コロナ禍、奨学金返済のために上京しウーバーイーツで稼いだ青年のセルフドキュメント「東京自転車節」監督に聞く
2021年12月17日 08:00

「ひいくんのあるく町」の青柳拓監督が、2020年緊急事態宣言下の東京で自らの自転車配達員としての活動を記録したドキュメント「東京自転車節」。劇場公開時には、そのリアルな体験と視点で注目を集めた本作が、12月17日からシネマ映画.comで配信される。スマートフォンとGo Proを携え、東京の街を駆け巡ったゆとり世代の若者が、感染を恐れ人と人との繋がりを失った社会、政府の対応など、当時の空気をSNS感覚で切り取りながら、閉塞感を打破し、観客とともに新しい日常を考え、発見していく作品に仕上がっている。青柳監督に話を聞いた。
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卒業制作の「ひいくんのあるく町」を劇場公開していただき、2作目も作りたいという気持ちがあったので、大学卒業後就職はせずに、実家のある山梨を拠点に、映像の仕事や運転代行業を手伝いながら東京を行ったり来たりする暮らしをしていました。次の作品作れないかな……と悶々としながら、山梨でいろいろと企画を考えていましたが、なかなかうまくいかず、そんな時にコロナの流行が始まって。そんな時、奨学金を返済しなければならないという僕の経済的な事情も知るプロデューサーが、「稼ぎながら映画撮ったらどう?」と提案してくれたんです。今の自分の状況と、コロナ禍の現状を映さなければいけない――これは速攻で行かなきゃ、と2020年の3月下旬から山梨で撮り始めて、4月頭にウーバーイーツ(Uber Eats)の配達の仕事をスタートしました。
それから東京に滞在して6月20日まで撮影しました。全体で3カ月くらいです。ラストシーンは、その時の緊急事態宣言が終わったので、当初は一回山梨に帰るという収まりのいい形にしようと思ったのですが、今の状況を鑑みると終わっちゃいけないと思って。撮影自体は一旦そこで終えて、その後も続いていく状況をどう見るか……というラストにしました。
密着ドキュメントに近いので、始まって終わりまでの時間軸を撮って、その後、素材の取捨選択が大変でした。あとは配達の仕事以外に、泊まらせてもらった友人とのやり取りや、サボった時間、そういうニュアンスの入れ方を工夫しました。
ウーバーイーツの仕事は個人事業主としての扱いなので、毎日自分でやる気を起こして行かなきゃいけないんです。そのモチベーションを上げ続けることに、だんだん飽きてきますし、配達も日々楽しむことはなかなか難しくて。毎日続けるには肉体的なことより、相当な精神力が必要でした。一回自転車に乗っちゃえば、とりあえず働けるし、途中でもやめられる。いつでもどこでも始められるので、本当は1日1万円稼ぎたかったけど、5000円稼いだから今日はとりあえずいいかな……ってやめちゃったりもできる。だから映画を見てくれた配達員の方々は、あの気持ちが分かるって言ってくれましたね。
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あったと言えばありましたが、あまり欲張りすぎず、まずは一生懸命働いて見えてくるものを撮るのが大事でした。だから優先度としては、ちゃんと働くことに付随してカメラがあるようにしたいと考えていました。カメラと撮影者と労働者を一体化させるというか。配達員の視点で、労働を報告するように撮りたかったので、カメラに煩わされないような体制を意識しました。スマホとGo Proは機動力があって、配達の邪魔になりませんし、面白いもの見たなという時に、カメラを向ける感覚で撮り進めていった気がします。
山梨にいるときは、ウーバーイーツの配達員の仕事ってコロナで閉鎖された社会で、縦横無尽に毛細血管のように人と人を繋げ、都市に血を通わせるヒーローのような、やりがいのある仕事だなというイメージを持っていたんです。でも実際働いてみて、それは実感として得られませんでした。
コロナ禍ということで、玄関の前に商品を置く「置き配」というシステムが始まって。お客さんと顔を合わせて、何か言葉を交わしたりできるものだと思っていたのですが、それはできませんでした。お店側の人もやっぱり忙しいから、配達員ひとりひとりと会話するような余裕もなく。当初はお店やお客さんとのやり取りやたくさんの顔がどうにか撮れないかな……と思っていましたが、そういう交流の以前に、お客さんの顔を見ることもほとんどなくて。なんだか、自分がロボットになったようなむなしい気持ちになりました。
