「わが映画人生」デジタルファイル化プロジェクトが進行中 クラウドファンディングを活用する理由は?
2021年12月25日 08:00
独立行政法人国立美術館のクラウドファンディング第3弾となる「国立映画アーカイブ 磁気テープの映画遺産を救え!『わが映画人生』デジタルファイル化プロジェクト」(https://crowdfunding.artmuseums.go.jp/)が、12月1日からスタートしている。
同プロジェクトは、日本映画監督協会の協力を得て行われるもの。“映画監督による映画監督のインタビュー映画”シリーズ「わが映画人生」のデジタルファイル化を実施し、同作品を後世に確実に遺し、鑑賞機会の拡充を目指している。期間は、2022年3月31日まで。目標達成金額は500万円。支援額は、3000円~100万円の9コース。支援額によって「エンドロールへの名前掲示」「国立映画アーカイブ展示室年間パス」「国立映画アーカイブのバックヤードツアー」「オリジナルグッズなどの記念品」が用意されている。
「わが映画人生」は、日本映画の歴史を築いてきたメンバーの監督たちに、後輩の監督たちがその映画人生を聞いていく、日本映画史上、唯一無二のインタビュー映画シリーズ。日本映画監督協会50周年を機に、「先輩監督の貴重な証言をビデオテープにおさめ、監督協会に永久保存する」企画を立て、第一線の監督たちが自らの手で製作を開始している。
「監督×インタビュアー」の組み合わせ(一部)は“佐々木康×深作欣二・高峰三枝子”“大庭秀雄×大島渚”“吉村公三郎×柿田清二”“本多猪四郎×坂野義光”“谷口千吉×岡本喜八”“犬塚稔×鈴木清順”“黒澤明×大島渚”“野村芳太郎×山田洋次・川又昂”“市川崑×森遊机”“今村昌平×武重邦夫・紅谷愃一”“山田洋次×宮崎晃・仲倉重郎・阿部勉”“鈴木清順×武田一成・葛生雅美”など。88年から20年2月末までに173篇が製作され、そのうちの7割近くが撮影から完成原版までビデオテープで作られた(残りは近年のデータファイル形式による製作)。日本映画史、産業史、オーラル・ヒストリーとしても貴重なビデオテープ原版でかけがえのない映画遺産となっている。
映画の保存・研究・公開を活動の柱とする国立映画アーカイブは、「わが映画人生」を初の磁気テープコレクションとして受け入れ、後世まで確実に伝えられるよう、国立美術館のクラウドファンディングを通じ、一刻も早いデジタルファイル化の完遂を目指している。本プロジェクトでは、「わが映画人生」の現存するビデオテープ完成原版約110篇のデジタルファイル化を実施。本作の上映会、図書館等で閲覧可能なDVDの作成・提供などを予定している。
映画.comでは、今回のプロジェクトに関して、国立映画アーカイブ主任研究員・冨田美香氏にコメントを求めた。クラウドファンディングを活用した理由、プロジェクトに込めた思いを明かしてくれた。
国立美術館のクラウドファンディングというのが2019年3月から始まりまして、コンセプトが、国立美術館を応援してくださる方々と共に何かを作り上げる「仲間」という関係を築いて一緒に文化・芸術を盛り上げていく、というものなんですね。
第1弾が国立西洋美術館の「クロード・モネ 《睡蓮、柳の反映》デジタル推定復元プロジェクト」。第2弾が国立工芸館の「12人の工芸・美術作家による新作制作プロジェクト!」。第3弾が今年、国立映画アーカイブに回ってきたんです。
私たち国立映画アーカイブにとっても、もちろん初めてのクラウドファンディングですので、このコンセプトのもとで、何がふさわしいのか、館内でいろいろ案を出し合って、「磁気テープの映画遺産を救え! 『わが映画人生』デジタルファイル化プロジェクト」になりました。
第一の理由は、「わが映画人生」原版のデジタルファイル化を2021年度内に一気に進めることです。そして、第二の理由として、このプロジェクトを通して、日本映画監督協会が作ってきた「わが映画人生」シリーズを知らしめ、本作や日本映画、監督たちへの関心を高めるとともに、「マグネティック・テープ・アラート」という喫緊の問題を広く訴え、国内に多く残っているであろう磁気テープ原版映画・映像の救出を後押しすることも目指しています。
「マグネティック・テープ・アラート」とは、磁気テープの音声・映像は2025年までにデジタルファイル化しなければ永遠に失われかねない――という、ユネスコと国際音声・視聴覚アーカイブ協会(IASA)が2019年に発した警告で、私たちはこれをテーマにした緊急集会や広報活動をこの秋から行っているのです。
私たち国立映画アーカイブは、皆さんと共に作り上げる活動として、磁気テープの映画遺産を救う運動を選びました。
