【インタビュー】新海誠監督がエンタメ映画に込めた覚悟 「すずめの戸締まり」で辿り着いた境地

2022年11月12日 12:00

取材に応じた新海誠監督
取材に応じた新海誠監督

集大成にして最高傑作。そんな言葉がふさわしい新海誠監督の最新作「すずめの戸締まり」が、ついにベールを脱いだ。「君の名は。」「天気の子」を大ヒットに導いた新時代のヒットメーカーが新たに生み出したのは、日本各地の廃墟を舞台に、災いの元となる“扉”を閉めていく旅をする少女・すずめの解放と成長を描く冒険物語。「10年間は、ずっと2011年のことを考えながら映画を作っていた」と振り返る新海監督は、最新作で3・11を描くという挑戦にも臨んだ。その理由は? 王道のエンタテインメントを突き詰め、たどり着いた境地と哲学を大いに語ってくれた。

※本記事は「すずめの戸締まり」の本編の内容について触れております。未見の方はご注意ください。


――ヒロインが日本各地の廃墟に点在する“扉”を閉めていく。そんなストーリーに込めた思いを教えてください。

一言で表すと「場所を悼む物語」を作りたかったということですね。前作「天気の子」の舞台挨拶で各地を回ったり、実家(長野県)に帰省したりした際に、過疎化が進んで、空き家が増えたり、かつての賑わいが失われた場所をたくさん目にしたんです。僕の実家は建築業でしたし、何か新しい建造物を作るとき、祈りを捧げる地鎮祭のような儀式をする風景も記憶に残っています。でも、反対に町でも土地でも“終わる”ときは、故人を悼むお葬式のような儀式は存在しない。それであれば、人々の思いや記憶が眠る廃墟を悼む、鎮める物語はどうだろうかと考えたんです。

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――その結果、主人公の岩戸鈴芽(すずめ)と、“災い”をもたらす扉を閉めることを使命とする「閉じ師」の青年・宗像草太が旅するロードムービーに仕上がりました。「君の名は。」「天気の子」とは異なるテイストで、新鮮さを感じました。

場所を悼むという物語の原型を膨らませると、ストーリーの構造上、必然的にロードムービーといった形式になりましたね。制作を始めたのは、コロナ禍でちょうど最初の緊急事態宣言が出た頃なので、積極的なロケハンはできませんでしたが、すずめが暮らす九州から、神戸を経由し……という感じで場所を選び、物語をより具体的に形作っていきました。


■40代の10年間、ずっと2011年のことを考えながら映画を作ってきた

――鈴芽と草太の関係性も、「君の名は。」のような青春ラブストーリーとは明らかに異なるものになりました。

映画としては、一種の相棒もの、バディムービーだという感覚で描いていました。今は「君の名は。」で描いた“運命の赤い糸”的な恋愛関係を描くことに、それほど興味を持てなくなっていて。年齢的な理由もあるのだと思いますが。逆に、キャラクターの人間関係という意味では、鈴芽と叔母の環も重要なんですが、これは40代前半の自分では描き切れなかった関係性かもしれません。自分が年齢を重ねて子どもが成長したり、親子関係を考える機会が増えたりした結果、興味が強くなり描きたくなったモチーフだと思います。

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――物語の構造、主要キャラクターの関係性に加えて、「すずめの戸締まり」では実際に起こった出来事がダイレクトに語られている点も、挑戦だったと思います。劇中で2011年3月11日に発生した東日本大震災について、直接言及した理由を教えてください。

2011年に起こったあの出来事は、実際に被害に遭われた方々の心はもちろん、日本という国の歴史までも大きく書き換えてしまった気がします。もちろん、僕自身の気持ちもそう。あの出来事以前と以後では、どこか物事の捉え方も違っているような気がして……。そういう意味では2011年を境に変わってしまった自分が、「君の名は。」「天気の子」という作品をつくってきた。そんな気がしますね。

実際にどちらの作品でも、2011年の出来事を、形を変えながら、描いてはいたんです。1000年に一度の巨大な彗星がもらたす災害も、止まない雨がもたらす水害も、自分の中では震災のメタファーでした。世界が書き換わってしまった強烈な記憶がベースとなっていて、「君の名は。」から「すずめの戸締まり」まで、40代の10年間、ずっと2011年のことを考えながら映画を作っていたと言っても過言ではありません。

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■自分の観客ってどんな人なんだろう……

――例えば「君の名は。」の瀧くんは、数年前に起こった彗星衝突の事故をまるで忘れてしまっているように見えました。震災が忘れられてしまう、という危惧もありましたか?

今、描かなければ遅くなってしまうなという焦りのような気持ちもありました。僕の娘は震災の前年に生まれて、今12歳。震災の記憶はないんですよ。10代の若い観客も同様で、当時生まれていたけれど、どこか教科書の中の出来事になり、実感があまりないのではと。あれほど僕らにとって巨大な出来事だったのに、11年が経って、共通の体験として分かってもらえないようになっていて。あの日、多くの人々がまざまざと感じた強い揺さぶりを、改めて共有するタイミングは、今でなくては遅くなるのではないかと思いました。

加えて、11年の歳月が経ったことで、あの頃の自分たちには作れなかったものが今なら作れるのではないかと思いました。観客にしても、当時ならば震災を描く映画を見たくないと思っていたけれど、今であれば「見てもいい」と言ってくれる人もいるんじゃないかと思うんです。時間が経過し、自分や社会がそうやって変化したことも、直接扱おうと思った理由の一つです。

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――作品づくりの過程で、「こんな観客に届けばいいな」といった具体的なイメージを抱くことはありますか?

