少女マンガ、セカイ系の先駆け!?「恐るべき子供たち」リバイバル公開記念 フランス文学者・中条省平と気鋭字幕翻訳家が語る“古典映画の愉しみ”

2021年10月3日 10:00


中条省平氏と横井和子氏
中条省平氏と横井和子氏

ジャン・コクトーの同名小説を、後に「いぬ」「サムライ」などのフィルムノワール作品を生むジャン=ピエール・メルビル監督が映像化し、ヌーベルバーグの先駆的役割を担ったフランス映画「恐るべき子供たち」(1950)が、4Kレストア版でリバイバル公開された。

雪合戦で負傷した弟を閉ざされた部屋で看病する姉。弟は自分にケガをさせた少年にそっくりの少女に恋するが、それに気づいた姉は恐ろしい考えを企てる。姉弟の禁断の愛憎関係という濃密で耽美な物語を、美しいモノクロ映像で描き出し、日本では萩尾望都によって1979年にマンガ化された。様々な表現方法が生み出され、古今東西の作品を楽しめるようになった今、このようなクラシック作品からどのような発見があるのだろうか。原作の新訳 (「恐るべき子供たち」/光文社古典新訳文庫)および本作の字幕監修を行ったフランス文学者の中条省平氏と、本作と、「わたしはロランス」「燃ゆる女の肖像」など近年のヒット作の字幕を手掛けている横井和子氏に、作品の魅力を聞いた。

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――コクトーによる原作が発表されたのは1929年です。外界から閉ざされた場所で繰り広げられる、少年少女の愛という幻想的かつセンセーショナルな内容です。その頃のフランスの文学をはじめとした文化や社会について教えてください。

中条:当時、世界史として初めての事態が起きていました。1910年代に始まった第1次世界大戦です。ここで史上初めて機関銃が使われました。見定めた一人を殺すのではなく、その周りのすべての人を恣意的に殺戮できる機械です。同時に空爆も始まりました。このように、戦争で人間が無差別に人間を殺戮する時代になったのです。こういった無差別殺戮を容認することによって、世界のモラルがひっくり返ってしまったのです。「恐るべき子供たち」が書かれたのは、その直後というものすごく特殊な時代でした。

そのような時代に、大人のモラルが崩壊して出てきた小説がセリーヌの「夜の果ての旅」です。これは戦場で人が物のように破壊されていく物語で、筒井康隆のSF小説のようなスラップスティックな破壊と殺戮の描写があります。セリーヌは実際に戦争に参加した人で、医師なので、人間は血を吹いて壊れる肉、だという実感があったのだと思います。そして、その後に戦争の影響を受けた世代がコクトーらで、「恐るべき子供たち」という子供のモラルの崩壊の物語を描きました。人妻と関係を持ち、妊娠させて死なせてしまう少年を描いたラディゲの「肉体の悪魔」、それから、ありとあらゆる形での性的逸脱を描くバタイユの「目玉の話」。すべて少年少女の物語です。人々の精神的風土に戦争のインモラルな影響が浸透して、一番敏感な感受性もった子供たちが、人間は無防備に死に直面しているのだから、何をやっても構わない、といった気分に染まっていったのではないでしょうか。

そして、1920年代はシュルレアリスムの時代です。その先駆けであるダダイスムもシュルレアリスムも、戦争に代表される現実の狂気があまりにも巨大だったために、自分たちはもっとその先を行かなければいけない、と考えてそれぞれの運動を実践していったのです。戦争をやめるためには革命を起こさなければならない、とマルクス主義にも近づいていきました。一方、「恐るべき子供たち」は、世界の価値観が崩れた後に生きる少年少女の物語ですが、フランス的な繊細な心理劇としてもじつに見事にできています。姉弟間の嫉妬を描く心理小説ですが、端的に言って近親相姦的欲望の物語でもあります。姉が弟を愛しすぎて、その弟を自分のものにしようと思って策謀に走り、結局袋小路に陥って、死の惨劇をもたらす――そうしたインモラルな本質は、やはり時代の風土と切り離すことができないでしょう。

