【「アルマゲドン・タイム ある日々の肖像」評論】終末論の時代を背景に描く苦い成長物語が今に響く理由
2023年5月14日 19:00
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ユダヤ教やキリスト教などで「善と悪の終末的な戦争」を意味する“ハルマゲドン”(英語の発音に近い表記ではアルマゲドン)という言葉。日本の昭和世代なら大ベストセラー「ノストラダムスの大予言」で有名な五島勉の1970年代以降の著作群や、地下鉄サリン事件等を起こしたオウム真理教の教義に関する報道で知った人も多いだろうし、映画好きなら流星雨がもたらす地球滅亡の危機との戦いを描いたSF超大作「アルマゲドン」(1998)を思い出すだろうか。
さて、「アルマゲドン・タイム ある日々の肖像」は、ニューヨーク出身のジェームズ・グレイ監督が少年期の体験をもとに、自ら脚本を書いて映画化した最新作だ。時は1980年、ウクライナ系ユダヤ人移民の祖父母を持つ中流家庭の末っ子ポールは公立学校に通う12歳。機知に富み包容力のある祖父(アンソニー・ホプキンス)になついているが、教育熱心な母(アン・ハサウェイ)や働き者だが厳しい面もある父(ジェレミー・ストロング)に反抗的な態度をとることも。音楽や宇宙ロケットなど関心事が近い黒人の同級生ジョニーと仲良くなるが、2人が校内で起こした問題のせいで、ポールは私立学校に転校させられてしまう。
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グレイ監督が個人的な記憶と経験を誠実に脚本に反映させたという物語は、たとえば祖父との心温まる絆や、画家になる夢のユーモラスな空想場面など明るい要素も若干あるが、基調は自省的でメランコリックなムードが覆う。ポール少年はいくつかの過ちを通じて、階級的格差や人種差別といった社会の現実に否応なく気づかされ、周囲と自らを傷つけながらも、不確かな未来へとまた歩き出す。同様の映画監督の自伝的作品でも、映画作りに打ち込むポジティブな喜びが優勢だったスティーブン・スピルバーグ監督の「フェイブルマンズ」とは好対照だ。
映画の題と当時の米国社会について若干の補足説明を。まず原題の「Armageddon Time」は、ジャマイカ出身のレゲエ歌手ウィリー・ウィリアムズが1979年に発表し、同年に英国のパンクバンド、ザ・クラッシュが代表曲「ロンドン・コーリング」のシングルB面でカバーした同名曲(本編のBGMでも流れる)にちなむ。歌詞は「大勢が夕食にありつけず 正義も得られない/現状を蹴とばせ 誰も導いてはくれない」など、格差社会を打破する階級闘争をほのめかす内容だ。また、1980年に共和党から立候補し第40代大統領になったタカ派のロナルド・レーガンが、善なる米国と悪の諸外国との戦いを“アルマゲドン”と表現していたことも、劇中の対談番組で示される。
政治つながりでは、ポールが転校した私立学校の有力な支援者である不動産開発業者フレッド・トランプ(第45代大統領ドナルド・トランプの父親)と、その娘で法律家のマリアン(演じるのはジェシカ・チャステイン)が登場する点も見逃せない。ドイツ系移民の子で白人至上主義団体KKKに所属していたとの噂もあるフレッドが、ポールがユダヤ系だと気づいて見下した態度をとったり、マリアンが来賓スピーチでエリートとして成功するための心構えを説いたりするエピソードは、のちに格差と分断を広げたトランプ政権につながっているのだと気づかされる。さらに言えば、ポールの祖父から語られた、ロシアのコサック兵がウクライナの村でユダヤ人を虐殺した話も、今なお続くロシアによるウクライナ侵攻と呼応する。ポール少年が向かう暗い夜道は、この不穏な現代の世界へ確かに続いているのだ。(高森郁哉)
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