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ある日仕事が深夜まで及んで、友達の家に帰りにくくなったので野宿をしようと新宿の高架下で寝ていた時に、隣に来てくれたおじさんです。一緒に始発まで座って話をしてくれて。俳優志望ということで、今もエキストラの仕事を1回5000円でやっているというお話をしてくださったのですが、僕も同じような道を進もうとしている人間だから、何だか色々教えられた気持ちになりました。すごくいい人だけど、なかなかうまくいってないなっていうのが、なんだか自分の未来を見るようで……。彼がDVD鑑賞の店で100円で牛丼やカレーが食べ放題だと教えてくださって。実際行ってみると、そこにはホームレス風の方が何人もいました。インターネットには書かれていない、そういった情報を知り尽くしている人でした。
正直、あの涙は本当に泣いているから撮ったわけじゃなかったんです。後から、ああ、涙っぽいものが落ちていると気づいて。でもあの時、相当寒くてつらかったんです。最後の方は、もう精神的にも体力的にもきつい時で、そういう時こそカメラを回さなきゃ、っていう思いがありました。そういう場面を撮るまで自分を追い込んでいったというか……もう、頭ではなく体が動くような感じでした。スマホとGo Proの特性というか、日常に習慣化させたカメラの存在も大きかったです。
公開当初は映画の宣伝をしながらしばらく配達の仕事もやっていましたが、今はウーバーイーツで生計は立てていないです。ウーバーイーツの状況も1年前から変わりました。今は労働条件としても、1回あたりの配達の賃金がすごく安くなってしまって。もっと賃金の良い類似サービスも今は、たくさんありますし。この映画を撮ったことで、映像の仕事も声かけてもらえるようになったので、現在は東京に引っ越して、こっちで映像の仕事をできるようにしたいと思っています。奨学金はまだ返せてはいません。
自分自身が奨学金を借りているので、それを題材にした企画みたいなのを考えたいとはずっと思っていました。今の社会問題を当事者として考えながら、それを社会派映画という風には見せず、面白い作品にするというのを考えなきゃいけないと思っています。今回は僕自身が当事者だったので、思い通りにできました。
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撮る前はずっと、どうやったら次の作品が撮れるか? という自分中心の考えだけで生きていました。でも、自問自答しながら、社会を走り回って、様々な違和感や気になることを映画にしたら、社会に対する不安や矛盾が見えてきて。そして、映画を見てくれたお客さんが、自分の経験と併せて感想を聞かせてくださって、やっと他者とも繋がれました。コロナ禍を通して想像力がついて、いろんなことを慮れるようになったんです。なんだか、社会が自分の中で広がって、どう向き合うかということを考えられるようになったというか。要するに、政治も自分ごとになったんです。だからケン・ローチの言葉も理解できるようになったし、社会問題を自分に引き寄せて考えられるようになりました。
コロナを通して、自分自身のことから世界が繋がって、時間を確かめるように、社会や自分が変わっていく様子を撮れたのかなと思います。だから、もし続編やその先を描くときは、もっと他者や政治も自分ごとにして、最初から力強く打ち出せるようなものにしたい、そういう志を持てました。
僕もよく配信サービスを使って映画を見るので、映画館とは違う面白さを見出せると思っています。以前、1日限定でニコニコ生放送で配信された時、大勢の方が見てくれました。スマホで撮っていることもありますし、ユーチューバー的なやり方もすごく参考にしたので、「東京自転車節」は配信とマッチすると思うんです。映画館で見る没入感はないかもしれませんが、配信は気軽に、色んな人と何か話しながらでも楽しんで見てもらえると思います。
この映画そのものがフットワーク軽く始まった企画ですし、ウーバーイーツ自体もスマホですぐ始められる仕事だったりするので、そういった気軽さみたいなものが積み重なった映画です。配信はその入り口としてすごく見やすいと思いますし、積み重なっていくものを感じてもらえれば面白いと思います。
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