不倫がテーマの傑作「花様年華」「ブロークバック・マウンテン」「あちらにいる鬼」、そして最近の報道を考える【二村ヒトシコラム】
2023年6月25日 21:00
作家でAV監督の二村ヒトシさんが、恋愛、セックスを描く映画を読み解くコラムです。今回は、不倫をテーマにした傑作映画「花様年華」「ブロークバック・マウンテン」「あちらにいる鬼」と、昨今の報道についてのお話です。
有名な人が不倫しているという報道がすごくて、映画を観ているひまもありません。
週刊誌だけでなくテレビでもインターネットでもみんないろいろ言うものだから見たくもないのにそれが目に入ってしまい、つい自分ごとにかさねて不倫行為への憎しみやさみしさを刺激されてしまう、まじめな人がたくさんいます。自分の配偶者の不倫、自分の両親どちらかの不倫で傷つけられてきた人は男性にも女性にも、たくさんいます。
そもそもこれって報道するべきことなのか、世の中にはもっと報道しなきゃいけないのにされてないことがあるだろうと言ってマスコミへの怒りをつのらせる別の意味でまじめな人もたくさんいます。
本音では不倫がそんなに悪いことだは思えないし、なんなら自分もやってるし、だけど世の中の多くの人がなんだかんだ言ってその報道を見たがるんだから仕方ないじゃない、報道というのは人が見たがるものを人に伝えるエンタメなんだよとひらきなおってるマスコミの人もたくさんいるんでしょう。
そういえば不倫をしたと世の中から責められているあの有名な人のことをわたしは若いころほんとうに好きだったなあ、あの人がそんな、わたしが見たことも聞いたこともないような(想像することはできるけど)みだらなセックスや、やってはいけない恋愛を、わたしがよく知らない人を相手にわたしが知らないうちにしまくっていたのかと、うっすら傷ついている人もたくさんいるでしょう。
人を怒らせたり興奮させたり感傷にひたらせたり、たくさんの人に伝えてお金を儲けたりするのは報道の役目なのか、映画の役目なのか。
報道というのは、まったく客観的なものではなく、むしろ「これが正しいこと、これがやってはいけないこと」と決めて「こらしめるべき悪いやつらはあいつら」と多くの人を洗脳する仕事が報道なのだという考えかたもあるでしょう。報道される側の人間が一枚上手で、報道を自分に有利に使いこなしてしまう場合もある。
わかったこと(ほんとに?)だけを報道するのが報道で、わかることができない個々の当事者の事情やこまかい感情まで報道はできません。それを描くのが映画だとすれば(たとえドキュメンタリー映画であったとしても)なにが「正しいこと」なのか、なにが「やってはいけないこと」なのか、観るとかえってわからなくなってしまうようなものこそが映画なのだという気もする。
などと理屈っぽいことを考えてるひまがあったら、おもしろい不倫の映画を1本でも多く観たほうがいいような気もする。
不倫の映画といえば「花様年華」です。2000年の製作ですが、そのスタイリッシュさ、陰影や衣装の色彩の美しさは古くなってません。むしろ公開されて何年かはこのスタイリッシュさをまねた映像がたくさんありすぎたから、いま観てこそみずみずしい映画かもしれない。
偶然によって出会ってしまった(ということは物語の中では「これはもう出会うしかなかった」ということです。現実には、偶然にそんな意味はないんですけど)それぞれ既婚者である男と女が、じっくり恋におちていく。二人はセックスはしません。だから人によっては「これは不倫映画じゃないじゃないか」と思うかもしれません。しかし、しないからといって映画がエロくないわけではない。ウォン・カーウァイは、そんな道徳的な監督ではありません。
