、成功していくなかで、恋と葛藤が生まれる。男女入れ替えのドタバタ、葛藤と人間としての成長、性差の現実と女性賛歌を、ホフマンが徹底的な職人芸で演じきった快作だ。
この作品が、ブロードウェイでミュージカルになった。初演開幕はコロナ禍が劇場を襲う直前の、2019年。映画のミュージカル化作品はブロードウェイに山とあるが、19年のトニー賞では11部門でノミネートを果たすなど、大きな成功を収めた。このとき主演を務めたのは、「アナと雪の女王」のプリンス役として知られるサンティノ・フォンタナ。しっかり主演男優賞をさらっている。
そしてやっと、待ちに待った日本上陸。今回、開幕に先がけゲネプロを観劇することができたので、リポートしたい。最初に断言しよう。これは、大当たり! コメディ・ミュージカルが本来もっているべきものを余すところなく、過剰なまでにもっているザ・傑作コメディ・ミュージカルなのだ。しかも、海外オリジナルの翻訳ものにありがちな「笑えない残念感」が一切ない。作り手と俳優たち全員を称え、感謝したくなる仕上がりだ。
まず、脚本・演出、音楽、振付、衣装デザインといったスタッフの仕事が素晴らしい。脚本は、Netflixの「ザ・ミュージカル」も手がけたロバート・ホーン。音楽と歌詞は、ミュージカル版「フル・モンティ」や「バンズ・ビジット 迷子の警察音楽隊」のデイビッド・ヤズベック。演出は、オリジナルでもアソシエート・ディレクターを務めたデイブ・ソロモン。映画からミュージカルへのアダプテーションが、それは見事なのである。その上、主役の山崎育三郎を始めとする日本版キャストが全員、当て書きされたかのようにハマっていてうまい。聞けば、山崎を含むキャストすべてがオーディションによって選ばれているんだそう。これも成功の大きな要因だと思う。
ストーリーや設定は、大筋では映画と同じ。ただし時代を踏まえてアップデートされ、ミュージカルでの表現にふさわしい改編が適切に施されている。大きな変更は、ドロシーがオーディションで役を掴むのがテレビの病院ものソーブオペラ(昼メロ)ではなく、「ロミオとジュリエット」をもとにしたミュージカルだということ。舞台はテレビ界ではなくブロードウェイだ。必然として思いっきりミュージカルらしい王道ミュージカルな構成になっており、それが楽しくてしかたない。
ドロシーが掴んだのはジュリエットの乳母役だが、稽古を重ねるうちにアイディアが次々と採用され、ついにタイトルは「ジュリエットの乳母」に。前半の大ナンバーが、劇中の乳母が歌う「裏切らない」。「裏切らない、信頼に応えるわ、どんな役でも演じてみせる」と乳母がジュリエットへの思いを歌うのだが、これがマイケル/ドロシーの心情でもあり、さらには山崎の決意宣言までもが重なって聞こえてくるというわけだ。
シーンの洗練されたムードづくりに、セットや場面のチェンジにと、若く実力あるアンサンブルキャストたちを大活躍させているのもいいし、音楽がすぐに覚えられるほどキャッチーだから、リプライズでは脳内で一緒に歌えるのが楽しい。音楽と感情たっぷりな歌詞に喜怒哀楽を呼び覚まされ、ストーリーと登場人物に没入、高揚感でいっぱいになる。これこそミュージカルの醍醐味だ。その醍醐味がこれでもか、というくらい詰まっているのである。
1幕ラストの大ナンバー「止められない」もすごい。前半はマイケルで歌い、アンサンブルのパフォーマンスで間奏を繫いだ後、あっという間にドロシーとして登場、熱唱! ここでも歌詞がダブル、トリプルの意味をはらんでワクワクドキドキを生み出し、客席にあふれる高揚感、トキメキをもう止められない!
