ミリオタ視点で観る「トップガン・マーヴェリック」 軍事評論家が戦闘機&訓練学校を紹介
2022年7月9日 10:00
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コロナ禍以降の世界的大ヒット作となったトム・クルーズ主演作「トップガン・マーヴェリック」。日本でも2度、3度と劇場に足を運んだリピーター、4DXでの体感鑑賞が大賑わいとその勢いはとどまることを知らない。今回は、そんな「トップガン・マーヴェリック」をもっと深掘りしたいファンに贈る “ミリオタ”視点の楽しみ方を軍事評論家の岡部いさく氏に紹介してもらった。劇中に出てくる戦闘機F/A-18、F-14(トムキャット)、第5世代戦闘機(Su-57)など機体の詳細、そして、マーヴェリックが活躍する訓練学校について知識を深めてほしい。
「トップガン・マーヴェリック」、公開から1カ月で飛行機ファンの間では、もはや「見た?」ではなくて「何回見た?」になっているくらいの人気だ。飛行機ファンだけじゃなくて、日頃飛行機にも戦闘機にも縁のない層(たとえば60代の女性)でも、見た人は大いに感動してるという話が聞こえてくる。
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そんな「トップガン・マーヴェリック」の主役、いや、人間の方はトム・クルーズだが、そっちじゃなくて飛行機の方の主役は、アメリカ海軍のボーイングF/A-18E/Fスーパーホーネット戦闘攻撃機だ。このスーパーホーネットはアメリカ海軍の主力戦闘攻撃機として、原子力空母に約50機が搭載されている。機種記号F/A-18E/Fのうち、F/AのFはファイターで戦闘機、Aはアタッカーで攻撃機を示す。つまり戦闘機と攻撃機の二役をこなせる機体だ。搭載できる機数が限られる空母の場合、空中戦や防空任務の場合には戦闘機として 、敵地や敵の軍艦を攻撃する任務では攻撃機として使えるF/A-18E/Fはとても重宝なのだ。
F/A-18E/Fの末尾のE/Fは、Eは1人乗りタイプのF/A-18Eを示し、映画だとマーヴェリックとルースター、ハングマンが乗ってる機体だ。Fは2人乗りのF/A-18F型、フェニックス+ボブ組とペイバック+ファンボーイ組の機体だ。どちらも能力と性能は同じだが、F型の方は後席に「RIO(レーダー迎撃士官)」が乗るので、レーダーの操作や攻撃用の目標画像捕捉装置、レーザー照準装置の操作を後席のRIOに任せられる。1人乗りのE型でもパイロットがレーダーや照準装置の操作を行えるんだが、状況によってはパイロットは操縦で忙しくなるので、任務や状況によってはF型の方が役割分担ができて乗員の負担が少ない、という利点がある。
このF/A-18E/F、実は飛行性能の点ではかつてのアメリカ海軍主力戦闘機にして、前作
「トップガン」の主役機、グラマンF-14トムキャットに比べると、いささか劣っている。F-14トムキャットの最大速度がマッハ2.3だったのに対して、F/A-18E/Fはマッハ1.8どまりだ。それに実を言うと、加速性や運動性も他の戦闘機より大して優れていない。いや、優れていないといっても、あくまでも相対的な話であって、F/A-18E/Fが機敏に横転(ロール)したり、旋回したりできるのは映画でご覧の通りだ。とくにF/A-18E/Fの取り柄は「ピッチ・レート」つまり機首を上げるときの素早さだといわれる。映画でもマーヴェリックのF/A-18Eが急に機首を上げて減速、ルースター機の背後に回るという妙技を見せている。
それよりもF/A-18E/Fの強みは、戦闘機にも攻撃機にもなれるという芸域の広さと、空対空ミサイルから地上攻撃ミサイル、対艦攻撃ミサイル、レーザー誘導やGPS誘導の爆弾など多彩な兵器を搭載できることにある。それと進歩したレーダーやデータ通信能力など、情報ネットワークを活かした戦い方ができるのもF/A-18E/Fの特徴だ。この映画じゃF/A-18E/FはちゃんとF型がレーザー照準装置で目標を捉えて、E型がレーザー誘導爆弾をピンポイントで命中させるし、キレの良い運動性を見せてくれるし、立派に主役機を務めてる。マイルズ・“ルースター”・テラーやグレン・“ハングマン”・パウエル、モニカ・“フェニックス”・バルバロとともに、この映画で“スター誕生”か?
