「マタインディオス、聖なる村」黒澤明、タル・ベーラに影響を受けたペルーの新鋭が描くアンデスの信仰と暮らし、歴史的な痛み

2022年6月18日 09:00


オスカル・サンチェス・サルダニャ監督
オスカル・サンチェス・サルダニャ監督

ペルーの映画界を牽引する映画運動のシネ・レヒオナル(地域映画)の日本劇場初公開作「マタインディオス、聖なる村」。ロベルト・フルカ・モッタとともに、監督と脚本を手掛けたオスカル・サンチェス・サルダニャ監督のインタビューが公開された。

シネ・レヒオナルとは、ペルーの首都リマ以外の地域で、その地域を拠点とする映画作家やプロダクションによって制作される映画の名称で、娯楽的なジャンル映画から作家性の強いアート映画までタイプは様々だが、いずれの作品もその地域独自の文化や習慣を織り込んでおり、都市圏一極集中ではない多元的なぺルー映画を構成している。本作は、先住民の慣習とカトリック信仰が入り混じった生活の中で、民衆の苦悩と困惑をドキュメンタリー風に描く物語で、撮影は、オスカル・サンチェス監督の故郷である、リマ県山岳部のワンガスカルで行われた。司祭役の俳優以外は、ワンガスカルに暮らす村人たちが演じている。

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<あらすじ>
ペルー、山岳部のある集落。家族を失った悲しみを終わらせるために、村人4人が村の守護聖人・サンティアゴを称える祭礼を計画する。その祭礼は、守護聖人を満足させるために、完璧なものでなければならない。家族を失い、嘆き悲しむ苦痛からの解放を聖人に祈るのだった。祭礼の準備は順調に進むのだが、予期せぬ出来事によって、自身の信仰と、守護聖人による庇護の力に疑問を抱いていく。

――今作が、長編初監督作ですね。

私たちが脚本家、監督、プロデューサーとして初めて手がけた作品で、制作には7年かかりました。このテーマを選んだのは、私たちが傷つけられた社会であるという、拭えない固定観念を問い直したかったからです。

――影響を受けた映画作家(監督)や作品はありますか?

黒澤明監督本人の個人的な恐れを告白した映画「」と、タル・ベーラ監督によるプロの役者を使わないドキュメンタリー・フィクションのアイデアです。これらが「マタインディオス、聖なる村」を創作するうえで貴重なインスピレーションとなりました。

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――この映画は、あなたの出身地であるワンガスカルで撮影されました。出演者は、親戚や知人が多いということですが、撮影中のエピソードを教えて下さい。また、この村で撮影されることで作品に及ぼす影響はありましたか?

映画に出演するのは私の家族と親戚で、「村人」は彼らで構成されています。ワンガスカルは、リマ県ヤウヨス郡の最も忘れ去られた地域に位置する小さな地区ですが、文化的な可能性を秘めており、いつかその保護に取り掛かる公共政策が実現されることを願います。

撮影中のエピソードで一番印象に残ったのは、みんなが教会に出たり入ったりしないといけないときに、一番年を召している方々が高齢にもかかわらず、互いに注意し合いながら意欲的に動いていたことです。映画がこの村で撮影されることで、作品に及ぼす最も大きな影響はやはり住民の暮らしと、緑が枯れている時期のその場所の地理的条件が映し出す光景です。

――アンデスの信仰や暮らしという本作のテーマについて教えてください

この映画には2つの主要なテーマがあります。1つは私たちペルー人が抱えている歴史的な痛みです。500年以上も引きずっている痛みで、スペインによる暴力的な侵略によって生じた痛みであり、今日も私たちの社会のいたるところでさまざまな形で現れている痛みです。

もう1つは文化の変容過程です。支配的な文化と被支配的な文化が不平等な形で出会った結果です。支配的と言うのは、力と暴力によって押し付けられた侵略的な文化だからです。被支配的な文化の方は、侵害され征服されたものの、服従という手段によって初期の介入に立ち向かい、ペルーのアンデスで今日まで続く文化と宗教の融合を生み出しました。

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――映画から未だに残る国内の紛争の傷跡や痛みも感じます。とりわけ「痛み」については、ペルーの詩人、セサル・バジェホを思い起こさせます。何か共通する部分はあるのでしょうか?

おそらく最も共通するのは、歴史的に苦痛を受けたペルーのアンデスの出身であるということでしょう。そして、確かにこの映画の基礎のひとつは、私たちが「複製性の苦痛」と呼ぶセサル・バジェホの理論原理です。苦痛は石の中、土の中、服の中、土壁の中、トタン屋根の中、茂みの中、目の中、皮膚の中、動物の中にあるとうたう理論です。私が子供の頃から見てきた苦痛であり、尊敬する詩人セサル・バジェホの「九つの怪物」や「希望について語る」などの詩で非常にうまく説明されています。

――守護聖人・サンティアゴは、ペルー(またはワンガスカル)でも信仰の対象として実際に存在しているのでしょうか?それは、暮らしの中でどのような存在ですか?

使徒サンティアゴ(聖ヤコブ=「マタインディオス(インディオ殺し)」)はスペインの守護聖人です。侵略者たちにとってサンティアゴ(聖ヤコブ)の姿は、アメリカ大陸への猛攻を鼓舞する役割を果たしました。その時、白馬に乗った戦士に姿を変えた「雷神」が現れ、虐殺を助けたと言われています。ラテンアメリカに使徒サンティアゴを守護聖人とする場所が多く存在するのはそのためです(ペルー、ボリビア、ベネズエラ、エクアドル、コロンビア、アルゼンチン、チリ、メキシコ、パナマ、キューバ、グアテマラ)。ペルーのアンデス山脈では、ほとんどの場所で守護聖人としてサンティアゴの像が祀られています。幸いなことにワンガスカルではありませんが、隣村ではそうです。

――本作の製作において、私たちが住む社会(組織)に対して気付いたことはありますか?

私たちは自分をますます惨めで依存させるような権力構造に縛られていて、そこからなかなか抜け出せないでいることに気づきました。

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――以前、シネ・レヒオナル(地域映画)について「映画は親密であればあるほど普遍的である」と話されていました。ロベルト監督も「多くの人にとって映画製作は経済的、社会的、文化的、地理的に不利な状況にあっても、存在感を示す方法であり、利用されるべきものなのです。その状況は、私たちの意識、視線、そして映画作りに大きな影響をあたえるのです」と話しています。シネ・レヒオナル(地域映画)の今後の役割や期待することがあれば教えて下さい。

ペルーの地域映画の将来の役割は、正直に疑問を投げかける不遜な映画を通して、国境を越えることです。地域映画は、輸出用の疲弊した資本主義映画に対抗するペルーの多文化主義の映画であると、私たちは思っています。

――「マタインディオス、聖なる村」は、日本で初めて劇場公開されるペルーのシネ・レヒオナル(地域映画)です。映画をご覧になる方へ一言メッセージをお願い致します。

マタインディオス、聖なる村」は私たちが自分自身について考え、私たちを脆くしている社会構造について考え、それを壊して取り除く方法を見つけるために必要な映画です。不遜な映画で、象徴的で、戦士のように反抗的な映画です。割れにくいナットのようなものですので、辛抱強くご覧いただけますようお願いします。高く評価していただきありがとうございます。愛を込めてハグを送ります。

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