【インタビュー】濱口竜介監督が明かす、特異な成り立ちの「悪は存在しない」に込めた真意
2023年9月29日 12:00
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今年のヴェネチア国際映画祭で審査員グランプリを受賞した濱口竜介の「悪は存在しない」。前作「ドライブ・マイ・カー」で組んだ音楽家、石橋英子から依頼を受け、当初彼女のライブ・パフォーマンス用の映像としてスタートした企画が、結果的に本作とライブ・パフォーマンス用の映像作品「GIFT」の2作品となり、個々に独立した作品として存在するに至ったものだ。
物語は、長野県の豊かな自然に恵まれたとある町を舞台に、そこにグランピング場を作ろうとする、政府の補助金を得て東京の芸能事務所から派遣された社員が、地元民の対立に遭う様子を描く。前作でアカデミー賞国際長編賞を受賞した監督の新作とあって、現地での注目度も高く、批評家の評価も総じて高かった。
この特異な成り立ちによる作品に込めた真意を、ヴェネチアの現場で語ってもらった。(取材・文/佐藤久理子)
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「2年ぐらい前に、石橋さんから依頼を受けたときに、自分は音楽用の映像を作ったことが一切なかったので、どういうものを作ればいいのかわからず、色々とやりとりをしているうちに、どうやら本当に自分がふつうに映画を撮ればいい、と石橋さんが思っていることがわかって。最終的にどうなるかはわからないけれど、少なくとも映像の素材に関しては、ふだんやっているようなやり方で撮ることから始めようと思ったんです。
最終的に音楽用の映像としても使うことができるようなタイプの映像、そういう物語を書いて、そこからできた撮影素材を、最終的なライブ・パフォーマンス用に供給すればいいのではないかと思うに至りました。でも撮影をしているうちに、俳優のひとりひとりが素晴らしく、声に表れているものもすごく強く感じられたので、この声が観客に聞かれて欲しいということを思うようになって。でもそれを石橋さんのライブ・パフォーマンスに残すのはおかしいので、石橋さんの許可もとって、これはこれで一本の映画を完成させることにしてできたのが『悪は存在しない』で、その素材を使ってライブ・パフォーマンス用のサイレント映画として作ったのが『ギフト』になったわけなんです」
「はい。『悪は存在しない』の尺が106分で、『GIFT』が74分なので、多少抜けている部分があったり、順番が違ったり、使っているショットやテイクが違うというのがあります。もっとも、おおまかには同じ物語です。ただ編集がかなり違うので、異なる物語体験になるし、そもそも音楽がそこに入ってくるので、まったく違う体験になると思っています」
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「そうですね、まず石橋さんの音楽にどうやって自分の撮るものが対応できるのかというところから始まって、そのときに自然というものが一番よい題材だろうと思ったわけです。それは石橋さんの音楽が持っているある種の繊細さや、それ自体では答えを出さないような感じというものが、自然の絶え間ない蠢きーー水、風、木、光といった蠢きのなかに表現されるだろうと考えたからです。
音楽自体は最終的に7曲ぐらい本作で使っているんですが、全部できていたわけではなく、3曲ほどデモ音源という形で、たとえばこんな感じのものということで頂いて。それは『ドライブ・マイ・カー』のときに頂いたものとイメージ的にはそんなに違わなかったので、最終的にできてくるものはこういうものかなというイメージがあって。
まあ言葉にするのは難しいですが、基本的にはめちゃめちゃはっきりしたものではないという。たとえば音楽的にロジカルな進行があるとか、感情をある和音で表現したり、聴衆の感情を刺激したりというものではなく、もうちょっとわからないもの、いろいろな音が組み合わさって互いに影響し合って、徐々に我々の感覚を開いていくようなタイプの音楽だと思ったので、映像もまたそういうものでないといけないだろうと。明確な解決があったり、明確な意味合いがあるというものより、ずっと何かが蠢いていて、その蠢きが画面のなかでいろいろな関係性を取り結ぶ、といったものが映像のイメージとしてもありました」