ごみごみした生活感あふれる街の中で、せまくるしい間借りの住まいや旧式のオフィスで、美しいチャイナドレスを着こなすマギー・チャンの肢体、エロすぎませんか? チャイナドレスが日本や西洋の女性の伝統衣装とちがって、脱いでないときがもっともエロい、女性のエロさというものを服の中にかくす気がない、着ているときのほうがむしろ裸である、そういう服であることがこの映画でよく理解できます。
セックスしない不倫の話にしようと思いついてチャイナドレスに凝ることにしたのか、マギー・チャンにチャイナドレスを着せるとエロすぎるからセックスさせないでもお腹いっぱいだと監督も思ったのか(そんなこたぁないか)、とにかく映画とは衣装までふくめた総合芸術だというのはこういうことかと思いました。
恋がはげしくなっていくのに、はげしい雨も降ってくるのにセックスは我慢する美しい男(トニー・レオン)。彼には、なにも我慢しない欲望まみれの友人がいます。美しい主人公の影のような、分身のようなこの友人は、みにくい顔をしています(この演出を現在の映画でやると時代遅れな感じがしてしまうルッキズム!)。友人は欲望に忠実に動いているからなのか、やることもみにくいのに、そして孤独っぽいのに、さみしくはなさそうです(ただし多少いらいらしているようには見える。モテないからでしょうか)。そして意外といいやつです。
セックスしないで恋だけがある不倫というのは、欲望を我慢する(なのに継続してしまう)恋というのは、どういうことなんでしょう。
風俗だったらバレないよう行ってくれれば、そして病気さえ持って帰ってこなければ我慢する、もしくは許可するという妻も夫も(風俗店を利用するのは男性ばかりとは限りません)いるのでしょう(ただし現在、風俗にも素人にも性病は蔓延しています)。
行為だけよりも感情のほうが許せない、よっぽどひどいと感じる夫も妻もいるでしょう。
この映画で美しい男と美しい女を恋に駆りたてていくのは、妻や夫と感情を共有できなくなってしまったさみしさです。生きているのに不在の人間とは何も共有できない。そもそも夫も妻も映画の中に登場すらしません。もしかしたら夫や妻は不倫の相手とよく似た顔の、よく似た人物なのかもしれません。
トニー・レオン演ずる男には、やりたいことがありました。登場しない妻とちがって、恋の相手であるマギー・チャンは、彼のやりたいことに寄りそってくれるわけです(もちろん、そのように感じてしまっているのは単にトニー・レオンの勘違いであるという可能性もあります)。
この映画は妻を登場させないことで「妻が寄りそってくれれば、彼は女に惹かれないで済んだんじゃないか」「いや、そもそも男のほうは妻と話をする努力はしたのか」「不倫された側が怒るのは、嫉妬というより、自分が侮辱されていると感じるからじゃないのか」といった議論を生まないよう、巧妙に設定された寓話だと思いました。
あと2本、不倫映画の傑作をあげさせてください。
1本は2005年の「ブロークバック・マウンテン」です。不倫関係で結ばれる主人公カップルは二人とも男性です。二人は青春の日に、さみしさと肉欲からおたがいをむさぼり、 やがてそれぞれ女性と結婚(いろいろ事情があったのです)したのち再会して、もう一度こっそり男同士の愛をはぐくんでしまいます。
この映画が僕は大好きで、拙著「あなたの恋がでてくる映画」でも一章たっぷり書いたので機会があったらぜひそちらもお読みいただきたいのですが、ここで「花様年華」と対比させて書くなら、「ブロークバック・マウンテン」には不倫されてしまう側である主人公たちの妻たちがそれぞれ登場し、なにを考えていたかもわかります。だからこそ主人公たちの混乱した感情もくっきりとわかる。とにかく四人とも名演です。
ヒース・レジャー演じるイニスは、わかりやすい愛着障害者です。そしてその孤独な感じが非常に可愛らしいのです。さらにまずいことに中年になっても、なお可愛らしい。妻(ミシェル・ウィリアムズ)からは強烈に憎まれることになります。
