戦争は「陳腐な悪」が起こすもの――「アイダよ、何処へ?」監督インタビュー

2021年9月2日 10:00


ヤスミラ・ジュバニッチ監督(右)と主演のヤスナ・ジュリチッチ
ヤスミラ・ジュバニッチ監督(右)と主演のヤスナ・ジュリチッチ

第2次世界大戦後の欧州で最悪の大量虐殺事件である「スレブレニツァの虐殺」の全貌と、そのなかで家族を守ろうとした女性の運命を描く「アイダよ、何処へ?」が9月17日に公開される。メガホンをとったヤスミラ・ジュバニッチ監督が、製作過程での困難と現在のスレブレニツァの政治的勢力、「陳腐な悪によって引き起こされるもの」だという戦争の愚かさについて語った。

ジュバニッチ監督は、31歳で発表した長編デビュー作「サラエボの花」で第56回ベルリン国際映画祭の金熊賞を受賞。その後も「サラエボ、希望の街角」など、一貫して故郷ボスニア・ヘルツェゴビナの悲劇、1992~95年のボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の傷跡を描き続けてきた。

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アイダよ、何処へ?」は、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争末期に約8000人のイスラム教徒が殺害された大量虐殺事件「スレブレニツァの虐殺」の全貌と、そのなかで家族を守ろうとしたひとりの女性アイダの姿を描いたヒューマンドラマ。事件から25年目の節目である2020年に製作された。第77回ベネチア国際映画祭のコンペティション部門に出品され、第93回米アカデミー国際長編映画賞へのノミネートを果たした。

国連平和維持軍の通訳として働く女性を主人公に、家族を守るため奔走する彼女の姿を通して、事件当時に何が起こっていたのか、虐殺事件の真相を描き出す。1995年、夏。ボスニア・ヘルツェゴビナの町、スレブレニツァがセルビア人勢力によって占拠され、2万5000人に及ぶ町の住人たちが保護を求めて国連基地に集まってくる。一方、国連平和維持軍で通訳として働くアイダ(ヤスナ・ジュリチッチ)は、交渉のなかである重要な情報を得る。セルビア人勢力の動きがエスカレートし、基地までも占拠しようとするなか、アイダは逃げてきた人々や、夫や息子たちを守ろうとするが……。


――母親が家族を守ろうとするドラマを主軸に映画を製作したきっかけは何でしたか?

戦争が勃発したとき私は17歳で、「スレブレニツァの虐殺」が起きた時は20歳でした。我々はスレブレニツァを国連に保護されている安全地帯だと思っていましたが、セルビア人勢力に制圧されたとき、すべてが崩壊しました。国連も、人権も、2度と同じ過ちを繰り返さないというホロコーストの後に立てた誓いも、暴力に屈するしかないのなら、我々には何が残るのでしょうか。このショックは何年も私のなかから消えることはありませんでした。

この事件について映画を作りたいと即座には思いつきませんでしたが、何かしたいという気持ちは常に自分のなかで燃えていました。事件から時間が経ち、ようやく何人の方がどのように殺されたのか分かりました。罪を隠蔽するために、被害者を集団墓地に埋め、また違う集団墓地に移すということが行われていました。

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私は、「スレブレニツァの虐殺」の犠牲者の母親たちと出会い、彼女たちの耐えられないほどの悲痛な経験談、そして彼女たちの偉大さに感銘を受けました。彼女たちが苦しみとともに生き抜いてきたこと、復讐心など一切抱かず社会を再構築しようとしてきたこと、ただ正当な裁判、そして息子、夫、家族の遺体との再会だけを望んでいること。これらすべてが、私にとっての製作の糧となっています。

――通訳の女性アイダを主人公に据えた理由を教えて下さい。

女性の目線からこの事件を描きたかったのです。男性による戦争映画はたくさん存在しているし、スペクタクルを撮りたいわけでもありませんでした。私は、戦争は陳腐な悪によって引き起こされるものだと思っています。このことが映画で描かれることは稀です。そのため、人々が101分間ずっと共感できるような優柔不断な女性の主人公に物語を導いてほしかったのです。彼女は国連の通訳で、国連のバッジを持っているため、一般のボスニア市民よりも多くの情報、権限を持っています。しかし、彼女の家族は一般のボスニア市民であるため、2つの世界の狭間にいます。

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――「アイダよ、何処へ?」の原題「Quo Vadis, Aida?」は、聖書の言葉です。何を意味するのでしょうか?