とはいうものの、コクトーは言葉を美しく、格調高く研ぎ澄ませ、自分自身も古典的な美学に忠実であろうと務めました。コクトーとラディゲはとても親しく、ラディゲが早逝したために、その悲しみを癒そうとしてコクトーはアヘン中毒になったほどです。こうして友愛で結ばれた二人、コクトーとラディゲが敵として戦ったのがシュルレアリストたちです。世界や時代が根本的に変わったからといって、破壊的精神で進むだけではだめなので、むしろ逆に、古典的な言葉と形式で破壊的な時代に反抗することが必要なんだというのが二人の姿勢です。「恐るべき子供たち」がわざと古臭い舞台装置を用いたり、子供っぽさに回帰することも、コクトーなりの時代の風潮に対する反抗だったのです。ですから、今何でも許されている時代の中で、そういったコクトーやラディゲのような古典的な言葉や形式に執着した芸術家たちの作品は、むしろ新鮮に映るのではないか、新鮮に映ってほしいというのが僕の気持ちです。

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――そのお話から、日本では三島由紀夫がコクトーやラディゲに傾倒した理由が分かったような気がします。

中条:三島も戦争で世界が完全に終わってほしいと思っていたのですよね。しかし、終わることはなく、戦後に限りなく退屈な日常が始まってしまった。その時に、彼を守るものは――のちに右翼的なものに変わっていきますが――今、古典的な格調を維持しなければ、文学も芸術もあり得ない、まさにそういった感覚だったのではないでしょうか。第2次世界大戦によるモラルの崩壊に抵抗しようとして、格調高い古典の精神に頼ったのです。三島はラディゲを論じたエッセーで、“美を求めることは単なる感覚や趣味ではなく、倫理なのだ”と述べています。つまり、美を求めることは生き方そのものなのだと。そういう毅然とした精神性が「恐るべき子供たち」の子供っぽい姉弟の世界の中に存在し、絶対に破ってはいけない掟や観念を作りあげていました。とくに二人の部屋、あれは醜悪な外界から二人の魂と肉体を守るための砦だったわけです。ですからこの物語は、その精神の砦が破られた人間は滅びなければならないという寓話なんですね。

――フランス文学史や三島由紀夫などの名を挙げると、なんだか気楽に見るには敷居が高い作品のような印象を受ける方もいるかもしれませんが、大戦の傷跡が残る社会を背景に“姉に愛されすぎた弟”“二人だけの世界”などを描くのは若い世代になじみのあるセカイ系などにも通じる世界観であるとも言えます。

中条:萩尾望都さんがマンガ化されていますが、少女マンガ的な世界とも言えますよね。コクトーは幼児的な想像力を保ちつづけることができた芸術家なんですね。子供たちの閉ざされた世界はいつか壊される、という冷徹な認識を持ちながらも、その世界に残り続けるのだという覚悟と、その幼児的な感性を擁護している。仮にこの世にたった一人でも、その世界が自分の愛するものだと感じたならば、その世界と自分の好きなものを守りつづけ、最終的には命を懸けるような強烈な美学。それが三島の言う“美は倫理、生き方だ”という言葉に重なります。自分にとっての美を求めることが、生き方を決定づけるほど絶対的なものである、ということを、楽しみつつ感じとっていただければうれしいですね。自分の美学が少数派のものだと思っている方も、深く共感できると思います。少数派の美学を命を懸けて守る、そういった心意気はこの映画の後半になって息づまるような高まりを見せます。

横井:潔癖すぎる美学を感じました。コクトーって殻を破る人なのかと思っていたら、クラシックに戻った人なんだというギャップが興味深かったです。

中条:とにかく変身に変身を重ねた人ですから。前衛なのかと誤解されることもあるけれど、単に新しいことをやろうとしたわけではない。自分の好きなままにやっていったら、結果としていろんな世界を開いていったけれど、やはり根本にあるのは古典的な感性だった。この映画の言葉も格調が高く、コクトーの朴訥としたナレーションも味わい深いですね。

横井 最近の映画は汚い言葉も多く使われるので、 (本作は)言葉が心地よかったです。耳で聴きたい言葉でもありますね。

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――映画版の脚本もコクトーが書きました。原作と脚本の違いはどのようなものでしたか? また、日本語字幕を制作するにあたってどんな配慮をされましたか?

