【「こんにちは、母さん」評論】松竹映画らしさの中で新たな出発の物語を描き、変わりゆく令和の名作が誕生
2023年9月9日 14:00

1895(明治28)年に創業、1920(大正9)年に設立された松竹は、戦前より“松竹大船調”と呼ばれるホームドラマ、人情喜劇を得意としてきた。そんな同社の映画の屋台骨を、「男はつらいよ」シリーズなどで支えてきた監督のひとりである山田洋次監督の90本目。家族と親子を描いてきた松竹映画らしい作品であり、間もなく92歳を迎える山田監督が改めて原点回帰した、“母と息子”の新たな出発の物語である。
劇作家で演出家でもある永井愛の同名戯曲が原作で、山田監督は約20年前に一度映画化に取り組んでいたという。同名戯曲は2001年と04年に新国立劇場で上演され、07年にはNHK土曜ドラマで映像化されている。この人気を博した同作を、現代の下町を舞台に置き換え、吉永小百合と大泉洋の初共演で映画化した。
この吉永と大泉の組み合わせが素晴らしい効果を発揮している。吉永の映画出演は123本目で、山田組は6本目、「母べえ」「母と暮せば」に続く「母」3部作の最終作。大泉は山田監督の映画出演は初(ドラマで山田監督が脚本を務めた「あにいもうと」に参加している)となる。大泉が製作発表時に「あの吉永小百合から、大泉洋は生まれない」と自虐的にコメントしていたが、山田監督の演出による母と息子としてのふたりの掛け合いは心地よく、お互いに俳優としての新たな魅力を引き出し合っている。
今回、初のおばあちゃん役も演じることになった吉永。おばあちゃん役を演じてもらうにあたり、山田監督が吉永に相談したという逸話は微笑ましく、艶やかなファッションに身を包み、恋するおばあちゃんを吉永は活き活きと演じている。また、大泉演じる息子の娘役を永野芽郁が演じ、「キネマの神様」に続いて山田作品に新しい風を吹き込み、寺尾聰、宮藤官九郎、YOU、枝元萌、田中泯ら、山田組常連から新たなメンバーが脇を固める。山田作品を支え続けるベテランスタッフと若手スタッフが松竹映画らしさを溢れさせつつ、変わりゆく令和の時代の家族、親と子の物語を描きながら、山田監督は、母と息子の新たな生き方を示す。
なお本作には、冒頭や所々にインサートされるビルや下町の景色、昔ながらの日本家屋でのエピソード、目線を少しだけずらした人物を正面から捉えたショットの切り返しによる会話やテンポなど、山田作品でありながら、小津安二郎監督作品の面影を想起してしまうようなカットやシーンが散見された。もちろん山田監督は意識して撮っていないだろうが、そんな見方でも楽しめる作品となっている。(和田隆)
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