【「ちょっと思い出しただけ」評論】「心が動く」瞬間を見逃さなかった松居大悟の、ある到達点
2022年2月11日 20:00
言葉から感情がこぼれ出たり、飛び出てくる瞬間に図らずも出くわすことがある。それは、不確かなものを確かなものにした瞬間と言い換えることが出来るのかもしれない。
松居大悟と初めて顔を合わせたのは、彼の監督デビュー作「アフロ田中」の撮影現場でのことだから、2011年だと記憶している。早朝の新宿・歌舞伎町、閉店後の居酒屋で合コンのシーンを撮る新人監督は実に初々しく、そして落ち着きがなかった。11年の時を経て、長編映画は「ちょっと思い出しただけ」が13本目となるはず。今作でも合コンのシーンがあるが、コロナ禍で営まれた現場で彼はどう振舞っていたのだろう。
今作の製作のきっかけは、「クリープハイプ」の尾崎世界観がジム・ジャームッシュ監督作「ナイト・オン・ザ・プラネット」に着想を得て完成させた新曲「ナイトオンザプラネット」の存在が挙げられる。この楽曲に触発された松居監督が、完全オリジナルのラブストーリーとして書き上げた今作は、2021年7月26日から始まる。池松壮亮が息吹を注いだ主人公・佐伯照生の誕生日(7月26日)を軸とし、1年ずつ同じ日をさかのぼりながら、別れてしまった男女の“終わりから始まり”の6年間を描いている。
映画監督のほかに、脚本家、俳優、ラジオパーソナリティなど、松居監督は実に多彩な顔を持つ。そして原点であろう15年以上にわたる劇団主宰者としてのキャリアが、誰かの「心が動く」瞬間を敏感に察知し、見逃すという行為を自らに許さなかったのではないだろうか。いかなる肩書きや立場など関係なく、観ることは対話の始まりだと等しくいえる。
これまでのキャリアの“集大成”と括るのは、36歳の松居監督にはまだ早すぎる。だが、ある“到達点”に足を踏み入れたであろうことは、松居作品を見続けることで対話を重ねてきた者たちには確信としてあるはずだ。何度となく現場を共にし、今作でも主演として真っ向から対峙した池松も筆者に認めている。それは、コロナ禍の真っただ中だった21年の東京から物語が始まり、ふたりがさかのぼっていく代わり映えのしない日々の純度が高ければ高いほど、観る者の心は動き、揺さぶられた証として記憶にも残っていくのだろう。
ただ、「愛にとって、過去は必要か?」といった類の問いに対する答えを、今作に求めてはいけない。なぜなら、誰にでも経験があるように、ちょっと思い出しただけ、なのだから。
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