多くの日本の映画・映像、インタビューや記録映像、そして音声や音楽が、デジタルファイル化されずに磁気テープのまま、作り手や会社、博物館、美術館、図書館、資料館、そして各家庭に保管されているだろうと思います。そういうテープを持っている人たちに、デジタルファイル化への行動を促して、磁気テープに記録された膨大な映画・映像・音声を残すことにつなげる、「大量絶滅」の危機を少しでも回避する、活動ですね。
私たちの活動を通して、磁気テープのデジタルファイル化を検討し始めた組織や人たちは、おそらく来年度に専門業者に依頼するでしょうから、私たちは同じ時期に重ならないように、今年度内での「わが映画人生」デジタルファイル化の終了が望ましいと考えました。この救出活動にみなさんのお力をいただくことで、今年度内での短期間の実施を可能とする、それが国内にまだ大量に残っているであろう磁気テープのデジタルファイル化の効率化にもつながる、と考えたのです。
「わが映画人生」と同様、唯一無二の貴重なインタビュー記録が、もしかしたら日本の芸能、演劇、音楽、文学、絵画、地域史など、各分野でテープのまま専門機関や各地の資料館、個人宅に残されているかもしれません。「国立美術館がクラウドファンディングまでも利用して磁気テープ原版のデジタルファイル化をする」。このニュースを聞いたら、大事な磁気テープを保管している人たちは「手元のテープのデジタルファイル化をしなければ」と思うでしょう。そう思ってもらうことが、大事なこと――救出の範囲・対象を広げる一歩につながるのです。
クラウドファンディングで掲げている「デジタルファイル化」は文字通りの意味で、デジタル修復といった工程や、DCPなどの上映素材の製作などは基本的に含んでいません。作品を鑑賞できるようにするには、磁気テープに記録された映像・音声を最良の方法でデジタルファイルに変換した後に、視聴用のファイルや上映用素材を作る必要があるのです。
上映用素材のカラーコレクションはもちろん必要ですし、安定した上映素材としてDCPを作るとなると、1作品ずつにずいぶん制作費がかかります。さらに、デジタルファイルは、フィルムと違って、定期的なマイグレーションが永遠に必要です。これらは当館のデジタル保存の取り組みの一環として、時間をかけて対応していくことになります。
そこで第一段階の「デジタルファイル化」については、館の予算制度で時間をかけて行う既存の方法ではなく、クラウドファンディングで皆さんのご協力をいただいて、年度内に一気に進めることが可能となれば大変有難いと考えました。そうすると、来年度からはデジタルファイルの保管体制も整えていくことと並行して、鑑賞用素材の制作をコツコツと進めることができ、早く皆さんに見ていただける体制も作っていけるようになるのです。
鑑賞希望の要望が多い作品や上映頻度の高そうな作品を知るために、「見たい一篇」を投票していただけるコースも設けているのですが、そのコースに限らず、気軽に「応援コメント」に「〇〇が見たい」と書いていただければ、私たちの参考になります。なによりも励みになって有難いですね。
私自身は、20年ほど前に、澤井信一郎監督からマキノ雅裕監督の回をVHSでいただいて見たのが初めての出会いです。当時本当にワクワクして、TVの前で正座して感激しながら見た覚えがあります。何しろ、マキノ監督宅でお二人が話をしている映像ですからね。今もそのVHSは自宅で見ることができますが、話の内容の貴重さだけじゃなく、お二人の表情や仕草、言葉使いから、お二人が現場で育んでこられた関係性や情感まで感じられるあたたかなドキュメントで、澤井監督も故人になられてしまった今、さらに胸に沁みますね…。時が経てば経つほど、その思いが募り、貴重さが増す作品だと思います。
おそらくそれは、すべての作品にいえることで、今回のクラウドファンディングのHP用に、対象作品の一覧リストを作りながら、日本映画監督協会がこの貴重なインタビュー映像を作り続けたことの凄さと、それに参加した監督たちの思いに感謝し、この映像を後世に残す責務をあらためて感じました。私たちがお預かりしたのは貴重な原版テープですので、デジタルファイル化するまでは私たちも見られない作品が多いのですが、リストや監督たちのインタビュー写真を見るだけでも、胸に迫るものがあります。
磁気テープの日本の映画遺産を救う運動を、より実りある成果にしていくためにも、多くの方のご賛同・ご参加をいただければ有難いです。
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