【「君たちはどう生きるか」評論】宮崎駿監督の美意識とイマジネーション、死とエロスのムード
2023年7月15日 17:00
事前発表はタイトルとポスタービジュアルのみ、公開まで宣伝を一切しないという前代未聞の施策で封切られた宮崎駿監督の10年ぶりの新作。国民的アニメーション作家として愛されている宮崎監督の長編がもう1作見られる。それだけをフックに、宣伝をしないで映画館に足を運ぶ人が日本にどれだけ存在するのかが可視化される、一種の社会実験とも言える試みで、情報過多の今の時代にマッチはしているものの実行は難しい奇策をやってのけた鈴木敏夫プロデューサーの剛腕ぶりには驚かされた。
タイトルの「君たちはどう生きるか」は、2017年に漫画版がベストセラーになった1937年発表の小説から採られているが、作中で主人公の少年が読んでいるぐらいの関係で、ストーリー自体は宮崎監督オリジナルのものだ。ただ物語の大枠は、宮崎監督が「ぼくをしあわせにしてくれた本です」と推薦文を寄せたジョン・コナリー氏による海外ファンタジー小説「失われたものたちの本」に触発されていて、母を亡くして心を閉ざしている少年が異世界を旅することで、現実世界を受けいれて成長する冒険譚が描かれている。戦時中の現実世界、軍事に関する仕事をしている父と継母の存在、主人公を異世界にいざなう異形のキャラクターなど両作には共通点も多い。
「風立ちぬ」から地続きの、戦時中の日本を舞台にした宮崎監督の自伝的要素もふくんだ前半の現実世界パート、宮崎監督のイマジネーションがほとばしる後半の異世界パートに共通して感じられたのは、宮崎監督がこうありたいと考える美意識と、全体にただよう死とエロスのムードだった。主人公の少年は初対面の相手には必ずお辞儀をし、例え自分を襲った相手でも弔うことを忘れない。冒頭の東京大空襲のシーンで、家から飛び出す前に寝巻から着物に着替える様子を丹念に描くところも心に残った。
後半の異世界パートは、「千と千尋の神隠し」「崖の上のポニョ」「風立ちぬ」の終盤でも描かれた“死の匂い”が強くわきたつ異界めぐりの描写が延々と続く。主人公のバディとなるアオサギ(サギ男)をはじめ、ペリカンやインコなど主に鳥をモチーフに、今なら3DCGで作りそうな大量の群れがわらわらと動く様子が、途方もなく手間がかかったであろう手描きのアニメーションで描かれ、中盤で主人公が魚を解体する場面では、メタファーとは思えないほどの官能性が感じられた。
鈴木プロデューサーは、作り手の個人的なことを描いた作品は作らないよう歴代監督たちに言い続けてきたが、今回初めて宮崎監督に、「思うとおり、好きなものを作って下さい」と伝えたことを雑誌の取材で語っていた。そのために製作委員会方式ではなくジブリ単独出資で製作され、公開前の宣伝なし施策にもつながっている。言わば究極のプライベートフィルムなわけだが、作品から感じとれるものはこれまで以上に公共性が高く、今を生きる私たちに響くものだった。
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