【「AKIRA」公開日記念】芸能山城組の音楽、陸王のバイク音、プレスコ収録など音響制作裏話
2023年7月16日 10:00
本日7月16日は、劇場アニメ「AKIRA」が公開された日です。35年前の1988年7月16日に公開された同作は、ジョーダン・ピール監督の「NOPE ノープ」でオマージュシーンがあったことも記憶に新しい、今なお国内外に影響を与え続けるSFアニメの金字塔です。
2020年には、音楽監督の山城祥二氏指揮のもと5.1ch音源のリミックスが施された4Kリマスター版が公開、パッケージ販売され、本日午後4時からTOHOシネマズ日比谷にて公開記念日上映も行われます(チケットはすでに売り切れ)。また、東京・池袋のMixalive TOKYO(ミクサライブ東京)にて、「AKIRA」のセル画やレイアウトを大友克洋監督自身による企画・構成で展示する「大友克洋全集 AKIRAセル画展」が8月10~31日に開催されます。
8月2~6日には、東京・新宿三井ビルディング55HIROBAで「芸能山城組ケチャまつり」が4年ぶりに行われます。「AKIRA」で奏でられたケチャやガムランを生で体感できる貴重な機会で、入場は無料です。
映画.comが運営するアニメ情報サイト「アニメハック」では、「AKIRA」の音響監督を務め、4Kリマスター版の制作にも携わった音響監督・マジックカプセル代表の明田川進氏によるコラムを連載中です。コラムのなかから、「AKIRA」の音楽や収録について話していただいた回をご紹介します。
今はレコード会社の関係などもあって難しいところがありますが、昔はわりと音響監督から「音楽は、こういう人とやりたい」と言えました。僕が音響監督を担当した「AKIRA」では、監督の大友克洋さんに芸能山城組に音楽をやってもらったらどうでしょうと提案したことがありました。ケチャの音楽のサンプルなどを聴いてもらったら、大友さんも「やりたい」と言ってくれて、代表の山城祥二先生のところにお願いにいきました。最初は映画の説明だけをさせてもらい、次にうかがったときに返事を聞いたのですが、本当は先生、断るつもりだったそうです。ただ、芸能山城組の団員たちは若い人が多くて、その人たちは大友さんのファンが多かった。「大友さんの映画を断るのはおかしい」と言われて、やっていただけることになったと聞きました(笑)
僕は芸能山城組がはじめてレコードをだしたときからのファンで、いつか何かの映像で使えないかと思っていました。そんなとき、「AKIRA」の音楽の打ち合わせで、大友さんから“レクイエム”というキーワードをいただいて、芸能山城組が手がけているホーミーやブルガリアンボイスのような民族音楽は、レクイエムという言葉にピッタリな気がしたんです。そうやって音楽から作品の世界観までつくっていけるのが音響監督の醍醐味で、当時は実写よりアニメのほうが、そうした新しいことができる可能性をもっていたように思います。
「東京アニメアワードフェスティバル2018」(「TAAF2018」)の長編部門の審査員をしたとき、一緒に審査していた海外の監督の方から「AKIRA」の音について質問をしたい友人がアメリカにいるから時間をとってもらえないかと言われたこともありました。そのときはダミーヘッドマイクのことを聞かれて、どういう状況で録音したのかと質問をうけたのですが、あのときはビクターが開発したダミーヘッドマイクを使い、その周りを「らっせーらー、らっせーらー」と歌いながらぐるぐると回ってもらったものを録音すると、ああいう音ができたんです。
「AKIRA」は街を疾走するオートバイのシーンからはじまりますよね。あのオートバイの音をつくるとき、普通の音では面白くないからと、陸王(りくおう)というハーレーの日本版みたいなすごい重低音がするバイクを借りました。千駄ヶ谷にあるビクターのスタジオの裏側に駐車場があって、そこは反対側がお墓なので、夜中に音をだしてもそれほど迷惑にならないだろうと、その駐車場で陸王を走らせ、スタジオがあるビルの屋上からマイクをむけて音を録りました。陸王の音は、途中の高速道路を疾走するシーンにも使いました。今振り返ると、ずいぶん大変なことをやっていたなと思います(笑)
「AKIRA」で描かれた“未来”が2019年です。まさか現実でも東京オリンピックが開催されることになるとは思いませんでした。他にも作品で描かれていることがシンクロしているようなところがあって、大友克洋さんはすごい人だとあらためて感じています。
