蜷川実花監督&池田史嗣プロデューサーが目指す、映画製作における幸せのオーバーラップ

2022年5月7日 12:00


撮影現場での蜷川実花監督
撮影現場での蜷川実花監督

創作集団「CLAMP」の人気漫画「xxxHOLiC」が蜷川実花監督のメガホンで初めて映画化され、神木隆之介柴咲コウが主演を務めると発表されたのは、2021年11月23日だった。根強い原作ファンがオンライン上でざわついたが、今作の世界観を踏襲して作り込んだ圧倒的なビジュアルが同タイミングで公開されると好意的な反応が一気に増えたことを記憶している。映画.comでは「ホリック xxxHOLiC」の劇場公開日となる4月29日、初日舞台挨拶を終えたばかりの蜷川監督と池田史嗣プロデューサーに取材を敢行。今だからこそ話せる裏話をたっぷりと聞いた。(取材・文/大塚史貴)

原作「xxxHOLiC」は2003~10年に「週刊ヤングマガジン」(講談社刊)で連載され、単行本の累計発行部数1400万部を突破するベストセラーコミックで、これまでに小説、アニメ、実写ドラマ、舞台など、さまざまな形で話題を呼んできた。刊行当時から原作のファンだった蜷川監督は、約10年にわたり映画化を熱望し、構想を温め続けてきたという。

物語の主人公は、人の心の闇に寄り憑く“アヤカシ”が見える孤独な高校生・四月一日君尋(ワタヌキ・キミヒロ/神木)。ある日、1羽の蝶に導かれ、対価と引き換えにどんな願いも叶えてくれるという“ミセ”に迷い込む。アヤカシの見えない普通の生活を送りたい彼の願いを叶える対価として、“いちばん大切なもの”を差し出すよう囁く主・壱原侑子(イチハラ・ユウコ/柴咲)。同級生の百目鬼静(ドウメキ・シズカ/松村北斗)や九軒(クノギ)ひまわり(玉城ティナ)と日々を過ごしながら“大切なもの”を探す四月一日に、“アヤカシ”を操り、世界を闇に堕とそうとする女郎蜘蛛(吉岡里帆)とアカグモ(磯村勇斗)の魔の手が伸びる。

蜷川監督と池田史嗣プロデューサー(中央左)
蜷川監督と池田史嗣プロデューサー(中央左)

蜷川監督と池田氏は、19年9月に封切られた小栗旬主演作「人間失格 太宰治と3人の女たち」でタッグを組んでおり、今回が2度目の対峙となった。企画が立ち上がってから約10年、紆余曲折を経て「人間失格」と同じチームでの配給、製作となったわけだが、大きな突破口となったのはどのような事だったのだろうか。

蜷川「他であまり話していないのですが、池田さんと合流したという事が実は凄く大きかったんです。長いあいだモゾモゾやっていたのですが、言語化出来ない『あともうひとつなんだよな』という部分を、途中から入って新鮮な目で見た池田さんがスパッと言語化してくれました。それで『やっぱりそうだよね! 池田さんが合流してくれて本当に良かった!』ってなりました。色々な映画の企画を抱えていますが、池田さんに全て入って欲しいと思うくらい鋭いし、私にない視点を持っているから圧倒的に信頼しています。あと、壁打ちの相手としても最高なんです。自分の中でまだ触れない状態だけど、何となく燻っている事をまとめてくれるんです。あとはやっぱり、神木さんと柴咲さんがやってくれると決まった瞬間に、これはもう絶対にいけると思いました」

池田「『人間失格』を製作している時から『xxxHOLiC』を開発していることはうかがっていましたし、原作は愛読していました。まずはあの『xxxHOLiC』を映画化するという無謀さに驚かされましたね。よりによって、このタイトルに手を出しますか……という(笑)」

蜷川「よりによって、という事ばかりですもんね(笑)」

池田「はい、それはずっと感じていました(笑)。でも逆に考えると、日本で『xxxHOLiC』を映画化出来るのは、蜷川監督しかいないなと。であるならば、それを具現化するにはどうしたらいいかを一緒に考えていこう、と思えました。『人間失格』の製作を経て、蜷川監督に対する信頼は揺るぎないものになっていたので、私もその無謀に挑戦してみようと(笑)。合流して忌憚のないお話をさせていただき、それからやることは山のようにありましたが、その中でも一番大変だったのは脚本の再構築だったかもしれません」

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“よりによって…”のくだりで、その場にいた全員が爆笑したわけだが、今回の取材は終始、笑いの絶えないものとなった。今作の映画化で肝となったのはまた、神木と柴咲はもちろんだが、こだわり抜いたキャスティングを挙げる事が出来る。吉岡が扮した女郎蜘蛛は、ヒール役として後半パートの影の主役を担い、プロフェッショナルな仕事ぶりが際立った。

