「良い意味で皆さんの感情がかき乱されるような体験に」30年前の衝撃作が日本初公開「悪い子バビー」監督、主演インタビュー
2023年10月20日 20:30
母親の異常な愛情により、社会から隔絶されて育った男が多くの人々との出会いや音楽に導かれて自分自身を発見していく姿を描き、1993年第50回ベネチア国際映画祭で審査員特別賞を受賞した「Bad Boy Bubby」(原題)が、「悪い子バビー」の邦題で30年の時を経て遂に日本初公開となった。
これまで日本では「アブノーマル」というタイトルでVHSが発売されたのみだった本作、母による子供の監禁と虐待、性や宗教的タブーという挑発的なテーマを描きながらも、この世の清濁に触れた無垢な主人公バビーのリアルな反応と行動に心を揺さぶられる傑作だ。このほど、ロルフ・デ・ヒーア監督とバビーを演じたニコラス・ホープがオンラインインタビューに応じた。
「ドアの外に出れば、汚染された空気の猛毒で命を落とす」そんな母の言葉を信じ、35年間薄暗い部屋で暮らしていた男が、ガスマスクを付けて初めて社会に出る――そんなセンセーショナルな設定が話題を集めた。「卒業制作作品として企画したので、誰かからオファーされたわけではなく、なんのプレッシャーもなく、自由なフィーリングで作った作品です。最も大事だったのは映画的にラディカルにいられる自由があったことです」と制作当時を振り返るデ・ヒーア監督。
最も重要なバビー役を演じたホープは、当時主に舞台で活躍しており、映画界ではほぼ無名といってもよい存在だったが「僕の要求を分かったうえで演じられる人が必要で、彼が出演していた短編が素晴らしかった。会ってすぐに彼がバビーだと確信しました」と運命的な出会いだったそう。
ホープにとって、初めての長編主演作となった。「監督が書いた多数のアイディアのメモが脚本のようになっていて、最初の監禁されているシーンは本のように読める形になっていました。カトリックとして育った自分にとって、うまく言葉では表現できないのですが、とてもカトリック的だと思いました。自分の中で合点がいって、すっと理解ができた。最初に彼が生活している空間には邪悪な物は存在せず、その中でモラル的な判断ができない、そういったことがキャラクターに対するアプローチの定義となりました」と難役を自分なりに咀嚼して演じることができたという。
そして「私の演技経験は30歳以降で、長編の主演はこの作品が初めてでした。ほぼ順撮りだったことが大きな助けになり、時間の流れとともにキャラクターの変化を演じることができました。スタッフがいつもサポートしてくれて、監督ともずっと会話ができた。この映画がどういう方向に行くか見えていたし、安心感のなか演じることができました。演技の上では簡単だったのです。喜びにあふれる演技体験でした」と述懐する。
本作はバビーが初めて触れる世界を観客が視覚・聴覚でそのまま体験できる手法を取り、撮影監督に合計32名ものスタッフが代わるがわる参加したほか、「バイノーラルサウンド録音」でバビーの耳に届く音の刺激をリアルに再現。音楽も、讃美歌、クラシックからロックまで監督のこだわりが感じられる選曲だ。
デ・ヒーア監督「初期段階で、これは何でもやってよい作品だと気づいたので、自分の好きな音楽はなんでも詰め込もうと考えました。劇中での、観客が一人しか来なかったライブは、自分の過去のバンド活動の経験からです(笑)。ロックも、クラシックもニコラスの歌も、教会のオルガンも素晴らしいもの。音楽は美しく、バビーが世界に初めて対峙するものとして用いました。ですから、最初から3分の1のシーンに音楽はないのです。外の世界に出てから、初めての経験を表現する音楽は強く美しく素晴らしいものでなくてはならなかったのです」
バビーというインパクトの大きいキャラクターを演じた、その後の影響をホープに尋ねると「それまで子ども向けの舞台で仕事をしていて満足はしていましたが、この作品から映画俳優として活動ができるようになりました。舞台はマラソンで、映画は短距離走のような感じ。僕は短距離走が好きなんです。あと、映画は仲間が集まって、それぞれがそれぞれの仕事をするので、完成作を見ると頭で思い描いていたものと違うことがある。そういうところが好きです。影響としては、エキセントリックで、邪悪なレイプ犯や小児性愛犯役が来たり、その後は神父役のオファーが増えました。もう大分落ち着きましたが、今でもオーストラリアの俳優でエキセントリックな役といえば…僕だと思われているようです(笑)」と明かす。
様々な表現規制とコンプライアンスが重視され、昨今この「悪い子バビー」のような作品を作るのは難しくなっている。「今はSNSで足を引っ張られる危険性があるので、気をつけなければいけない時代。どの映画も自分にとってはチャレンジだし、いろんな挑戦をしていきたい。炎上よりも、この時代の状況のなか、どのように舵を取っていくかが大事だと思うのです。この作品のダークサイドだけでなく、美しさも感じてほしい。良い意味で皆さんの感情がかき乱されるような体験になれば。笑えるシーンも多いので楽しんでいただけると思います」とデ・ヒーア監督。
ホープも「この映画はユーモアの部分が大事で、自由に笑っていいんです。公開当時ももちろんシリアスに見られることも多かったのですが、オランダの映画祭でこのように伝えたところ、ロングランになりました。監禁などのハードコアな部分だけではなく、映画全体を見て、ジェットコースターのように感情がゆすぶられることが、皆さんがお金を払った対価になると思うのです」と本作の楽しみ方を伝えた。
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