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前作「トップガン」の主役機は、戦闘機界の大スター、F-14トムキャットだった。F-14はアメリカ空母艦隊の空を守る防空戦闘機として1974年から使われた。その当時、F-14は強力なレーダーと長距離から中距離、短距離のミサイル、それに接近戦闘での機関砲と隙のない武装を持ち、しかも離着艦の時の低速からマッハ2.3の最大速度まで、速度に応じて自動的に角度が変わって、最適な飛行性能を出せる「可変後退翼」という高度なメカニズムを備えて、優れた運動性で格闘戦にも強く、「世界最強の戦闘機」と称された。実際空戦訓練では、アメリカ空軍の最新戦闘機F-15イーグルに勝ったともいう。F-14は1986年には「トップガン」で主役を務めたのだが、それより前の1980年の「ファイナル・カウントダウン」では、タイムスリップして日本海軍の零戦と格闘戦を演じている。
そんなF-14だったが2006年に退役してしまった。本来は空中戦のスペシャリストで、1990年代から爆撃も行えるよう改修されたが爆弾搭載数は少なかった。“芸域”が広くないのだ。しかも整備に手間がかかり、運用コストも高かった。そんな理由でF-14はF/A-18E/F、とくに2人乗りのF型に取って代わられて、アメリカ海軍からは消えてしまった。
F-14は1970年代に各国に売り込みを図ったことがあって、日本の航空自衛隊にも働きかけがあったが、日本はF-15イーグルを採用して、F-14は当時アメリカ寄りだった帝政時代のイランだけが買い入れた。ところがその後、イランではイスラム革命が起こってアメリカと対立するようになってしまい、アメリカはイランにF-14の予備部品を供給しなくなった。それでもイランはF-14の部品を自国で作ったり工夫して、数は少ないが今でもイラン空軍ではF-14が使われている。2022年現在、世界でF-14を飛ばしている国はイランしかない。では映画に出てくるあの国はどこなのかな?と考えたくなるのだが、そこは映画でははっきり示さずに、わざとぼかしている。
当然アメリカにも飛行可能なF-14は1機もなくて、映画ではサンディエゴの博物館のF-14を借りてきて撮影、飛行シーンはCGだが、非常に良く出来ていて、実機が飛んでいるように見えるのがすごい。映画の途中で敵の基地にF-14がいることが示されて、おや、かつての大スターがカメオ出演か?と思って観ていると、それどころか最後のクライマックスをかっさらってしまうんだから、さすがはF-14トムキャットだ。
ちなみに気がついただろうか?この映画でマーヴェリックが着陸/着艦するシーンは、最後のところだけなのだ。しかもマーヴェリックが着艦させる機体はF-14トムキャット、脚を折ってしまってもう2度と飛べない。これが海軍での最後の任務となったマーヴェリックと、最後の飛行を終えたトムキャットが重なる、という演出なのだね。
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さて、「トップガン」という題名だが、これは映画の冒頭で説明されるように、アメリカ海軍の戦闘機パイロットの実戦訓練学校の通称だ。アメリカ海軍の戦闘機は1960年代のベトナム戦争で、北ベトナム空軍の戦闘機と戦ったが、レーダーとミサイルを装備して性能でも優れているはずのアメリカ戦闘機は、意外なことにベトナム空軍の旧式で装備の劣るソ連製戦闘機に苦戦した。
その原因を研究したアメリカ海軍は、遠くからミサイルを撃てば勝てると信じ込んで、空中戦の奥義を忘れていたのだ、ということに気づく。そこで空中戦の戦法や技術、それに空中戦で不可欠なアグレッシブな意志とイニシアチブをパイロットにたたき込むため、実戦的な空中戦訓練を行う部隊を1972年に、カリフォルニア州ミラマー基地に設立した。それが「海軍戦闘兵器学校NFWS」で、通称が「トップガン」だ。
今日の「トップガン」は「海軍航空戦開発センターNAWDC」という機関の「戦闘攻撃戦術教官SFTI」養成コースとなって、ネヴァダ州のファロン基地で訓練を行っている。前作の「トップガン」はミラマー基地のNFWSが舞台だったが、今作の「トップガン・マーヴェリック」はファロン基地でのSFTI養成コースのお話ではなくて、この「トップガン」での訓練課程を卒業した凄腕のパイロットたちを、マーヴェリックが特別ミッションのためにさらに鍛える、というお話だ。
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そして現れるのが敵の「第5世代戦闘機」だ。この姿はロシアのスホーイSu-57なんだが、厳しい飛行機ファンの目から見ると、細かいところがいろいろ違うそうだ。「第5世代」というのは今日の最新戦闘機の特徴についての総称みたいなもので、F-14トムキャットなどは優れたレーダーとミサイルを装備して、運動性に優れて「第4世代戦闘機」といわれ、F/A-18E/Fスーパーホーネットはそれよりもさらにレーダーや情報能力が進化しているので「第4.5世代」といわれる。「第5世代」はそれにステルス性が加わって、レーダーの他にも赤外線画像装置などのセンサー類が進化、データ・ネットワーク能力も優れてくる。しかもロシアの戦闘機はアメリカの戦闘機をさらに上回る運動性が特徴で、空中で機首を上げてそのまま機体を回転させるというような、とんでもない飛び方ができる。
実のところ、ロシアのSu-57はステルス性やネットワーク能力ではアメリカの第5世代戦闘機F-22ラプターやF-35ライトニングIIには及んでいないと見られ、まだロシア空軍への配備も進んでいない。もちろん外国に輸出されていないので、イラン空軍も持っていない。
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映画の最後に飛ぶのは、第2次大戦で最高の戦闘機と評されるアメリカのノースアメリカンP-51マスタングだ。実はこの機体は本来はP-51の機体にカメラを搭載したF-6偵察機として作られたんだそうだが、実質的にP-51とF-6は同じ機体だから、ここではとりあえず区別しないことにしておこう。P-51は生産機数が1万機以上、1950年代の朝鮮戦争でも使われて、その後民間に売却された機体も多く、今でも170機ぐらいが飛んでいる。トム・クルーズのP-51(本当はF-6…いやいや、区別しないと言ったじゃないか)も、そんな機体の1機というわけだ。
しかし飛行可能なP-51は貴重で、売りに出されると230万ドル以上の値が付くらしい。P-51の予備部品を作ってる会社もあるので、維持することはできるが、その維持費だって相当なものだ。映画の中のピート・“マーヴェリック”・ミッチェルは一介の海軍大佐なのに、その給料でよくまあP-51を所有して飛ばしていられるものだと不思議なんだが、そんなところに突っ込むよりも、自分のP-51を惜しみなく飛ばして、美しいエンディング・シーンを作ってくれたトム・クルーズはやっぱりさすがだ、と思っておこう。
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