蜷川「女郎蜘蛛には色々な考え方があって、皆がイメージしやすいであろうキャストの名前も出ていました。でもわたしがキャスティングで大事にしているのは、誰かが料理したあとのキャラクターの印象ではなく、ご本人の持つ素質というか、二次情報ではなく本来の力強さを見込んで配役したいと思っているんです。

吉岡さんは一度写真の撮影したことがあって、凄く芯の強そうな女性だと感じ、いつかご一緒したいな……と、そもそも吉岡里帆のファンだったんですよ。それで女郎蜘蛛のキャスティング案に吉岡さんの名前がなかったから、『この役なんじゃないか?』とひらめいたんです。強さを持っていらっしゃるし、何よりもお芝居が上手。ただ、あまりアクセルを踏み込んだ役をやられていなかった。要は、誰よりも私が見てみたかったんですよ、吉岡さんが女郎蜘蛛を演じるのを。それで、プロデューサーたちに提案しました。

あと、百目鬼は凄く人気のある役だから悩んでいたら、SixTONESを撮らせてもらう機会があったんですね。後日聞いたら凄く緊張していたみたいなんですが、睨み付けるようにカメラを見てくる人がいる! と思ったら松村君でした。それで、『この子、百目鬼にピッタリじゃない?』って。キャスティングしたのは2年以上前なので、その時点でお芝居の経験が豊富なわけではなかったけれど、新しい風が入ってくることは大歓迎。そうしたらコロナの影響で撮影が延期になったりするうちに、とんでもない人気者になっていました。

商業映画である以上、人気のあるキャスティングをすることも大事だとは思うんです。でも、それだけでキャスティングはしたくない。わたしがこれまで撮った5本全てに当てはまっていると思いますが、自分がいいと思った方を忖度なくキャスティングしたいんです」

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池田「蜷川組のキャスティングは、本当に大変です。蜷川さんのアーティストとしての本能なのか、忖度など例えやろうと思ってもできない(笑)。監督が本当にやりたいと思ってもらえない限り、こちらとしても動けない。それに、蜷川映画にお迎えする時には、蜷川組に来ていただく意味を考え、来ていただいたからには、その人史上最も格好いい姿をちゃんとスクリーンに映すんだという絶対的な革新があるので、そういう部分でも信頼できる監督ですね」

筆者は、「ヘルタースケルター」と「人間失格 太宰治と3人の女たち」の撮影現場を取材しているが、蜷川組はとにかくポジティブな空気に満ちている。蜷川監督の大きな笑い声がスタッフたちにとって大きな活力になっているように感じられるほどで、時にはカットをかけるよりも先に蜷川監督は笑い出す。

人間失格」の現場で挨拶をすると、「今のところ手応えしかないです!」と破顔一笑。その表情を目にした時に、不意に武田信玄の「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり」という言葉が思い浮かんだ。文字通り、蜷川監督は何においても人を大切にし、信頼するからこそ一丸となってスタッフは才能を発揮する事が出来るのではないだろうかと。

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蜷川「本当に嬉しい。わたしは物づくりって、人でしかないと思っていて。色々なやり方があると思うんですけど、どうしても誰かを追い詰めて力を発揮させるというやり方が出来ないんです。当初は『映画監督とはそういうものだ』という空気があったけれど、性格上、どうしても出来ない。前向きに話し合いたいし、リラックスしているからこそその人が120%の力を発揮できる状況を作りたかった。そういう性格なんです。どうしても出来ないの。凄く人を信じたいし、その人の持つ能力を120%引き出して、助けて欲しいんです。

昔、映画の撮影現場に木村拓哉さんが遊びにいらっしゃった事があって、『ここは凄く良い現場だね。誰ひとり、やらされている人がいない。皆やりたいから、やっている。めちゃめちゃ良い現場じゃん!』と言ってくれた事が凄く嬉しかったんです。楽しく一生懸命、120%の力を発揮するって理想じゃないですか。大変な事だからこそ、楽しくやりたいよねって。今回はコロナで本当に大変だった時に、それがうまくワークしたなと感じました。自分が出来ない事は、出来る人にやってもらった方がいいと思うし、全部自分がやりたいというタイプでもない。皆の力をとにかく引き出したいというのが大きいかもしれませんね」

池田「監督とスタッフの関係性は様々だと思いますが……、蜷川さんの場合は目から鱗というか、斬新というか(笑)。とにかく人間としての器が大きいんです。人の才能を見出し、その人をモチベートして能力を最大限引き出し、そして心から信頼してきちんと任せることができる。ごく自然にそれができることが天才的だと実感しています。映画監督として必要な能力って幾つもあると思いますが、その中で最も重要な能力は、集団作業をするうえで『人の力をどこまで引き出せるか』ということ。そういう意味ではとても映画監督らしい方だなと、実際に仕事をしてみて感じることが多いです。それから、皆がこんなに心から楽しんで物づくりを実践している組はなかなかないのではと。創作という行為をめぐる価値観の変化とともに、作り手たちも楽しんで、その楽しさが見る人たちにも伝わるみたいな、幸せのオーバーラップが出来ると本当に良いですね」