横井:違いはあるのですが、同じ言葉を使っている部分もかなりありました。そして、コクトー自身が読む、ということが、コクトーって前に出たい人なんだなと(笑)。言葉を大事にする詩人だからこそ、セリフとして同じ言葉を使ったんでしょうし、メルビルも受け入れたのだと思います。

字幕は、脚本よりもセリフを短くしなくてはいけないのです。詩人の言葉を短くするのは難しい作業でした。“小説は読み返せるけれど、字幕は読み返せない”ということもあり、どんどん流れていく中で観客を置いてきぼりにしてはいけない。イメージを壊してはいけない部分との隙間を縫っていくような感覚を、本作ではいつも以上に意識しました。また、口語として今っぽさは出さずに、カタカナを平仮名にしたり、クラシカルな言い方にしたり。コクトーの言葉の世界と緊張して向き合っていくという経験でした。

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――映画版、そして今回のレストア版をご覧になっての感想をお聞かせください。

中条:驚いたのは、映画の撮り方がいい意味で素人っぽいことです。いわゆる商業映画の文法はハリウッドで作られ、それが世界的に広まったわけですが、この作品は、監督のメルビルも、脚色・セリフを担当したコクトー自身も、アメリカ式の映画の文法によってわかりやすく語ろうとはしていません。ですから、今観ると、アメリカ映画とは異なる映画の撮り方があるということがはっきり感じられると思います。

その後、メルビルはギャング映画で一世を風靡します。そこにはいぶし銀のような輝きを放つメルビルらしいスタイルがあります。しかし、この映画では、ものすごく努力してコクトーの世界に近づこうとしている。そういう律儀な姿勢がすごく面白い結果を生んでいる。コクトーも、普通の商業的ではない映画を作る、いい意味でのアマチュアですね。好きだから撮るというアマチュア的な方法はメルビルのインディーズ精神とも合いますし、そこを感じとったからこそ、コクトーは脚色のほかにナレーションも担当したのだと思います。

映画としては、一場面一場面がすんなりと繋がらず、一つ一つ独自のカットを見せられている、といった感じが面白いです。これはコクトーの映画作りの特徴でもあるし、メルビルでいうと「海の沈黙」に近い、訥々とした語り口です。我々が普通に見ている、すべてが物語を効率的に語ることに奉仕するハリウッド的なやり方ではない。手作りのアマチュア的な、それこそ工芸品を作るような撮り方。初めて見た方は戸惑いつつも、逆に新鮮に見えるのではないかと思います。

また、メルビルはゴダールやトリュフォー以上のアメリカ映画好きで、アメリカへ行ってしまうほど。でも、この映画はアメリカ映画っぽくはない。といって、フランスの文芸映画の良質の伝統に合わせていくのではなく、自分の中にある美的な感覚を形にしたら、あのような映画になった。表面的な印象は違うけれど、精神的にはヌーベルバーグに近いものがあります。トリュフォーは、コクトーの映画が大好きで、初期の「あこがれ」なんかでは明らかに模倣しているし、金銭的に困っていたコクトーの「オルフェの遺言」のプロデューサーにもなりましたが、自分の好きな映画を好きな手法で撮るというコクトーの精神性に惹かれていたのではないでしょうか。

撮影は、ヌーベルバーグの監督たちが憧れたアンリ・ドカエです(発音はドカが正しいらしいですが)。レストア版ではやはり画面のただならぬ美しさを感じました。ヌーベルバーグの作品では見ることができない、室内場面の独特の雰囲気、閉ざされた世界を覗き見るような感覚が強く味わえるはずです。

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――こういった古典映画を見たことがない若い世代にどのように魅力を伝えたいですか?

横井:いろんな作品を見ることってすごく大事だと思うんです。先日、たくさん映画は見ているけれど、あまりフランス映画は見たことがないという方が「知ってる映画と全然違う、こんな映画があるんですね!」と仰っていて。それで彼女の世界も広がったと思いますし、映画だけではないことに派生することもたくさんあるので、その幅や深さを味わうという意味で見てほしいですね。

中条:例えば、私が大学で教える学生たちはもうブリジット・バルドーなんて知らない世代です。しかし、それが悪いということではなくて、逆にバルドーを新発見することができるんですね。先日「素直な悪女」の一部分を授業で見せたら、女子学生から「バルドーがかっこいい!」とすごく評判が良かった。知らない、ということはその新鮮さに驚くことができるということです。ですから、「恐るべき子供たち」も、誰もが見て満場一致で良いと思う映画ではないかもしれませんが、観客のなかに、少女マンガやラノベのように面白い、と感じる方もきっといらっしゃるはずだと期待しています。

恐るべき子供たち」はシアター・イメージフォーラムほか全国で公開中。

(執筆者:松村果奈)

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