クリスティン・チョイにとっての天安門事件とは? 国外逃亡した指導者たちを追った「The Exiles」を語る
2022年2月3日 18:00
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2022年・サンダンス映画祭の米長編ドキュメンタリー部門にて「The Exiles」が審査員賞を獲得した。同作は、天安門事件の指導者たちの姿をとらえた話題のドキュメンタリー映画だ。今回、出演者として参加している監督のクリスティン・チョイ(「誰がビンセント・チンを殺したか?」)が単独取材に応じてくれた。(取材・文/細木信宏 Nobuhiro Hosoki)
1989年に起きた天安門事件。同事件に関わって国外へと逃亡した指導者たち(ウアルカイシ、ヤン・ジアキ、ワン・ルナン)に、チョイ監督は当時取材を行っていた。本作は、その取材映像を基に天安門事件を振り返りつつ、現在では海外に住む指導者たちが再会を果たす様子を活写している。
共同監督を務めたのは、バイオレット・コロンバスとベン・クレイン。彼らは、チョイ監督がニューヨーク大学で教鞭をとっていた時の生徒だ。コロンバスとクレインは、師匠のチョイ監督に焦点を当てながら、指導者たちの過去と現在の光景によって、天安門事件の実態を紐解いていった。
チョイ監督は、まず企画の成り立ちから明かしてくれた。
「5、6年前、ニューヨーク大学の映画学科に在籍していたバイオレットとベンは、私の生徒でした。卒業後、私が89年に撮影を行った天安門事件の指導者たちへのインタビューを発見したことで、彼らは私と国外へと逃亡している指導者を再会させる――そんな企画を持って、アプローチをしてきてくれたんです」
89年当時、ロサンゼルスでHBO作品を撮影中だったチョイ監督。映画製作者として、あるいはアジア系アメリカ人として、天安門事件をどう見ていたのだろう。
「天安門事件における中国の人々の抗議を見た時は、それがどのように解決するかは予測できなかったんです。けれど『この抗議は2、3日で終わるではないか?』という印象を受けていました。私を含めた誰もが、文化的にも、地政学的にも、これほどの影響を与える事件になるとは予見できなかったと思います」
天安門広場で抗議に参加した中国の人々は「中国の共産党を倒す」というよりは「いかに中国を改革するか。政府に自分たちの声を聞いてもらうか」を望んでいたように思える。当時の指導者たちの抗議のアプローチの仕方で、虐殺を事前に防ぐことができたのはないだろうか。その質問に対して、チョイ監督は「それは全くありません」と否定する。
「あの虐殺を防ぐために、学生たちが事前にできることは何もなかったと思います。彼らの抗議が、平和的で非暴力的だったことを忘れないでください。中国国民は(アメリカ国民のように)武装権を持っていません。つまり彼らの抗議というのは、政府に(当時あった)他の潜在的な運動を一掃させないためのメッセージでした。暴力的な争いではなかったのです。指導者たちは、集団集会のサポートと平和的な抗議こそが、世界の支持を得るために十分であると固く決心していたと思います」
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中国政府は、天安門事件が起きた際の死者数を隠した。何人が亡くなったのかは不明で、いまだに正確な死者数も発表されていない。我々は、現代のデジタル社会に生きているが、中国はそれを隠し通している。劇中でも、中国から来た留学生が天安門事件について語ることを躊躇っていた。この点についての意見を問うたところ「それは、中国政府に聞いてみてください」と質問をかわされてしまった。
天安門事件後、政治的に追放され、中国を脱出した指導者たち。チョイ監督の取材はニューヨークで行われている。その映像を長年保存していたことに驚かされるばかりだ。
「当時撮影をした映像の価値はわかっていました。残念ながら、あの時は資金提供者が退き、その映像で何もすることができなかったんです。それに指導者たちが、誰にもこの映像の存在を語らないように伝えてきたんです。その後、映像を保有していたアン・リー監督を私が説得するまで、これらは長い間保管庫にありました。ただし、映像と音がクリアかどうか一度確認してみると、(アン・リーを含めた多くの人から)プロジェクトを継続するように促されました。近年の中国におけるウイグル族の論争を考えたうえで、天安門事件を通して『89年と今日を比較し、映像を再検討する』には、絶好の機会だと思ったんです」
国外に逃亡し、現在は台湾に住んでいる指導者のひとり・ウアルカイシは、中国に帰って家族に会えないことから降伏したことがあった。しかし、彼はマカオ(中華人民共和国の特別行政区のひとつ)の入国管理センターで夜を過ごしただけ。降伏は受け入れられなかったのだが、どのような意味合いを持つのだろうか。
「彼は中国の最重要指名手配リストに載っていたにもかかわらず、中国共産党は無条件降伏を受け入れることを拒否しました。これは、中国国内で(台湾にいる)彼の存在を検閲する方が、帰国させて内部で監視を行うことよりも簡単だからです。中国共産党(中国政府)の“天安門事件は起こらなかった”という立場から考えると、ウアルカイシの降伏は、起こっていないはずの運動を正当化するものなのだろうと、私は確信しています」
また、コロンバスとクレインとの仕事について注目したポイントについて尋ねてみた。
「彼らとの世代間の違いから、今日の映画製作の違いがわかりました。私が監督だった時は、全てのショットを事前に決めてから撮影を行っていました。しかし、今ではデジタルを活用することで、彼らは私よりもはるかに多くの映像を撮影することができたんです。したがって、今作も90分間の映画を製作するために、300時間もの映像を編集するという難しい決断を下しています。私にとって、今日の監督たちの演出プロセスの違いを見るのは興味深いことです」
チョイ監督が手掛けた「誰がビンセント・チンを殺したか?」は、第61回アカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞にノミネートされた。授賞式に参加した当時、アカデミー賞の会員に、アジア系のメンバーはほぼいなかった。現代のハリウッドでは“アジア系”の立ち位置は、どの程度進展しているのだろう。
「過去20年以内に“多様性と表現力が向上した”という点では、映画芸術アカデミー(アカデミー賞を主催する団体)の組織内で多くの変化が見られたとは思います。特にアフリカ系アメリカ人、女性、LGBTの映画製作者がより大きな役割を果たし、より多くの認知を得ていることで、大きな進歩が見られました。しかし、私たちアジア系アメリカ人、ネイティブ・アメリカ人、ラテン・アメリカ人の進歩は始まったばかりだと思っています」
最後に、こんな質問を投げかけてみた。それは「33年前に始まった天安門事件の指導者たちの撮影から、現在に至る旅路のなかで、あなた自身は何を発見したのか」というもの。チョイ監督は笑いながら、こんな言葉を返してくれた。
「私が今でもクレイジーな女性だということ(笑)」
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