【「クラッシュ」評論】究極のフェティシズムの最果てを描いた退廃的で悲しく美しい問題作
2021年12月26日 20:00
社会的なモラルはもちろん、自分の中のモラルをみなさんはどれくらい自己分析、認識できているだろうか。道徳意識や倫理、日常生活における正しい行動、善悪を判断する感性。その基準は普遍的なようではあるが、人々の考えや言動を普遍的な基準に当てはめて制限するのは容易ではない。
製作から25年を迎えた今年、“4K無修正版”でリバイバル公開された、デビッド・クローネンバーグ監督の「クラッシュ」は、鑑賞する前までの自分の中のモラルとは何だったのかを改めて問い、破壊してくれる異形の傑作だ。
日本で劇場公開された97年当時、20代前半でこの映画を最初に鑑賞した時の衝撃の記憶は色あせることなく、20数年ぶりに見返してみるとむしろその強度は増し、古さをまったく感じさせない。“4K無修正版”という完全体でよみがえったことによって、映画としての新たな美しさを放ったと言っていい。
イギリスを代表するSF作家のJ・G・バラードによる同名小説を、「ザ・フライ」や「裸のランチ」などで知られるクローネンバーグ監督が映画化。自動車事故によって性的興奮を覚える人々の究極のフェティシズムを描き、賛否両論を巻き起こしたが、第49回カンヌ国際映画祭で審査委員特別賞を受賞した。
カークラッシュ、飛行機の格納庫や車中での過激で倒錯的な性行為、死と隣合わせの危険な快感への目覚め、人体損壊と車体の破損への欲求と美意識という究極のフェティシズムなど、あなたはどのシーン、どの欲望に興奮するだろうか。全編8割以上のセックスシーンを楽しむのか、それとも車体や人体の痛々しい傷跡に恍惚とするのか、はたまたそういった後戻りできない世界にどこまでも堕ちていく主人公たちの姿に共感し、自分の中に眠っていた危険な欲望への扉を開くのかは、あなた次第だ。
人によっては目を背けたくなるシーンの連続かもしれない。興奮など覚えず、ここで描かれる異常で変態的な世界が理解不能な人も多いだろう。だが、この映画が高く評価されているのは、そういった過激な描写の一方で、社会の中で自分は何者なのかという問いに答えを見い出せないでいる現代人の不毛な姿が描かれているからではないだろうか。
主人公は倦怠期の夫婦である。日常生活には不自由していないようであるが、道路を行き来する無数の車を高層マンションから俯瞰で眺めているシーンが出てくる。無数の車はまるで蟻の行列のようだ。自宅と職場を車で行き来する毎日。美しい妻の表情は常に物憂げで、その視線は虚無的であり、夫は妻の本当の欲望に応えることができない。
クローネンバーグ監督は「現実を超えようとするのは、人間の基本的欲望であり、創造的欲求のひとつである」と述べている。性的エネルギーを解放し、すべてのモラルを破壊して、欲望を衝突させることでしか自己の存在を確かめることができない人間の姿は退廃的でありながら、なぜか悲しく美しい。
PR
©2024 Disney and its related entities
関連ニュース
映画.com注目特集をチェック
関連コンテンツをチェック
シネマ映画.comで今すぐ見る
第86回アカデミー作品賞受賞作。南部の農園に売られた黒人ソロモン・ノーサップが12年間の壮絶な奴隷生活をつづった伝記を、「SHAME シェイム」で注目を集めたスティーブ・マックイーン監督が映画化した人間ドラマ。1841年、奴隷制度が廃止される前のニューヨーク州サラトガ。自由証明書で認められた自由黒人で、白人の友人も多くいた黒人バイオリニストのソロモンは、愛する家族とともに幸せな生活を送っていたが、ある白人の裏切りによって拉致され、奴隷としてニューオーリンズの地へ売られてしまう。狂信的な選民主義者のエップスら白人たちの容赦ない差別と暴力に苦しめられながらも、ソロモンは決して尊厳を失うことはなかった。やがて12年の歳月が流れたある日、ソロモンは奴隷制度撤廃を唱えるカナダ人労働者バスと出会う。アカデミー賞では作品、監督ほか計9部門にノミネート。作品賞、助演女優賞、脚色賞の3部門を受賞した。
