【「コレクティブ 国家の嘘」評論】批判や共感は押しつけない、ただただ積み重ねられた事実の圧倒的な迫力
2021年10月2日 17:00
ルーマニア出身のドキュメンタリー作家、アレクサンダー・ナナウの最新作。2015年にライブハウス「コレクティブ」で起こった大規模な火災事故(偶然撮影された事故映像に度肝を抜かれる)をきっかけに、国内の医療体制の腐敗が明らかになっていく。驚くべきは、被写体とカメラの距離の近さ。ナレーションによる状況説明や心情を語るインタビューは一切登場しない。驚くべき不正の数々が次々と明るみに出るが、カメラは取材対象を淡々と客観的に追っていく。
前作「トトとふたりの姉」ではスラム地区に暮らす3人の姉弟たちを主人公に、家族や親戚、近隣の住民による暴力や犯罪、貧困にさらされ、ある者はなす術もなく身を堕とし、ある者は希望にしがみつく姿を、恐るべきリアリティで描いたナナウ監督。多感な子供たちの本音はもちろん、当然のように部屋にたむろし、ドラッグに耽る大人たちの日常も、カメラは空気のような見えない存在になりきって余すことなく捉えていた。
今回の「コレクティブ」は前半が取材に奔走する新聞記者トロンタンとそのチーム、後半が辞任に追い込まれた保健相の後任として着任した若き大臣ヴォイクレスクと、逆の立場にある2つの視点から事件を描いている。トロンタン記者を追ったカメラは極秘取材にも同行、政府の発表に一喜一憂し、核心に迫るたびに身の危険さえも感じるスタッフたちの不安をそのままに映し出す。そこには息抜きの街並みや背景などの定番ショットも、気分を盛り上げるBGMも存在しない。圧倒的な事実の積み重ねがあるだけだ。
また、取材に協力的だった大臣ヴォイクレスクは、ナナウ監督を密着させ、オフレコの会議にもカメラを入れる度量を見せるが、改革に臨んだ相手の底知れない大きさや、選挙を前にした微妙な時期も重なり、次第に権力に絡め取られていく無力さが印象的だ。
革命によって民主化が進んだルーマニアだが、前政権が労働力確保のため制定した中絶禁止令は大量の孤児を生みストリート・チルドレン化、自由経済は単にその格差を助長しただけとも言われている。ジプシーなどへの人種差別も根強く、映画に描かれたように政情も不安定で、EUの最貧国という不名誉な称号まで付けられてしまった。しかし、ナナウ監督の妥協なく現実を映し出した作品は、容赦なく問題点を浮き上がらせ、ルーマニアの改革への道筋を付けているように思える。いや、そう思いたい。
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