「ビヨンド・ユートピア 脱北」を通して考える、近年の注目ドキュメンタリー映画とアニメーション表現の親和性
2024年1月1日 14:00

2023年サンダンス映画祭でUSドキュメンタリー部門観客賞を受賞した「ビヨンド・ユートピア 脱北」(1月12日公開)。本作は、隠しカメラや携帯電話により撮影された脱北の全行程を映し出した映画史上初の作品だ。
実写ドキュメンタリーである「ビヨンド・ユートピア 脱北」には一部のシーンでアニメーションが使われている。実写として見せることが困難な場面を視覚的に補うために採用された表現だ。このアニメーションパートを手がけた日本人アーティスト岩崎宏俊氏(崎はたつさき)による制作の裏話や、アニメーション・ドキュメンタリーの注目作を通して、ドキュメンタリーにおけるアニメーション表現の親和性について考える。

本作の中心となるのは、祖国北朝鮮を離れたばかりのある家族。いくつもの国境や川、険しい山岳地帯を超えて危険な旅に乗り出す2人の子と80代の老婆を含む5人のその家族、国に残して来た子どもとの再会を切望する母親、そして、自由を求める彼らを強い使命感をもって支援する人々。この家族のために実に50人以上のブローカーが協力し、脱北ののち中国、ベトナム、ラオス、タイの4カ国を経由し最終目的地である韓国を目指す、総移動距離1万2千キロメートルの決死の脱出作戦が展開される。監督は、Netflixドキュメンタリー「シティ・オブ・ジョイ 世界を変える真実の声」のマドレーヌ・ギャビン。
ドキュメンタリーにおけるアニメーション表現の代表的な作品といえば、2009年アカデミー賞で外国語映画賞にノミネートされた「戦場でワルツを」が挙げられる。アリ・フォルマン監督自身の実体験に基づいて製作された作品で、若い頃にイスラエル軍による1982年のレバノン侵攻に参加した主人公アリが、抜け落ちてしまった記憶を取り戻すための旅を描いたもの。近年では、2022年アカデミー賞で国際長編映画賞、長編ドキュメンタリー賞、長編アニメーション賞という部3門同時ノミネートの快挙を果たした「FLEE フリー」だ。幼い頃に故郷アフガニスタンを逃れ難民となった主人公アミンが、20年の時を経て自身の半生を初めて語った音声をベースに、アニメーション・ドキュメンタリーとして制作された作品だ。2作品に共通するのは、ドキュメンタリー表現における王道である“インタビュー証言”ではなくアニメーションを用いることで記憶の中の情景そのものに迫ろうとしていることだろう。

また、近年発表された社会派アニメーションにはドキュメンタリータッチの作品も多い。1970年代前半のクメール・ルージュによるカンボジアの支配に抵抗しようとした家族の姿を、監督の母親の実体験をもとに描き出した「FUNAN フナン」や、北朝鮮の政治犯強制収容所に生きる家族の姿を、収容体験をもつ脱北者や元看守などに行ったインタビューを基に作り上げた「トゥルーノース」など、アニメーションを使うことで時間・立地的条件を超越したドキュメンタリー的要素を表現している。

「ビヨンド・ユートピア 脱北」のアニメーションパートを手がけた岩崎氏は、実写映像を元にアニメーションを作成する手法ロトスコープを用いた作品を中心に美術と映画の領域を越境して作品を発表し、海外での受賞歴も有する。
岩崎氏が本作に参加することになった経緯は、2022年にニューヨークタイムズ紙に掲載された、母の日に寄せて書かれたエッセイに合わせての岩崎氏のアニメーション作品を目にしたギャビン監督と本作のプロデューサーからオファーを受けたのがきっかけだという。

本作におけるアニメーション描写は部分的なものとなっているが、その制作方法について、「まず、監督からアニメーションが必要なシーンの話を聞き、当時の編集段階でのシーンの前後の映像を見せてもらい、全体像を把握するところから始まりました」と説明。ロトスコープという特殊な手法をとるため「制作プロセスやアニメーションを制作する上で元となる素材の映像が必要になる点など、事前に必要な共通認識部分を確認し合いました。でも、最も苦労したのは、その映像素材が無い点です」と苦労を語る。
題材となる北朝鮮に関する素材は乏しく、現地での撮影も困難を極めた。そこで、「まず監督から服装や髪型などの資料を提供してもらい、それを読み込むところから始めました。軍服など正確に描くのは限界もありましたが、基本的にアニメーションにするのは脱北者の記憶の可視化だったため、抽象と具象のバランスを上手くとって仕上げました」と振り返る。
かつての脱北者で、北朝鮮に残してきた息子ジョンチョンを脱北させようと奮戦するリ・ソヨンが自身の思い出として語る、息子との別れとなったある日の放課後の様子(メイン画像左)はアニメーションとして表現され、観る者の感情を揺さぶる印象的なシーンとなっている。岩崎氏は、「最初に監督に相談されたのは、脱北者のリ・ソヨンさんが息子さんを最後に見送った記憶のシーンをエモーショナルに描きたいという内容でした。こうした主観的な感情の追加に対しては賛否があると思いますが、アニメーションが上手く機能したとき、何らかの現実に対しての批判として機能すると考えています」と語る。

そのほか、脱北者が北朝鮮から脱出するために川を歩いて渡る場面、脱北した女性達を取り巻く様々なリスク、脱北者が証言する北朝鮮当局が人々に対して行うある監視についてなどいくつかのシーンがアニメーションで表現されているが、これらはいずれも実写として見せることが容易ではない場面だ。

ドキュメンタリーにおいてアニメーション表現を用いることの効果については、「アニメーションによるドキュメンタリー表現は、これまで実写映像によるインデクシカルな記録を重視した映像表現では手の届かなかった部分をカバーできると考えています。例えば、顔を写せないなどのプライバシーの問題をクリアできたり、カメラによる映像記録が残っていない過去の出来事や記憶を表現できたりする点です。アーカイブや役者による再現撮影では漏れてしまう当事者の主観的な部分や、エモーショナルな要素を求める監督もいます」と説明する。
そんな岩崎氏が推薦する作品は「FLEE フリー」だそう。「この作品、正直に言ってアニメーションの動きとしてはあまり良くない(笑)。でも全編通して非常にカクカクとして軽やかではない動きが、逆に想像を絶する抑圧のなかで生きてきたアミンの人生を表しているようで深く心に刺さる映画になっていると思います」と、アミンの20年間も秘密にしなければならなかった押さえつけられた記憶を視覚的に表現した同作を評価する。

岩崎氏が、脱北者の記憶をアニメーションを用いて可視化し、観る者に、自由とは何か?と問いかける「ビヨンド・ユートピア 脱北」は、2024年1月12日TOHOシネマズ シャンテ、シネ・リーブル池袋ほか全国公開。
2024年4月23日(火)~5月26日(日)、銀座資生堂ギャラリーにて個展開催
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