私はスレブレニツァの虐殺だけでなく、アイダのスレブレニツァへの帰還を描くことで、映画を現代と繋げたいと思いました。戦犯たちが現在も暮らしているスレブレニツァに帰り、彼らと向き合った女性たちの話を聞いたとき、彼女たちの勇敢さには脱帽しました。このような痛みを抱えながらも皆のことを考えられる心を持つことがどうしてできるのか、自問しました。

主要な戦犯たちには有罪判決が下されていますが、スレブレニツァでは戦争に手を染めた人間が大勢いて、全員が裁きを受けたわけではありません。もし皆が復讐を唱えだしたらボスニアはどうなるでしょうか。いまだに戦火の渦中かもしれません。

聖書にもある話ですが、自分たちが迫害された場所へ戻るという彼女たちの行動に大変感動しました。彼女たちはこの世を超えた何か、聖人たちに帰するものを持っている。私にとっての今日の聖人は女性たち、特にスレブレニツァの女性たちです。そう考え、神話や帰還についての物語を調べました。そして聖書の物語が完璧に合いました。加害者たちがいる場所へのアイダの帰還は、まさに私が彼女の“旅路”に対して感じていたことと同じだったのです。

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――映画製作にあたり軍部や当局から反対があったそうですが、撮影はどこで行いましたか?

スレブレニツァでの撮影は無理だと判断を下し、ボスニアの南部で、スレブレニツァの国連基地のセットを作りました。このセットは私にとってとても重要でした。もともとは工場でした。映画製作はポジティブなことです。そういうものを生み出すための場所が、人を苦しめるものに変わるのを見せたかったのです。撮影場所を選ぶのはとても重要でした。

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事件(スレブレニツァの虐殺)が起きたのが7月という時期なので、実際に起きたこととは対照的な夏の陽気な色彩を作りたかった。そうやって場所を選び、それから、どのカメラを使うべきか、照明をどうするかを決めました。美しさと人間の邪悪さを対比させるためには、とても重要なことでした。

――紛争は終結しましたが、人種の壁とナショナリズムが強化されてしまったいま、監督の心境はどのようなものでしょうか?

非常に難しいテーマです。現在のスレブレニツァ市長が「スレブレニツァの虐殺は無かった」という否定派であるため、市内で撮影を行うことができませんでした。現在も、90年代と同じ言語、同じ憎悪を用いる政治的勢力が存在しています。人々はこのような勢力が正しくないことを理解しています。公正な平和が保たれており、何も問題がないとはとても言えない状況です。なので、これは非常に難しい質問ですが、我々はこの映画の初回上映をスレブレニツァのメモリアルセンターで、若者に向けて行いました。我々はこの映画が政治に絡められたり、どこかの党派に分類されたりすることを望みませんでした。

この映画は「スレブレニツァの虐殺」についてですが、こんにちの人々に捧げた物語です。ボスニア・ヘルツェゴビナ全域、セルビア、クロアチア、ボスニアの若者たちに映画を見てもらい、上映後に彼らと話し、大変感動しました。セルビア人の男の子は、ずっと涙が止まらなかった。そして友人たちにこの映画を見て、何を、誰を崇拝しているのか知ってほしいと話してくれました。セルビア人のなかには、(スルプスカ共和国軍の参謀総長であった)ラトコ・ムラディッチを英雄と称える人々もいるのです。このことは私に希望を与えてくれました。

アイダよ、何処へ?」は、9月17日からBunkamura ル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国で順次公開。

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