2022年最高のフランス映画と評された、母性を描く女性賛歌の感動作「サントメール ある被告」監督に聞く

2023年7月15日 09:00


アリス・ディオップ監督
アリス・ディオップ監督

我が子を殺した罪に問われた女性の裁判を基に描き、第79回ベネチア国際映画祭で銀獅子賞(審査員大賞)と新人監督賞を受賞、実際の裁判記録をそのままセリフに使用し、セリーヌ・シアマケイト・ブランシェットら世界の映画人から賞賛を集め、2022年最高のフランス映画と評された「サントメール ある被告」が公開された。

悲しい実際の事件が基になっているが、現代の数々の社会問題への批判と共に、女性、母性をテーマに描く映画的な美しさにあふれた感動作だ。このほど、アリス・ディオップ監督に話を聞いた。

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<あらすじ>
フランス北部の町サントメール。女性作家ラマは、生後15カ月の娘を海辺に置き去りにして死亡させた容疑で逮捕された若い女性ロランスの裁判を傍聴する。セネガルからフランスに留学し、完璧なフランス語を話すロランス。被告本人や娘の父親である男性が証言台に立つが、真実は一体どこにあるのかわからない。やがてラマは、偶然にも被告ロランスの母親と知り合う。

――あなたはドキュメンタリーからキャリアをスタートさせていますが、実際の事件の痛ましさや、被告の背景を描き出すことに加え、創作としてなぜあのようなラストに行き着いたのですか。

私は嬰児殺しという三面記事的な事件に興味があったわけではないのです。もちろん事件は痛ましいものですが、私は事件を通して、もっと個人的な、もっと政治的なもの、そして母性。あるいは、可視化されなかった存在としての黒人女性、そういったことを映画の中で描きたかったのです。母と子との絆とは何だろう、そういった普遍的な問題提起をしたかったのです。しかし、その答えは出していません。答えは観客がそれぞれの経験に照らし合わせて、導き出すものだと思います。この映画はそれまでの道のりを提示したと思っています。

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――実際の事件の裁判を傍聴したそうですが、弁護士や被告に面会したり、映画化の報告をしましたか?

被告の彼女には会っていません。許可については、裁判自体が公開されているものなので、その必要はないと判断しました。彼女個人のことを語る、ということではなく、彼女の発言も裁判記録をもとに作っているので、合法な形での映画製作です。ただ、私がどういう意図をもってこの映画を作ろうとしているか、私は彼女のことを裁こうという気持ちは全くない、そのアプローチを理解してもらいたいという気持ちがあります。

この映画では彼女の裁判を扱っていますが、それを超越したもの――裁判で彼女が語ったことから、観客一人ひとりが個人的にどう考えるかを描いているつもりです。その点では、被告役のロランスよりも、傍聴するラマの立場の方に重要性があると思うのです。ベネチア映画祭で発表する前に、実際の被告の弁護士に見てもらいました。彼女はとても感動してくれて、その反応が私がこの映画を作ったことの正当性であり、理解であると思います。

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――3人の女性による共同脚本ですね。うちひとりは小説家として著名なマリー・ンディアイです。どのような経緯や役割分担で彼女たちとこの物語を構築していかれたのでしょうか。

私のキャリアはドキュメンタリーから始まっているので、私のシナリオの書き方は、一般的な劇映画とは異なると思います。ドキュメンタリーを撮るときも、毎回テーマに合わせて手法を変えます。今回も実際の裁判というドキュメンタリー的なところから出発しています。それを、共同脚本家であり、編集者である女性とともに短編のラッシュを組み合わせて浮かび上がってきたのが母性というテーマでした。

テーマを母子関係としたことで、妊娠中で、母になることに不安を抱えているラマという登場人物が必要になってきました。もしロランスの裁判だけを語ってしまったら、嬰児殺しという事件について過剰な好奇心を煽るような、健全なものにはならなかったと思うのです。ですので、創作としてラマという人物を登場させました。

ラマという人物ができた時点で、マリー・ンディアイに合流してもらいました。母性というテーマにとても興味を持ってくれて、この作品のマチエール(材料・素材)を伝えるということ、そして自分たちそれぞれの経験をオープンに話したのです。それを集約する形で第1稿ができてきました。

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――最終弁論での弁護士の印象的なセリフは創作ですか?

実際の被告の弁護士が書いたものだと思ってほしいです。あのシーンは、実際の彼女の弁護の仕方からインスパイアされました。脚本を作った私たちはキマイラ、母子間の細胞の移行という要素を付加し、そのことで素材が有機的なものになったと思いました。

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――サントメールという土地をタイトルにした理由を教えてください。

サントメールはフランスの北部の町で、そこの住人は中流階級の白人がほとんどです。そんな場所の裁判所で、教養のある黒人女性が裁かれる――それはフランスの断絶社会のメタファーではないかと思うのです。ですので、その地名を敢えて使いました。ラカンの精神分析的な意味で言えば、フランス語で「サントメール」は“聖なる母親”という意味にも取れるのです。

――ラマとロランスを演じた女優たちの存在感も素晴らしいものでした。

この作品のあのふたりの役に関しては、あて書きといっても過言ではありません。私はドキュメンタリー出身なので、フィクションの役柄を作り上げていくというよりは、演じる彼女たちそのもの、身体性や生命力、強さや繊細さが役柄に現れるとよいと思ったのです。

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