【「殺人鬼から逃げる夜」評論】孤立したヒロインの全力疾走アクションがスリラーの定石を覆す快作
2021年9月26日 17:00

2000年代半ば頃から韓国映画の人気ジャンルとなったスリラーは、質量共にめざましい充実ぶりが世界的に認知されている。かつての韓国スリラーは、バイオレンス描写の容赦なさ、登場人物の怨念の凄まじさが特徴として挙げられてきたが、もはやそれだけでは語れない。1981年生まれの新人監督クォン・オスンが完成させた「殺人鬼から逃げる夜」は、題名そのまんまの内容を映像化した一夜のチェイス・スリラーだが、このうえなくシンプルなプロットの中にいくつもの創意工夫と独自の視点が詰め込まれている。
主人公はコールセンターで働く聴覚障害者の若い女性ギョンミ。会社からの帰宅中、暗い路地で大怪我を負った少女に遭遇した彼女が、それをきっかけに悪魔のような快楽殺人鬼ドシクの新たな標的にされ、逃げて逃げまくるという物語だ。
近年のホラー&スリラー界では「ドント・ブリーズ」「クワイエット・プレイス」を代表例として、“静寂の恐怖”を打ち出した作品が目につく。本作もまた、耳が聞こえないギョンミの主観的な感覚を観る者に疑似体験させる。とりわけ物音を探知するセンサーの使い方がいい。身近に脅威が迫っていることをギョンミに知らせる光の点滅が、不吉な予兆のサスペンスを生み出す。すると映画は静から動へと転じ、斧を振りかざすドシクがフレーム内に飛び込んできて、危機一髪の脱出、そして怒濤の逃走シーンへとなだれ込む。
そもそもギョンミと同じ障害を持つ母親は、再開発で住民の大半が立ち退いたゴーストタウンのような地域で暮らしている。そんな誰にも助けを求められない状況で殺人鬼につけ狙われるはめになったギョンミは、いったいどこへ逃げればいいのか。やがて訪れるクライマックスで、ギョンミがたどり着くのは意外な場所だ。そこは廃墟でも地下室でもビルの屋上でもない。この手のスリラーの定石をひっくり返したクォン監督の斬新なアイデアにあっと驚かされ、観ているこちらは完全に予測不能の思考停止状態に陥れられる。
そのクライマックスの舞台設定も含め、本作にはささやかな社会批評が盛り込まれている。障害者へのハラスメント、他者に対する大衆の無理解と無関心。そんな殺伐とした現実の中で最初から孤立していたギョンミは、それでも絶望のどん底で逃げ続ける。何が何でも逃げてやる。私は絶対に生きてみせる。その必死さこそは、まさしくこの映画の命だ。小動物のように可愛らしい主演女優チン・ギジュの全力疾走アクションに感嘆しているうちに、実はこの陰惨なシリアルキラー映画には直接的な猟奇描写が一切ないことに思い至る。殺人鬼も観客も欺く幕切れのトリックも鮮やか。やはり韓国スリラーは侮れない。
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