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蜷川「放っておいたって大変なんだから。もう、泣けるくらいに大変(笑)。だからこそ、現場は素敵で楽しい方がいいよね。うちの組は女性比率がめちゃめちゃ高いんですよ」

池田「スタッフの金髪率も、派手な服装率も高いですよね(笑)。蜷川組は、お休みの日にお子さんを連れて来てくれたら預かりますとか、監督自身が子育ての大変さを十二分に分かっていらっしゃるので、日本映画の製作現場のスタイルを先陣切って変えていけると良いですね」

ふたりのテンポの良い会話は、時おり爆笑を差し挟みながら更に切れ味を増していく。厳しい製作現場だからこそ、とにかく全員が一丸となれる明るい現場に――。そんな思いに執心するふたりが「映画を撮り続ける理由」は、どのようなものなのだろうか。

蜷川「なんなんだろう。表現せずにはいられない類の事だと思うんですよ。映画をやるって、合理的に考えたら最も大変で、効率が悪くて薄給で……(笑)。わたしは幾つかの分野で仕事をさせてもらっていますが、圧倒的に大変なんですよ。でも、どうしても伝えたい事があるんです。それを伝える時に、みんなのすぐ横にある映画というもので観て頂けるというのが魅力的なんでしょうね。でも、正直分からない。ちょっととり憑かれているのかもしれません。映画の魅力って、こういうことなのかなって体感しています」

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池田「釈迦に説法ですが、映画はあらゆる芸術を内包した『総合芸術』で、おそらくどんなに時代が進んでも『映画館で上映する』以上の表現形態はない。それに携わる仕事より面白いことは今のところありません。映画製作については色々な考え方があって当然で、きっと正解などないのですが、個人的には“映画は監督のもの”だと思って仕事をしています。同じ題材や似た企画でも、どの監督と組むかで全く違うものが出来上がってくる。監督の才能や技術だけではなく、その性格や思想、社会に対する姿勢、はたまた人生についての哲学まで、映画にはその人自身の全てが映り込んできます。例えどんなに隠そうとしても映画はごまかせない、というのが本当に面白い。そのプラスマイナスを計算しつつも、時折それが計算できないクリエイティブを産み出し、自分の想像を超える嬉しい誤算が起こり得る、ということが醍醐味かもしれません。作品の商業性を担保することは言わずもがなですが、その中で作家性を両立させるためにも、引き続きユニークな、一筋縄ではいかない方々とお仕事をしていきたいなと思っています。その中でも蜷川監督は特別な存在かもしれませんね」

蜷川「池田さんは見た目の雰囲気と違って、白馬に乗った王子様なんですよ。池田さんがやってダメなら、本当にダメだったんだと納得出来る。もちろん気が合う、考え方が近しい、格好いいと思うものが一緒だし、これが嫌だと思う事も近い。でもそれ以上に、何よりも信頼出来る人なんですよ」

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池田「恐縮です。蜷川さんは、監督としてはもちろんですが、人として本当に信頼の出来る方。やっぱり、本能的に忖度出来ないというのが最高です(笑)。ご自分の中で本当に納得なさらないと絶対に前に進めない方ですから、クリエイターとしてはこれ以上ないくらい誠実ですよね。あと、どんな種類の映画を撮っても、映像を観ただけで、一瞬でこれは蜷川監督の映画だと分かる。そういう表現者は、実は世界的に見てもなかなかいないんじゃないかなと思っています」

蜷川「いつも真面目にやっているだけなんですけどね(笑)。自分色に染めたいとか、微塵も思っていない。気づいたら、キャッチコピーで『新感覚』って付けられている。何をやっても新感覚って言われるんですね(笑)」

今作ではCGを取り入れるなど、これまでとは異なる表現方法を取り入れてもいる。このふたりと話をしていると、今後も現場を共にすることで更に精度が高まっていくように感じずにはいられない。

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池田「蜷川監督とは、これまでやってきた事も最初は『それ無理ですよね』ということばかり。それを如何に具現化していこうかというのを、ちょっとずつ考えていく感じですね」

蜷川「確かにその通りですね。出来そうな事をやっても面白くない。とはいえ、難しい事をやろうという意図もないんです。『これがやりたいんです!』という、ただそれだけ」

池田「野心的で無謀な企画に取り組む志を持つクリエイターはたくさんいらっしゃると思いますが、これまでの実績も含め、大きな規模の予算を伴ってそれを実現してしまうのが蜷川さんの凄いところで、稀有な監督だと思っています。これからも色々と無茶な事を一緒にやっていきたいですね」

蜷川「そっかあ……。確かに無茶な企画ばかりですよね」

池田「楽な企画なんて、ひとつもないですよ(笑)」

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