ジェイク・ギレンホール演じるジャックは、ゲイとしての自分を受け入れながら、妻(アン・ハサウェイ)のこともうまく愛そうとします。じっさい愛しているのです。しかしジャックの欲望は、いくつになっても男に向いてしまう。
欲望も恋も憎しみも、どうしても手に入らないものに向けられてしまう。この映画はとても普遍的な物語だと思うのです。世の中の不倫をする男も女も、みんなイニスとジャックのあいだのどこかにいる存在です。少々ネタバレ気味に書きますが、心の苦しみがあふれだしてさまざまなことがうまくいかない人生と、いわゆる「墓場まで持っていく」器用な人生の対比も劇的に皮肉に描かれます。
もう1本、「あちらにいる鬼」(2022)という映画も、ぜひ観ていただきたいです。こちらも公開時に映画.comのコラ厶 (https://eiga.com/extra/nimurahitoshi/6/)で書きましたので今回は多くは語りませんが、広末涼子さんが出ています。不倫される側の妻の役です。すばらしい演技でした。
「ブロークバック・マウンテン」も「あちらにいる鬼」も、「花様年華」に負けないくらい美しい映画ですが、みにくくて、いたたまれない部分があります。「あちらにいる鬼」は実話をもとにしていますし「ブロークバック・マウンテン」のような結婚と不倫は(同性愛でなくても)この世にたくさんある。
報道と映画のちがいは、多くの報道は基本みにくいことだけを伝えるもので(そういうのが「おもしろい報道」で)、そこに美しさを見出したものが映画なのかな。
つまらない映画というのは見出された美しさが予定調和の嘘っぽい美しさで、ほんとうっぽい美しさを見つけ出せると感動する映画になるのかな。でも、ほんとうっぽい美しさって何なんでしょうね。
関連ニュース
映画.com注目特集をチェック
関連コンテンツをチェック
シネマ映画.comで今すぐ見る
第86回アカデミー作品賞受賞作。南部の農園に売られた黒人ソロモン・ノーサップが12年間の壮絶な奴隷生活をつづった伝記を、「SHAME シェイム」で注目を集めたスティーブ・マックイーン監督が映画化した人間ドラマ。1841年、奴隷制度が廃止される前のニューヨーク州サラトガ。自由証明書で認められた自由黒人で、白人の友人も多くいた黒人バイオリニストのソロモンは、愛する家族とともに幸せな生活を送っていたが、ある白人の裏切りによって拉致され、奴隷としてニューオーリンズの地へ売られてしまう。狂信的な選民主義者のエップスら白人たちの容赦ない差別と暴力に苦しめられながらも、ソロモンは決して尊厳を失うことはなかった。やがて12年の歳月が流れたある日、ソロモンは奴隷制度撤廃を唱えるカナダ人労働者バスと出会う。アカデミー賞では作品、監督ほか計9部門にノミネート。作品賞、助演女優賞、脚色賞の3部門を受賞した。
父親と2人で過ごした夏休みを、20年後、その時の父親と同じ年齢になった娘の視点からつづり、当時は知らなかった父親の新たな一面を見いだしていく姿を描いたヒューマンドラマ。 11歳の夏休み、思春期のソフィは、離れて暮らす31歳の父親カラムとともにトルコのひなびたリゾート地にやってきた。まぶしい太陽の下、カラムが入手したビデオカメラを互いに向け合い、2人は親密な時間を過ごす。20年後、当時のカラムと同じ年齢になったソフィは、その時に撮影した懐かしい映像を振り返り、大好きだった父との記憶をよみがえらてゆく。 テレビドラマ「ノーマル・ピープル」でブレイクしたポール・メスカルが愛情深くも繊細な父親カラムを演じ、第95回アカデミー主演男優賞にノミネート。ソフィ役はオーディションで選ばれた新人フランキー・コリオ。監督・脚本はこれが長編デビューとなる、スコットランド出身の新星シャーロット・ウェルズ。