父親と2人で過ごした夏休みを、20年後、その時の父親と同じ年齢になった娘の視点からつづり、当時は知らなかった父親の新たな一面を見いだしていく姿を描いたヒューマンドラマ。 11歳の夏休み、思春期のソフィは、離れて暮らす31歳の父親カラムとともにトルコのひなびたリゾート地にやってきた。まぶしい太陽の下、カラムが入手したビデオカメラを互いに向け合い、2人は親密な時間を過ごす。20年後、当時のカラムと同じ年齢になったソフィは、その時に撮影した懐かしい映像を振り返り、大好きだった父との記憶をよみがえらてゆく。 テレビドラマ「ノーマル・ピープル」でブレイクしたポール・メスカルが愛情深くも繊細な父親カラムを演じ、第95回アカデミー主演男優賞にノミネート。ソフィ役はオーディションで選ばれた新人フランキー・コリオ。監督・脚本はこれが長編デビューとなる、スコットランド出身の新星シャーロット・ウェルズ。
ギリシャ・クレタ島のリゾート地を舞台に、10代の少女たちの友情や恋愛やセックスが絡み合う夏休みをいきいきと描いた青春ドラマ。 タラ、スカイ、エムの親友3人組は卒業旅行の締めくくりとして、パーティが盛んなクレタ島のリゾート地マリアへやって来る。3人の中で自分だけがバージンのタラはこの地で初体験を果たすべく焦りを募らせるが、スカイとエムはお節介な混乱を招いてばかり。バーやナイトクラブが立ち並ぶ雑踏を、酒に酔ってひとりさまようタラ。やがて彼女はホテルの隣室の青年たちと出会い、思い出に残る夏の日々への期待を抱くが……。 主人公タラ役に、ドラマ「ヴァンパイア・アカデミー」のミア・マッケンナ=ブルース。「SCRAPPER スクラッパー」などの作品で撮影監督として活躍してきたモリー・マニング・ウォーカーが長編初監督・脚本を手がけ、2023年・第76回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリをはじめ世界各地の映画祭で高く評価された。
「苦役列車」「まなみ100%」の脚本や「れいこいるか」などの監督作で知られるいまおかしんじ監督が、突然体が入れ替わってしまった男女を主人公に、セックスもジェンダーも超えた恋の形をユーモラスにつづった奇想天外なラブストーリー。 39歳の小説家・辺見たかしと24歳の美容師・横澤サトミは、街で衝突して一緒に階段から転げ落ちたことをきっかけに、体が入れ替わってしまう。お互いになりきってそれぞれの生活を送り始める2人だったが、たかしの妻・由莉奈には別の男の影があり、レズビアンのサトミは同棲中の真紀から男の恋人ができたことを理由に別れを告げられる。たかしとサトミはお互いの人生を好転させるため、周囲の人々を巻き込みながら奮闘を続けるが……。 小説家たかしを小出恵介、たかしと体が入れ替わってしまう美容師サトミをグラビアアイドルの風吹ケイ、たかしの妻・由莉奈を新藤まなみ、たかしとサトミを見守るゲイのバー店主を田中幸太朗が演じた。
文豪・谷崎潤一郎が同性愛や不倫に溺れる男女の破滅的な情愛を赤裸々につづった長編小説「卍」を、現代に舞台を置き換えて登場人物の性別を逆にするなど大胆なアレンジを加えて映画化。 画家になる夢を諦めきれず、サラリーマンを辞めて美術学校に通う園田。家庭では弁護士の妻・弥生が生計を支えていた。そんな中、園田は学校で見かけた美しい青年・光を目で追うようになり、デッサンのモデルとして自宅に招く。園田と光は自然に体を重ね、その後も逢瀬を繰り返していく。弥生からの誘いを断って光との情事に溺れる園田だったが、光には香織という婚約者がいることが発覚し……。 「クロガラス0」の中﨑絵梨奈が弥生役を体当たりで演じ、「ヘタな二人の恋の話」の鈴木志遠、「モダンかアナーキー」の門間航が共演。監督・脚本は「家政夫のミタゾノ」「孤独のグルメ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭。
奔放な美少女に翻弄される男の姿をつづった谷崎潤一郎の長編小説「痴人の愛」を、現代に舞台を置き換えて主人公ふたりの性別を逆転させるなど大胆なアレンジを加えて映画化。 教師のなおみは、捨て猫のように道端に座り込んでいた青年ゆずるを放っておくことができず、広い家に引っ越して一緒に暮らし始める。ゆずるとの間に体の関係はなく、なおみは彼の成長を見守るだけのはずだった。しかし、ゆずるの自由奔放な行動に振り回されるうちに、その蠱惑的な魅力の虜になっていき……。 2022年の映画「鍵」でも谷崎作品のヒロインを務めた桝田幸希が主人公なおみ、「ロストサマー」「ブルーイマジン」の林裕太がゆずるを演じ、「青春ジャック 止められるか、俺たちを2」の碧木愛莉、「きのう生まれたわけじゃない」の守屋文雄が共演。「家政夫のミタゾノ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭が監督・脚本を担当。