大友さんとの関わりは、大友さんがキャラクターデザインを手がけた「幻魔大戦」(1983)からです。「AKIRA」がアニメになることをはじめて聞いたのは、当時、東京ムービー新社(現トムス・エンタテインメント)にいて、のちにテレコム(・アニメーションフィルム)の社長もやられた竹内孝次さんから一度会ってほしいと言われ、「実は大友さんの作品でこういうものをやるのだけれど」と聞いたのが最初だったと思います。その後、吉祥寺の喫茶店で大友さんと音の打ち合わせをしたときに「レクイエム」というキーワードをいただき、僕から芸能山城組に音楽をやってもらうことを提案した話は以前しました。
山城祥二先生との仕事は、僕にとって大きな経験でした。話をしていくなかでこれまでの音づくりや、映像への音の付け方にたいする考えが一度ゼロになり、いろいろなことを考えさせられました。山城先生の音楽づくりは従来の作曲のセオリーとは大きくちがっていて、当時は「音楽ではない」という言い方をしていた人もいたぐらいです。音自体が人間の脳に与える影響を独自に研究しながらできあがった音がたくさんあって、先生はそれを「ハイパーソニック・エフェクト」と呼んでいます。僕自身なんだかよく分からないけれど聴いているだけで心地よくなってくるという不思議な体験を何度もしました。
山城先生の率いる芸能山城組には、普段は学校の先生や市役所の職員、広告代理店に勤めている人などもいて、いざ「AKIRA」の音楽をやるとなったら全国各地から集まってくるんです。だから、録音するのは夜なんですよね。夜から朝方までかけてやっていました。
「AKIRA」は映像ソフトを出すたびに音楽と効果音をつくり直していますが、山城先生のなかでは自分の音楽がまだ完全に「AKIRA」の映像のなかでだしきれていないとの思いがあるようです。ひょっとしたら、いずれまた音をつくりなおすことがあるかもしれません(編注:2020年に4Kリマスター版が制作されました)。
「AKIRA」は、大友克洋さんからの従来の声優さんではないところでできないだろうかとの要望をうけて広くオーディションを行い、金田役に岩田光央さん、鉄雄役に佐々木望さんが抜てきされました。
当時の岩田さんは俳優の仕事が多くて、「AKIRA」では「自分なりのリアルな芝居をしてほしい」と話した記憶があります。彼は独特のいい声をもっていて芝居心もありますから、金田役にどんどんはまっていきました。その後、何度もご一緒させてもらっていますが、彼は心意気がいいんですよね。若い人たちに対して「もっとこういうやり方をしたほうがいいのでは」と直に言うことができて、彼がいるだけでスタジオの雰囲気が締まるんです。スタジオのマナーなどもそうですが、僕たちが言うより岩田さんのような立場の人が言ってくれたほうがありがたくて毎回助かっています。
佐々木さんも、鉄雄の役づくりに相当入れ込んでいました。彼は原作や台本を深く読み込んで役に臨むタイプで、「AKIRA」に参加したことによって自分の役づくりが一段上がった実感があったそうです。その後、「AKIRA」と同じ年にはじまったOVA「銀河英雄伝説」のユリアン役で長く付き合うことになります。
「AKIRA」はプレスコで収録していて、役者は自分なりの芝居の間合いをとることができました。録ったセリフをスポッティングして作画の人に渡しているため、あの感じがでているのだと思います。大友さんは「AKIRA」専用の口パクのパターンをつくり、従来のアニメよりも滑らかに動いてみえるようにしていました。収録は絵コンテを撮影したものをもとに行っていますが、絵コンテがなかなかあがらなかったため間をあけて何度かに分けて行っています。映像が完成したあとに声とあわせたあと、「ここはもっとこうしたい」と録り直したところも何箇所があったはずです。
マジックカプセルの入り口には、今のビルに引っ越してきてから「AKIRA」のポスターをずっと飾っています(編注:取材当時。2023年現在は新しいビルに引っ越しています)。かつてこういう音づくりをしたよという思い出のようなものですが、ポスターを見た人が「お、『AKIRA』だ」と興味を惹かれてそこから話が広がることもあります。それぐらい僕にとって思い入れのある作品です。
金田役の岩田光央氏と明田川進氏による対談、コラムのバックナンバーもあわせてぜひご一読ください。
https://anime.eiga.com/news/column/aketagawa_oto/
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