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「自然を見るというのは癒される体験ではあるけれど、もちろん、ただ自然を撮るだけでは映画として面白くない。それで人間が登場することになるわけです。で、現代のなかで自然のなかに人間を置くと、絶対に環境問題というものが生じるのだというのが自分の感覚で。人間が自然のなかに入っていくと、必ず破壊する存在として描く必要がある。ただそれが大きな問題というよりは、我々が日常のなかでやっている営みだと思うんです。なのでそれを全面的に否定するわけにはいかず、それをどうやって調整していくか、というときに、対話は基本的に必要だろうと思います。ただこの社会がその対話を重要視しているかというと、きっとそうではないだろう、という。
じつはこの作品を作るために、石橋さんがふだん仕事をされている周辺を取材したときに、この映画で描かれているのと同じような出来事が起こっていたんです。それが面白いと思ったのは、描かれている通りに本当にずさんな計画というものがあって、村に住んでいる人たちにさんざん批判されて、計画を立てている側が追い詰められていく、ということが起こって。もともとその話を聞いたときに、なんて下らない出来事なんだと思ったのですが、でもこういうことがいろいろなところで起きている、これは一つの社会の縮図だと思ったわけなんです」
「ああいう終わり方にしようと意図してそうしたというよりは、まず自然にそう書いてしまった。その後で、そう書いたことに自分で腑に落ちたっていう流れです。自分のなかでは全部を言語化しているわけではないですが、全体の流れとしてそんなに整合性がないわけでもないと思っています。
ただ、もし映画は何か答えを提示するものであって、その答えを示してくれるかどうか、ということが映画を観ることの一番の関心事だとしたら、それはちょっと貧しい考え方なのではないかと一映画ファンとして思います。映画は何かの問題に答えを出すものではなく、どちらかといえば、問いそのものというほど大げさではないけれど、我々が解決できないような問題と一緒に生きて行くことを促すものだと思うので、何か答えを提示する必要があるとは思ってないです」
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「悪が存在しないというのは、それが全面的な真実だとは言いませんが、ある側面を切り取ってみればそうも言えることと思っています。それは自然を見れば明らかで、たとえば津波を悪だと思って責める人はいない。自然のなかにはその種の暴力性がつねに存在するけれども、それを悪だと僕らは基本的には見做さない。
自然だけを見ていれば悪は存在しないし、もし人間を単純に自然の一部だと考えれば、やっぱり悪は存在しないわけですが、その一方で、どうもみんなそうは思わないですよね。それはたぶん、自分たちの実生活のなかで『悪はたしかに存在する』という感覚があるからだと思います。この映画の内容はある程度生活上の感覚を掬いとっていると思うのですが、結果的に題名が内容との間に緊張関係をつくって、ふだん我々が生活のなかで考えないようなことを考えさせてくれることを期待しているんです」
「まさに映画とはエモーションだと思っています。一方、ストーリーが映画の本質だと思ったことは一度もありません。ただストーリーがあった方が役者さんがエモーションを発見しやすい、ということは理解しているので、ストーリーを役者さんが演じる基盤として構築しています」
「演技経験は正直あまり関係がなく、役者さんたちが時間をかけて準備することによって、自分はこの役を演じるのに相応しい人間なんだということを腑に落としてもらって、自発的に動き出してもらうということが誰にとっても大事なのだと思います。本読みのときには、いまは感情を込めずに読みましょう、ということをよく言いますが、本番において感情を込めないでほしいと頼んだことはなくて、むしろその場で実際に感じた感情はいくら表現しても構いませんということは伝えています。その結果、本番で彼らが自分たちで動き出している、このセリフをこんな風に言うのか、などと驚きを感じたりすると、とても感動します」
「悪は存在しない」は2024年ゴールデンウィークに公開予定。
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