“警戒せよ”と私たちに物語っている――傑作小説を映画化「ナチスに仕掛けたチェスゲーム」監督が語る製作秘話
2023年7月20日 18:00
オーストリアの作家、シュテファン・ツバイクの世界的ベストセラー「チェスの話」を原案とした映画「ナチスに仕掛けたチェスゲーム」が、7月21日から公開を迎える。このほど、監督を務めたフィリップ・シュテルツェルのオフィシャルインタビューが披露された。
シュテルツェル監督は、1967年のドイツ生まれ。ミュージックビデオやCMを経験したのち、「Baby」(2002)で長編映画監督デビュー。主な監督作に「アイガー北壁」(08)、「ゲーテの恋 君に捧ぐ『若きウェルテルの悩み』」(10)がある。近年では木村拓哉が出演した海外ドラマ「THE SWARM」(23)の共同監督を務めるなど、活動の幅を広げている。
原作は、ツバイクの小説「チェスの話」。1933年、ヒトラーがドイツの首相に就任し、オーストリアにも反ユダヤ主義が広まったことから、ユダヤ人のツバイクは、34年にイギリスへ亡命する。その後、場所を転々とし42年に「チェスの話」を書きあげた。ところが、完成した直後、ツバイクは自殺を選んだため、同作が“最期の小説”となってしまった。その内容とは、ツバイク自身と重なる主人公が、極限状況のなか、心身を病みながらも、何とか生き延びようとする姿。命をかけてナチスに抗議した書として、世界的ベストセラーとなった。
映画は、この原作小説に多少の改変を加えている。その理由について、シュテルツェル監督は、このように語っている。
「私は長く文学と映画の相互作用に取り組むなかで、原作を一言一句、再現すべきではないと学んだよ。両者は伝達の形が違いすぎるんだ。だから、濃密な映画体験を生み出すためには、創作的な逸脱を許容していい。だが、原作の精神にはよく関わる必要があるよ。特にこの小説が何百万もの読者を魅了してきたのには理由があるからね。この本の魔法というものがある。それをこの映画化で観客に気づいてもらわないといけないんだよ!」
続いて、美術を重要視した理由について聞かれると「映画の視覚は語りを豊かにする。私にとっては、それが映画を映画らしくするものだ」と前置きをしつつ、制作の過程を明かした。
「舞台の3分の1がホテルの一室である本作では、その部屋の“見え方”がとても重要だった。だから、スタジオのセットを最大限に利用することで、全体に様式化された美的感覚を与えることにした。この演出は本作と同じように“夢”の映画である『バートン・フィンク』(91/ジョエル&イーサン・コーエン)や『審判』(63、オーソン・ウェルズ)、デビッド・リンチ作品を大いに研究したよ」
インタビューではキャストへの言及も。主人公を演じたドイツの名優オリバー・マスッチについて「彼は表現の方法をいくらでも備えていて、とても並外れた男だった。勇ましく、陰鬱で、常にダークで攻撃的な面もある。彼が最初から最後まで被害者である本作において、そこは重要な点だったよ。私は戦える人物を求めていたからね」と賞賛。
さらに主人公の敵役を演じたアルブレヒト・シュッフに対しては「彼はセットにいる間ずっと役柄になりきるんだよ。それによって彼の見事な強烈さが生まれているんだ」と感心した様子。シュッフが一人二役に挑戦したことについて触れられると「映画の脚本には原作にない新しいアイデアとして、主人公とゲシュタポの間の議論をチェスボード上の対決のように描くことがあった。そうなるとシュッフの演じたふたつのキャラクターが重なることは明らかで、素晴らしい設定となったね。彼の登場によって物語の秘密がわかりはじめるんだ」と本作の核心に切り込んだ。
最後に投げかけられたのは「本作、そして原案『チェスの話』のテーマは現代にも通じると思うか?」というもの。
「ツヴァイクはこの小説を書き上げたあと自らこの世を去った。小説には、そのとき彼が感じたナチスに対する不安と絶望の世界が反映されてもいる。そこがこの文学作品の価値をより高めているんだろう。このようなことは二度と許してはならないと絶えず思い出させることが重要なんだ。そういった意味で『チェスの話』の映画化には価値がある。文明の表層がどれほど薄いか、蛮行がどれほど近くに横たわっているか。本作は、“警戒せよ”と私たちに物語っているんだ」
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