池袋の映画館の椅子が東北最古の老舗映画館へ! ディープな魅力に圧倒される福島・本宮映画劇場【世界の映画館めぐり】
2023年6月18日 10:00
今年1月に池袋HUMAXシネマズが地下2スクリーンの閉館に伴い、実際に使用されていた椅子を販売し、SNSなどを中心に大きな話題を集めました。購入者は一般の映画ファンが中心でしたが、約230脚のうち10脚を購入したのが、福島県本宮市にある1914年創業の東北最古の映画館(現在は不定期営業)、本宮映画劇場です。この春、椅子の設置が完了したとの知らせを受け、映画.com編集部が取材を敢行しました!
100年を超える本宮映画劇場の歴史は現館主・田村修司さんの三女・田村優子さんによる著書「場末のシネマパラダイス」(筑摩書房)に詳しく記述されています。映画館で映画を見ることが庶民の大きな娯楽だった時代のお話から、経営存続の困難さと田村さんの努力、独自の視点でのユニークな作品選定やポスター掲出秘話など、映画ファンにはたまらないエピソードが、魅惑的な写真とともに盛りだくさんの1冊です。また、最近は日本に興味のあるフランス語圏在住者向けのフリーペーパー「Zoom Japon」の福島特集で取り上げられ、国際的にも注目されています。
本宮映画劇場は東北新幹線が停車する郡山から在来線で3駅先の本宮駅のほど近くに位置します。新幹線で北関東を抜ける頃、車窓がのどかな田園風景に移り変わります。筆者は東北地方に親類がいるので、かつての旅でこの新幹線に乗った際、ブルーシートで覆われた屋根を見て胸が痛んだことを思い出しました。今も大きな天災はいつどこで発生するかわからないので、誰もが忘れてはいけない記憶ですね。
本宮駅周辺は地方都市らしいのどかな雰囲気が広がります。取材時間まで少し時間があったので、徒歩で市内を散策しました。野花が咲き乱れる道のわきの用水路に澄んだ水が流れ、小さな緑の稲の苗が植えられた田んぼにはおたまじゃくしを発見。脳内で「カントリー・ロード」のサビをリフレインさせながら都会では味わえない豊かな自然を堪能しました。
駅前では何やら目立つモニュメントを発見しました。戦中、戦後に活躍された伊藤久男さんという本宮出身の歌手です。マイクを持った銅像が独創的で、なんと押しボタン式で素晴らしい歌声も聞けます。伊藤さんはかつて本宮映画劇場でリサイタルも行ったそう。初めての街で、自分の知らない時代の文化に出合ったり、触れることは旅の楽しみの一つですね。
そんなこんなで市内をぶらぶら歩いていたら、劇場に着く前に館主、田村修司さんにばったりお会いできました。柔らかなピンク色の外観の劇場が目を引きます。優子さんと合流し、館内を案内してもらいます。さっそく入口を見ると、ジャーン! あの池袋の椅子が2脚鎮座し、来客を出迎えます。ここが日ごろの館主の定位置なのだとか。
スクリーンのあるホールに入る前に、映写室を見学します。ここがすごいのです。カーボン式映写機という昔ながらの機材があり、それを水銀整流器というこれまた今となってはレアな機械で作動させます。「電流の種類が大事」と上映方法の説明を受けましたが、その仕組みが魔法のようで、筆者にはなかなか理解が難しいものでした。
館主も若い頃に技師さんの仕事ぶりをずっと見ながら覚えたとのこと。現在の日本でこれらの機材を取り扱える人はほとんどいないそうなので、この技術、なんとか後世に伝わってほしいものです。その後は、昔の映画のフィルムや、館主が様々な作品をつなぎ合わせたという特別編など、デジタルではなくアナログな“もの”として残る貴重な資料の数々を見せていただきました。
そして、お待たせしました。いよいよホールに入ります。正面から見て左手に8脚が設置されています。昭和期に館主が設置したという木製の椅子に並んで、21世紀に活躍した椅子が並びました! 池袋の繁華街から自然豊かな福島の老舗劇場でのセカンドキャリアがスタートです。クッション性が高い椅子は館主いわく「うちには贅沢すぎるかな(笑)」とのことですが、土地柄お年寄りも多いので、特別席として活用しようという案もあるそうです。この日は、美空ひばり主演作「新蛇姫様 お島千太郎」(65)予告編を拝見。年季の入った味のある建物で見る古い映画から、当時の空気感も伝わってくるようです。
昭和期の映画館は華やかな興行の場であり、ここ本宮映画劇場でも映画上映以外にコンサートなども行われました。館主は「美空ひばり以外の(昭和の)スターはほとんど来た」と振り返ります。舞台に上ってごらんなさいと促され、壇上に上がると景色が一変します。「ここに上ってライトを浴びて、観客を見渡せるのは限られた人だけ」と館主。つかの間のスター気分を味わいました。
館内のあちこちに昭和の映画ポスターや旗、パネルが飾られています。また、ストリップ劇場の輝く看板などもディスプレイされており「閉館した施設からいろんなものを譲り受け引き継いでいる」と優子さん。映画だけでなく、消えゆく古き良き文化の名残を見ると、自分がリアルに体験したわけではないのにノスタルジックな気分になります。
劇場内の見学の後は取材タイムです。20代で先代からこの劇場を継ぐことになった館主が本宮映画劇場の歴史を語ってくださいました。今も昔も小さな劇場の継続は大変だったとのこと。サラリーマン生活と二足のわらじで、ご家族と映画館を守り続けたその半生が映画のようです。「館主のお好きな映画のジャンルは?」と尋ねても、「商売だから私は見るひまがないの」「新聞の評判を見て、浅草や銀座で流行った娯楽映画をかける。田舎では黒澤明でも満席にはならないからね」とあくまで経営者の目線で作品選定をしていたそう。そんなシビアな言葉とは裏腹に、目を細めながら手描きの看板やポスターを見せてくれたり、様々な作品のお話をしてくださるその姿からは映画と映画館への愛があふれていました。
現在、定期的な作品上映はありませんが、電話で事前予約をすれば館主が劇場案内をしてくださいます。レトロな館内と、新旧の映画館の歴史を知る椅子の対比、そして田村館主の存在と語りも含めて、国の重要文化財に指定してほしいくらいのディープな体験ができることは間違いなしです。そして、来年あたりには上映会も予定されているそう。池袋から来た椅子の本宮デビューが楽しみですね。新情報は、本宮映画劇場のSNS(FB、Twitter、Instagram)で告知されます。
そして、本宮映画劇場に興味を持った関東地方にお住まいの方に朗報です。7月5日から17日まで、神保町・ネオ書房アットワンダー店で「本宮映画劇場ポスター展」が開催されます。一度はまったら抜けられない本宮映画劇場ワールドに触れられるチャンスです。こちらも詳細は公式SNSでご確認ください!
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