ジェンダー問題がより複雑化し、意識も変わった現代だが、そこをあえて深掘りしすぎていないのも潔い。ブロードウェイでのジェンダー格差問題、女性へのリスペクトはきっちり出しつつ、「ハッピーに笑って楽しめる」というコンセプトにあくまでも忠実なラインを保った。
ここでは社会的メッセージより重視されているのが、笑いだ。映画はポラックによれば「撮影中、笑いが起こるようなことはまったくなかった」という。だが本作は、記者会見でキャストが口々に「稽古場に笑いが絶えなかった」と証言。翻訳もので演出家が海外の人だった場合、言葉と文化のギャップが笑いの邪魔をすることはよくある。アメリカン・ジョークをそのまま直訳しても、何が面白いのか謎、というモヤモヤが生まれがち。しかし山崎を筆頭に、今回のカンパニーは笑いへのこだわりがすごかった。マイケルと違い協調性が豊かな山崎らは、みんなで何度も「この言葉ではどうか、こっちのほうがいいんじゃないか」と会議を重ねたという。その効果がてきめんで、すんなり腑に落ち、ゲラゲラ笑えるのだ。
さらに、変更されたキャラクター設定が面白くてツボる。ドロシーに言い寄る共演者は昼メロの老スターではなく、やたら素直で筋肉バカなロミオ役者(ゲネプロでは岡田亮介、おばたのお兄さんとダブルキャスト)。恋する女優ジュリー(愛希れいか)はシングルマザーではなく、ちょっぴり男っぽさも感じさせるキャラクターになっていて、ある衝撃的な決意をしてマイケルを(観客をも)驚かせる。
また、映画ではマイケルと一度だけベッドをともにし、次のデートを期待し続けていた女友達のサンディ役(テリー・ガーがコメディセンスを発揮)は、感情の起伏が激しいマイケルの元カノとなり、昆夏美が体当たりのハイテンション(ときにヒステリー)演技で爆笑をさらう。そして、ジェフ役の金井勇太だ。映画で独特の味を出していたビル・マーレイの、いかにもマーレイらしい脱力感。なんともいえない「間」のおかしみが、日本人の感性で完璧に表現されているのだ。たとえば、マイケルと顔を合わせて「…………」。しばらく言葉が出てこない、放送事故のような時間のおかしさ! 歌もうまい。このほか全員が、キャラもセリフも間合いも顔芸も、最高。
しかしなんといっても、大成功の立役者は山崎だ。映画は、実際に演技オタクであるホフマンの技量が全編を支えていて、ほとんど「ダスティン・ホフマン映画」と言っても過言ではない作品。ホフマンの外見は普通のオッサンで、中性的でも少年っぽい感じでもない。それがドロシーに化けるのが圧巻だった。2時間以上かけて剃毛とメイクをして、完璧に変身してみせた。もともと、彼が前作「クレイマー、クレイマー」で、離婚によって息子の父親と母親、両方の役割を担うハメになる男を演じたことが、企画の始まりだった。つまりホフマンのための当て書きであり、彼の意見が濃厚に反映された役。ホフマンが「自分のなかにあった女性蔑視に気づかされ、多くを学んだ」この作品は、それゆえ「自分にとってはコメディではない」と語られた。
この役が山崎によって、ホフマンとはまったく違った輝きと魅力を放っている。山崎にはもともと中性的なムードがあり、華奢で体毛も濃くない。女装だって「プリシラ」などで経験済み。想像がつく、と思うかもしれない。しかし、彼はふたつの面で説得力と意外性を強く印象づけた。ひとつは、山崎にはやさしげな風貌や物腰とはかけ離れた「男っぽさ」があるということ。責任感、座長としてみんなを率いるリーダーの資質、有言実行の姿勢など、彼の言葉を聞けばわかる個性が、この役で生きている。「エリザベート」のルキーニを演じたときより、今回のマイケルの方がリアルに男っぽく、色っぽいと感じる。ふたつめは、彼の化けたドロシーが、実際に女性だと信じられて、女性として魅力的だと思えること! ブロードウェイ版のフォンタナがこの役に選ばれた理由のひとつが「喉仏が目立たない」ことだったというが、山崎の首にも喉仏は見当たらない。肌のきめは細かく、しかも膝下のほっそりとした脚線美は、女性でも嫉妬を覚えるほど。
その山崎がほぼ出ずっぱり、出ていないときは舞台裏で汗だくなのが想像つくほどの早着替えと、フル回転で観客を魅了する。彼のマイケルはホフマンほどオタクっぽさや変人くささはないものの、ドロシーになりきる力はホンモノだ。冒頭や、同居する親友ジェフの前では「あまりイケていない、苛立っている男性」だが、騙さなければいけない共演者の前では、指先に至るまで力を抜かず、全身に「チャーミングな女性」をみなぎらせる。本気で、すごくかわいい。このギャップを演技と早着替え、そして高音と低音、声の使い分けによって見事に表現。マイケルとドロシーを行ったり来たりする彼の姿は、圧巻でありながらお腹を抱えて笑い転げたくなる。本物のお笑い芸人たち(おばたとエハラマサヒロ)に「面白すぎ」と太鼓判を押された山崎、恐るべしである。そして笑いのなかでハッとさせられる真実、心の動き、成長が読み取れ、グッとくることも間違いない。カラフルな要素が心を揺さぶり、温めてくれるのだ。
ネタバレは避けるが、映画を愛する人にとっても、ラストシーンは心に残るものになるはず。映画を見ていない人も、舞台を見たことがない人も、この作品でハッピーな観劇体験をして、ぜひ、心にパワーとエネルギーをもらってほしい。必見だ。
ミュージカル「トッツィー」は1月30日まで東京・日生劇場で上演中。その後、2月5日~19日に大阪・梅田芸術劇場メインホール、2月24日~3月3日に名古屋・御園座、3月8日~24日に福岡・博多座、3月29日~30日に岡山・岡山芸術劇場で上演される。詳しい情報は公式サイト(https://www.tohostage.com/tootsie/)で確認できる。
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