初期の作品のころは、明確に「見てほしい」と思える人がいたんですね。友人や親密な身近な人、それに自分のファンだと言ってくれる人たち。当時は作品の規模も小さく、皆の顔も見えていましたから、具体的に「あの人のために、こんな作品をつくりたい」というイメージがありました。

ただ、キャリアを重ねたいま、そう聞かれて自分の観客ってどんな人なんだろうと改めて考えて思い浮かぶのは……どこか知らない町に住んでいて、学校から帰ってくると、勉強する気にもなれず、テレビや読書にも興味が沸かなくて、漠然と将来に不安を抱きながら、何となく窓の外をぼんやりと眺めている。そういう若い人に見てほしいなと思います。“僕の作品の観客”はそんなイメージなのかもしれません。

だけど、自分の観客だけに向けて作っていても映画は成立しませんから、友だち同士やカップル、家族連れといったどんな世代も退屈させない仕掛けやセットアップは心がけています。それこそが僕らの職業的なテクニックであり、プライドですからね。

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■次は何を作りたいかと聞かれれば……

――「君の名は。」「天気の子」、そして完成したばかりの「すずめの戸締まり」。規模の大きな王道のエンタテインメント作品を世に送り出し、社会現象を巻き起こした新海監督にとって、この10年間はどんな冒険だったのでしょうか?

アニメーション監督として、例えば“10年計画”のようなものがあって、それを実現させるために作品づくりを進めてきたというわけではないんですよね。毎回いっぱいいっぱいで、周りにいてくれるスタッフたちの力を全部使って、何とか1本、ギリギリで形にするという感覚です。「君の名は。」も「天気の子」も、当時自分ができる精いっぱいでの映画だと思っています。なので、今の時点で、自分の全力を込めてたどり着いたのが「すずめの戸締まり」です。

君の名は。」を作り始めた頃は、「東宝で大きなエンタテインメント作品を3本作れればいいなあ」と思った記憶はあるんですよね。年齢的にも体力があり、チャレンジできるんじゃないかと漠然とした気持ちでした。振り返れば、何か一貫したテーマや道筋のようなものがあったような気もするけれど、ある種の挑戦として取り組める映画を毎回作っているというのが実感でした。

だから、今この瞬間、次は何を作りたいかと聞かれれば、白紙ですね。「すずめの戸締まり」の制作は本当につい最近終わったばかりですし。だけど、40代という歳月でちょうど3本の大作を完成させて、じゃあこの後は隠居して小規模の作品に戻りたいとか、そういう気持ちではありません。

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■僕の作品には、悪役が出る幕がない

――大作路線の“戸締まり”ではないと。

はい。きっと「すずめの戸締まり」が公開され観客に届いたことで、またいろんなことが見えてくるでしょうし、そこから徐々に次に作るべきものが見えてくるのではないしょうか。ただ本当に今は、僕自身が出し切った感覚で、からっぽです(笑)。

――新海監督の作品には、いわゆる“悪い人”が登場しない印象もあるんです。脚本の流れで自然なことなのか、それとも意図的に登場させていないのでしょうか?

確かに僕の作品には、悪役らしい人物は出てこないですよね。これに関しては自分が描きたいテーマや物語に、悪役が必要ではなかったというのがシンプルな理由です。今後、新しい物語を描くとき、強烈な悪役が必要だと思えば、恐らくそういうキャラクターを生み出すのだと思います。ただ僕が作品に悪役を登場させなくても、他のいろんな作品に魅力的な悪役はたくさん登場しているし、現実世界にも悪い人はいっぱいいると思うので、わざわざ自分の作品に登場させる必要はないかなとは思います(笑)。

それと「君の名は。」「天気の子」「すずめの戸締まり」に関して言えば、災害という悪意も善意もない、人間の力ではどうにもならない巨大な力が物語の中心にあるので、そういったものに主人公たちが対峙する構造の上では、悪役が出る幕もないんです。“悪い人”が登場しない理由をあえて説明すれば、そういうことになるかもしれません。

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――先ほど、2011年の震災が人々の心、そして日本という国の歴史までも大きく書き換えてしまったという言葉がありました。加えて、2020年から始まったコロナ禍もまた、大きな転換を強いられる“試練”になっています。日本を舞台に作品をつくり続ける新海監督の目に、現在の状況はどのように映っていますか?

理不尽に狭くて不自由な空間に閉じ込められている、という感覚がありますが、その感覚はコロナ禍でより一層強いものになりました。また、コロナ禍に始まり、それに伴う現在進行形の問題も含めて、それへの対応を諸外国と比較することによって、日本が今でも未熟な国であることが明確になってしまったなと思います。何となく、自分たちが住んでいる国は優秀で、いろんな問題にもうまく立ち回っていると思い込んでいたけれど、コロナを通じて、それが幻想だったと客観視できてしまったような気がします。

――「閉じ師」の草太は物語が始まって早々に、ダイジンによって“3本脚の椅子”に姿を変えてしまいます。先日の完成報告会見では、その椅子が「不自由な時代や場所に閉じ込められている」感覚を象徴していると語っていましたね。

僕たちがコロナ禍で抱いている不自由な感覚を、椅子という小さくて硬いものに閉じ込められ、本来のパフォーマンスを発揮できないで苦しむ草太の姿に込めたかったんです。ただ、それと同時に僕たちは日本の風土や文化に深い愛情を持っていて、そこに住み続けている。それはすごく不思議な感覚だなと思います。愛着を抱くと同時に、そこに縛られているような複雑な気持ちもあって、そういう環境の中で作ったからこそ、「すずめの戸締まり」のような作品が生まれたんだとも思っています。

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