ギリシャ・クレタ島のリゾート地を舞台に、10代の少女たちの友情や恋愛やセックスが絡み合う夏休みをいきいきと描いた青春ドラマ。 タラ、スカイ、エムの親友3人組は卒業旅行の締めくくりとして、パーティが盛んなクレタ島のリゾート地マリアへやって来る。3人の中で自分だけがバージンのタラはこの地で初体験を果たすべく焦りを募らせるが、スカイとエムはお節介な混乱を招いてばかり。バーやナイトクラブが立ち並ぶ雑踏を、酒に酔ってひとりさまようタラ。やがて彼女はホテルの隣室の青年たちと出会い、思い出に残る夏の日々への期待を抱くが……。 主人公タラ役に、ドラマ「ヴァンパイア・アカデミー」のミア・マッケンナ=ブルース。「SCRAPPER スクラッパー」などの作品で撮影監督として活躍してきたモリー・マニング・ウォーカーが長編初監督・脚本を手がけ、2023年・第76回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリをはじめ世界各地の映画祭で高く評価された。
「苦役列車」「まなみ100%」の脚本や「れいこいるか」などの監督作で知られるいまおかしんじ監督が、突然体が入れ替わってしまった男女を主人公に、セックスもジェンダーも超えた恋の形をユーモラスにつづった奇想天外なラブストーリー。 39歳の小説家・辺見たかしと24歳の美容師・横澤サトミは、街で衝突して一緒に階段から転げ落ちたことをきっかけに、体が入れ替わってしまう。お互いになりきってそれぞれの生活を送り始める2人だったが、たかしの妻・由莉奈には別の男の影があり、レズビアンのサトミは同棲中の真紀から男の恋人ができたことを理由に別れを告げられる。たかしとサトミはお互いの人生を好転させるため、周囲の人々を巻き込みながら奮闘を続けるが……。 小説家たかしを小出恵介、たかしと体が入れ替わってしまう美容師サトミをグラビアアイドルの風吹ケイ、たかしの妻・由莉奈を新藤まなみ、たかしとサトミを見守るゲイのバー店主を田中幸太朗が演じた。
文豪・谷崎潤一郎が同性愛や不倫に溺れる男女の破滅的な情愛を赤裸々につづった長編小説「卍」を、現代に舞台を置き換えて登場人物の性別を逆にするなど大胆なアレンジを加えて映画化。 画家になる夢を諦めきれず、サラリーマンを辞めて美術学校に通う園田。家庭では弁護士の妻・弥生が生計を支えていた。そんな中、園田は学校で見かけた美しい青年・光を目で追うようになり、デッサンのモデルとして自宅に招く。園田と光は自然に体を重ね、その後も逢瀬を繰り返していく。弥生からの誘いを断って光との情事に溺れる園田だったが、光には香織という婚約者がいることが発覚し……。 「クロガラス0」の中﨑絵梨奈が弥生役を体当たりで演じ、「ヘタな二人の恋の話」の鈴木志遠、「モダンかアナーキー」の門間航が共演。監督・脚本は「家政夫のミタゾノ」「孤独のグルメ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭。
奔放な美少女に翻弄される男の姿をつづった谷崎潤一郎の長編小説「痴人の愛」を、現代に舞台を置き換えて主人公ふたりの性別を逆転させるなど大胆なアレンジを加えて映画化。 教師のなおみは、捨て猫のように道端に座り込んでいた青年ゆずるを放っておくことができず、広い家に引っ越して一緒に暮らし始める。ゆずるとの間に体の関係はなく、なおみは彼の成長を見守るだけのはずだった。しかし、ゆずるの自由奔放な行動に振り回されるうちに、その蠱惑的な魅力の虜になっていき……。 2022年の映画「鍵」でも谷崎作品のヒロインを務めた桝田幸希が主人公なおみ、「ロストサマー」「ブルーイマジン」の林裕太がゆずるを演じ、「青春ジャック 止められるか、俺たちを2」の碧木愛莉、「きのう生まれたわけじゃない」の守屋文雄が共演。「家政夫のミタゾノ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭が監督・脚本を担当。